私あなたのものじゃないの

良駒津シータ

私、あなたのものじゃないの

彼女がそう言った時、僕はなんのことかよくわからなかったんだ。

そんなことは当たり前のことだし、僕も彼女を尊重していたんだ。

だから、僕は彼女にこう言ったんだ。

「わかっているよ。そんな当たり前のこと」

その直後の彼女の顔が今でも忘れならない。

彼女の怯えるような目と噛み締められた唇。

忘れられないんだ。

彼女はそんな顔をしたのに、ふっと顔を緩めて微笑んだんだ。僕のとても好きな笑顔を浮かべて

「そうよね。あなたは私を大事にしてくれているものね。」

そう言ったんだ。

彼女の微笑みは美しかった。この世で1番美しいと思えるほどだ。

だから僕はきかなかったんだ。

彼女の美しい微笑みが僕はこの世で1番好きだったから、彼女は今、最高に幸せなんだろうと思っていたんだ。

僕はとても満たされていたんだ。

その翌日に彼女は僕の前から姿を消した。

彼女は朝食を作って洗濯をして、いつもの微笑みを浮かべて僕を見送ったんだ。

僕の目にはいつもの彼女だった。

彼女がいなくなった部屋には何もない。

自分の物のはずなのに、彼女がいないだけでそれは僕の物ではない気がするのだ。

二人での生活をはじめた頃、彼女と二人で選んだソファはいつの間にか古くなっていたようで元の布地の上から別の布が被せられていた。

彼女が可愛いと言って育てていた観葉植物は僕の背丈ほど伸びていた。

いつからだろうか?僕はこんなにも知らなかったんだ。自分の家のことなのに。

僕はどうすれば良いのだろう。

僕は彼女の微笑みだけを見て、それを頼りに生きてきたのだ。

彼女が居なくなって僕は初めてそれに気がついたんだ。


「私、あなたのものじゃないの」


あぁそうだね。

君は僕のものじゃないよ。


僕が君のものでいたかったんだ。


                  -終-

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私あなたのものじゃないの 良駒津シータ @yokomatsushi-ta

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