*6* 領地攻略できたかな?

 あっという間……ではないにしろ、特別凄い事件があった訳でもなく。かといって平坦なだけでもない日々を重ねるうちに、気付けばこちらに転生して女領主代理としてすごしてから、四年の歳月がすぎていた。


 転生してきた当時十一歳だった妹は、今や花も恥じらう十五歳に。私はといえば、ついに当初の目標年齢の二十一歳になってしまっていた。


 とはいえここまで下手を打ったつもりはないし、領内では妹のおかげであれからもグングンと識字率が上がり、去年からは優秀な者は王都の学校へ通わせる制度も作った。


 若干名いる役者志望の子達は、年に四回戻ってくる父のお墨付きが出ればだ。どちらも三年で芽が出なければ帰って来るようにと言い含めて、父が王都に帰る際に一緒に旅立たせている。


 若い働き手が減るかと思ったけれど、他所で噂を聞いたという移住者が一定数入ってきているので、流出ばかりでもない。これが農地開拓ゲームなら割といい線をいっているはずだ。


 そしてそんな領地の空を小鳥達が楽しげに歌いながら飛んでいく屋敷の前には、うちの領地で一番立派な馬車が一台停まっている。


 それどころかいつもなら細々と働いてくれている使用人達も仕事の手を止め、屋敷の人間総出で美しい当家ご自慢の次女を見送ろうと集まっていた。


「お姉さまは、本当に一緒に行かないの?」


「ええ、私はまだこちらでの仕事が残っているもの。アンナはどこから見てももう立派な淑女だわ。あのスカートで坂滑りしてた子が……淑女教育がギリギリ間に合って姉様は感無量よ」


「も、もうそんな昔の話はいいでしょう、お姉さま」


「あら、たった一週間前のことよ。記憶にあるでしょう? 教会の子供達と丘の上から収穫袋を使って滑り降りていたじゃない。見ていたわ。小さい子達と遊んであげて偉いわね」


 栗色の髪とライムグリーンの瞳と、サクランボの唇。色白小柄で儚げだった身体は出るところは出て、くびれるところはしっかりくびれている。思っていた通り、美少女からぐんと大人びた美女へと成長中だ。


 ――が、何故か行いは前世のこのゲームでは見たことのない方面に突き抜けていた。おかしい……予定表を見せて《今月の内容はこんな風でいいかしら、お姉さま》とはにかんでいた“アンナ”とは、もう別人の仕上がりである。


 目の前で指先を弄りながら誤魔化すように苦笑する妹につられて私も笑う。精神年齢だけではなく他の要素も私の教育のせいで改編されたのだろうか? だとしたら父に申し訳ないなと思いつつ、可愛いからまぁいいかとも感じてしまう。


「えー……と、それよりも、ほら、王都の屋敷の使用人は初めて会う人ばかりだから緊張するわ。だからお姉さまも一緒の方がきっといいと思うの。それに初めての社交界で失敗したら恥ずかしいわ」


「ふふ、まぁ、出立前にお小言は止めておくけれど……向こうの屋敷にはお父様がおられるし、人懐っこい貴女なら大丈夫よ。デビュタントにしてもお父様がエスコートして下さるわ。何よりデビュタントで賑わう会場内に、私と同年代の令嬢がいるとはあまり思えないもの」


「確かにお姉さまのように理知的なご令嬢は他におりませんけど……」


「嬉しいけれどアンナは私を買い被りすぎだわ。そういう点でも、一人で行動してみるべきよ。領地の外の世界は広いのだから。ね?」


 一応領地から出られるイベントルートは一つではなかった。この【妹のデビュタント】も、きちんと領地経営が規定値に達したルートとして存在する。実感が薄いものの、私は当初の目標だった最短ルートの端に引っかかっているはずだ。


 本当に数字ステータスの見えないゲーム世界で本当に良く頑張ったと思う。でも、まだそれだけ。確定したものは何もない。


 若干変わったルート分岐だと、妹のこの誘いに乗って自ら社交界で教え子の情報を探ることもできるが、あのルートは次のルートに繋がる確率の数値が毎回違う。要するに変化球のルートに相応しい運頼み。


 この世界で私は今度こそ【お嬢様】を助けたい。そのためには確実性のあるイベントでの本編入りルートが望ましいだろう。確実性のある分岐のうち今の年齢で入りかけているルートは多くて六つ。絞りに絞って二つ。


「何かあったら手紙を頂戴。姉様がすぐにアンナの元へ駆けつけるわ」


「お姉さまぁ……!!」


 こちらの提案に感極まった様子のアンナが胸に飛び込んできたのを抱き留め、華奢な背中を宥めるように撫でる。……若干良心が痛むけれど、許して妹。残りの分岐二つのうち一つは手紙でのルート入りで、もう一つは領内でのイベントなんだよ。


 私の最後の一押しで出発の決心をつけた彼女が馬車に乗り込み、屋敷の門を抜けて行ってしまった。


***


 そうしてそんな打算と愛情の板挟みになりながら、彼女の社交界への門出を屋敷の皆と総出で見送ってから一ヶ月後。


 ついに王都の父からの手紙が届き、中を改めた私は新しい章のルートが解放されたことに震えた。興奮か、はたまた恐怖か。それはまだ分からないけれど。


――これは私が今度こそ、教え子を死なせないための物語。

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