*7* “お久しぶり”です。お嬢様。
領地で留守を守る私に届いた手紙。その内容はゲームのシナリオ通りのようでいて、ほんの少しだけ異なる部分のあるものだった。恐らく私がこの年齢で本編ルート入りをしたのと、妹の教育を徹底的にしたというのが主な理由だろう。
まず最初に家庭教師にと打診を受けたのは、私ではなく妹だった。
城で文官として働いていた父の翻訳本の噂を聞き付けたコーゼル侯爵……教え子の父親が、父に話を聞くために社交場で話しかけてきたそうだ。何でも『娘の家庭教師をしてくれそうな令嬢を探している』と。
そこで隣にいたアンナの翻訳したものだと話したところ、妹は即座にそれを私の教育のおかげだと言ってくれたらしい。
ただ、私は六年前に社交界デビューをしてから今日に至るまで、ほとんど領地から出てこない謎の令嬢だった。社交が苦手で、女だてらに領主代理を担っている変人。それが前世このゲームでの私の紹介文だ。主人公の説明文が酷い。
当然侯爵は迷っただろう。しかし妹はさすがに家庭教師に迎えるには若すぎる。ならば不安であるにしても『是非一度、ご息女とお会いしてみたい』というしかなかったのだ。
そして今、私はコーゼル侯爵家ご自慢の薔薇の薫る庭園で、新たに教え子となる人物と初顔合わせをすべく、用意されたお茶の席についていた。
しばらくはゲーム内で顔も出てこなかった侯爵夫妻と、教え子の身支度が整うのを待ちながら、庭園の薔薇について語ったりするのだろうかと思っていたのだけれど――侯爵夫妻どころか、メイドの姿もかなり離れた場所に控えた一人だけ。
これもゲーム内では《“華々しい侯爵家かと思っていたが、内情は冷えきった家庭環境のようだ。”》という一文だけで割愛されていた。
向こうから呼び出しておきながら、屋敷を訪ねて来た私に渡されたのは“申し訳ない。急な仕事が入ったので、先に二人だけで顔合わせを”と書かれた便箋一枚。気の長い私でなければここで帰ってしまうと思うぞ?
侯爵家には教え子の他に二人歳の離れた娘がいる。すでに嫁いでいるその二人の出来が良すぎるために、末娘の存在が許せないのだろう。ぼんやりとそんなことを考えていたら、不意に「あの、」と声をかけられた。
一瞬声が小さすぎてどこから聞こえたのか分からずに周囲を見回すと、一番近くにあった薔薇の茂みの陰からとても見覚えのある人物が現れる。
最後にプレイしたときの初お目見えよりも、まだ少し低い背丈。けれど、前世の記憶にあるキラキラと輝く瞳で私を先生と呼んだ面影はどこにもない。
「わたくし、もう家庭教師なんて必要ありません。いらしても時間の無駄ですもの。帰った方がいいわ」
そう出会い頭にいきなり澱んだ目で先制攻撃を食らわせてきたのは、誰あろう、私がこの世界で助けたいと思っていた少女だった。しかし囁くようなその声は、はっきりとした拒絶の色を滲ませていた。
「それは……何故でしょうか?」
手にしていたティーカップをテーブルに置き、身体をそちらに向け直して瞳を見つめてそう問えば、彼女は俯いて口を開いた。
「今までの先生達だって……きっと生徒がわたくしでなければ優秀だったのです。わたくしの物覚えが……悪いだけ、ですわ」
アウローラ・フリーデリケ・コーゼル。現段階ではまだ七歳……だったかな。
ふわふわと優しい雰囲気を纏ったよーく見れば美人さん。透き通るような美しい金髪と、ダークブラウンの瞳。垂れ目、垂れ眉。右の目許に黒子があるのもゲーム設定画そのままだ。
「貴女も……もしわたくしの家庭教師になったりしたら……今までの先生達のように、次の職場を探すのに苦労する、から」
極度の人見知りなのに、
「いいえ、そのようなご心配は無用ですわ」
「――……え?」
転生してからずっと、何が間違っていたのかを考え続けてきた。妹や領地の子供達を教えていくうちに少しずつそれが何だったのか、ようやく
席を立ち、不安げに視線を泳がせまごつく少女の眼前まで歩いて、淑女として褒められた行為ではないが、芝生の上に膝をつく。視線の高さを合わせて安心させるために微笑むと、ダークブラウンの瞳が戸惑いと好奇心の狭間で揺れた。
「
この台詞も、前世の最後辺りは綺麗事だと読み飛ばすようになっていた。駄目だなぁ。私、この台詞が大好きだったのに。
それからほんの僅かな間を置いて、ひくりとしゃくりあげる音を聞いたと思ったら。少女のダークブラウンの双眸から、ポロポロと大粒の涙が溢れた。
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