*8* まずは得意科目など。

 転生してから実質今日が初めての【教育コマンド】の確認日になる。加えて言えば、転生する前のお嬢様に会うまでの期間は領地の発展が主ではあるものの、一応主人公ベルタの教育コマンドもあるにはあった。


 とはいえこれはノベル形式に則った性格診断のようなもので、ノベル部分で現れるいくつかの選択肢の中から、自分の考えに沿ったものを入力する単純なものだ。


 最も記憶に残っているのは主人公ベルタの家庭教師に対しての返答だったと思うけれど、あんまりにも教育者として嫌なキャラクターだったので、選択肢の中でもかなり厳しいものを選んで入力した。


 その内容は家庭教師としては一番屈辱的な【途中解雇】である。幸い前世でこれをされたことはなかったけれど、絶対にされたくない。その前科があるせいか前日は緊張してあまり眠れなかったんだよね……。


 しかしそんなことはおくびにも出さず、私は昨日と同じく庭園に用意されたお茶席の正面に座る少女に向かい安心させようと微笑み、口を開いた。


「こんにちは。今日からよろしくお願い致します、アウローラ様」


 何でもないような発言にも真剣な表情でこくんと頷く姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。


「昨日はあまりお話ができませんでしたので、今日はまずアウローラ様のお好きな勉強を教えて頂きたいのですが、よろしいですか?」


 これにもこくんと頷く。妹といい、教え子アウローラといい、この世界の女の子はお人形のように可愛らしい。まぁ、元をただせばゲームの世界なのだから、可愛くない女性キャラクターの方が少ないのかもしれないけれど。 


「……何でも、いいの?」


 風に震えるスズランの花がその名のように鳴るのなら、きっとこんな声だろう。か細くても可憐な響きを持っている。


「ええ、勿論ですわ。お好きなものをと申しあげたのは私の方ですから」


 怯えを取り除こうと意図してにこりと笑えば、お嬢様はあからさまにホッとしたように肩の力を抜いた。


 前世のこのゲームでの教育コマンドは大まかに分けて、教養(所作やマナー)、芸術(絵画や音楽)、体力(舞踏)、魅力(社交)、知力(学力)と五つに分類されていた。コマンドは初級・中級・上級とランクがあり、各パラメーターを全て上げきるとさらに上位のコマンドを選べるようになるというシステムだ。


 これが仮に教え子が男の子だったらたぶん、統率(指導力)、武力(体力)、知力(学力)、内政(領地経営)、魅力(侠気)とかなんだろうか。このゲームシステムが男女で教え子を選べたら面白そうだったのにと思わなくもない。


 たぶん上げる順番や上げる科目でストーリーが変わるのだろう。前世の私はこれを全て同じように伸ばすことに腐心した。とはいえ、今回はパラメーターが目視できるわけではないので、この先の成長度合いを測るのは前世で培った家庭教師と塾講師の勘頼りになるだろう。


 アウローラは紅茶を口に運ぶ私の顔色を気にしながら、おずおずと口を開いた。


「だったら、歴史が好き、だわ」


「成程、歴史ですか。では歴史の中のどのようなものがお好みでしょう?」


 なんと……ここにきて初めての事実発覚。お嬢様は歴女レキジョだったのか。この三年間密かに勉強しておいて良かった。最初の振り分けは知力か。ご令嬢の好むものとしては渋いけれど、英雄とお姫様のロマンスなども多いから、そちらの方面で好みだとしてもおかしくはないだろう。


 ――と、思っていたら。


「歴史の中で、戦争のあとに国を建て直す、宰相や文官のお話が好きなの」


 うん……七歳にしては着眼点が渋いね? しかし前世からそういう子は嫌いじゃないですよ。この手の子供は興味のあることへの吸収が恐ろしく早い。今世でもすでに妹で実感済みだ。


「良い着眼点ですね。では、まずはその辺りの教材を重点的にご用意させて頂くとして、他にご趣味や好きなものなどはございますか?」


「ええ……と」


「ゆっくりで大丈夫ですよ。時間はまだたっぷりありますから」


 そう言って、今度はわざと視線を彼女からずらしてクッキーの載ったお皿に移す。一旦注意を逸らすことで緊張している相手の考えが纏まることも多いからだ。アウローラもご多分に漏れずそのタイプではないかと推測する。


 案の定ジャムクッキーを三つほど摘まんだところで、彼女の口から「絵を描くことも、好き」との言葉を引き出せた。もう少し聞き出したいところだけれど、人見知りの子供に一日目でグイグイ迫ると警戒される。今日はこれ以上の情報を聞くのは止めておこう。


「まぁ、そうなのですね。私は絵心がまったくないので羨ましいわ」


「……大人でも、苦手なことがあるの?」


「はい。私は他にも刺繍があまり好きではありません。見本があればその通りに刺すことはできますが、それだけです。絵心のなさが関係するのかもしれませんね」


「同じものが作れるのは……すごいと思う、けど……」


「ふふ、褒めて下さってありがとうございます。ですが、何枚も同じ構図と色の刺繍があっても困りませんか? たとえば……同じドレスを何着も必要とすることがないのと一緒です」


 このたとえ方は想像がつきやすかったのか、アウローラはゲームのスチルと同じく眉を下げて気弱そうな微笑みを浮かべる。こうした他愛のない会話でも積み重ねれば【魅力】が上がるのだけれど――。


 純粋に「おかしなたとえ方ね」とクスクス笑う姿は、家庭教師だからということを差し引いても、アンナがいる身としては守ってあげたいと思わせた。


 ひとまず当面は【知力】と【芸術】と……大きく離して【魅力】を上げていくことにしよう。今夜からは久々に教材作りに徹夜することになりそうだわ。

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