夜になったのでシャッターを下ろして店仕舞い。

 特に体は疲れていないが、リビングに寝転がって思いっきりだらける。両親は共に王子と波衣奈ちゃんのパレードに便乗して追跡旅行しているので、私の自堕落な姿をとがめる視線はない。

 ポテトチップスにコーラ、あとカップ麺を用意して小腹を満たす。

 何か面白い番組でもやっていないかと思ってテレビを点けてみるが、どこもパレードの実況生中継かこれまでの王子アンド波衣奈ちゃんの足跡特集ばかり。早々に諦めて電源を落とし、私はスマホを手に取った。

 いつものゲームで心を癒やそうかと思ったのだが――


「はい?」


 ――にゅるっと、画面から女神様みたいな人が飛び出してきた。


「あなたが落としたのはこの金のハイヒールですか?それともこの銀のハイヒール?それとも大穴でガラスのハイヒール?」


 右手に金ピカ、左手に銀ピカ、頭の上にガラス。

 シュールだ。


「どれも違いますし、何も落としてないです。というか出る場所間違ってません?」

「あら、ホントだわ。私ったらドジっこ!もうもうっ」


 仕草がぶりっ娘みたいでイラッとするなぁ、この女神もどき。


「早いところ元の場所に帰ってくれませんか?私ゲームがしたいんですけど」

「ごめんなさいっ。お詫びにゲームをひとつあげるから許してほしいなっ」

「分かったから、はよ帰って」


 最後まで可愛い子ぶったまま、女神もどきは画面の奥へと帰っていた。

 まったく、そういうことは意中の男の前でだけやって下さい。全国の女神学校の必修科目に入れておいてほしい。


「まぁいいや。ゲームやろ……ん?」


 女神もどきがいなくなったスマホの画面をよく見ると、いつの間にか知らないゲームがダウンロードされていた。


「もしかして、さっきあげるって言っていたゲームって……」


 もしかしてこのアプリのことか?

 題名は“ロード・オブ・プリンセス”。

 ファンタジー系のゲームだろうか。だとしたらRPGかアクションあたりだろう。素早いタップを必要とするタイプは苦手なんだよな。

 なんて考えながら、試しにプレイしてみようと画面のアイコンに触れると――


 見渡すと、そこは深い霧に覆われた森の中。

 視線の先には大きく不気味な存在感を放つ山の姿。


 ……どういうこと?


 さっきまで私は実家のリビングでごろ寝をしていた。それで女神もどきから変なゲームを貰って、それをプレイしようとしたらここに来ていた。


「えぇ……」


 ゲームの世界に飛ばされた、という話はよくあるし、実家でも同様の内容の書籍を多く取り扱っている。そんなに興味はないけど流し見程度には内容は知っている。

 だがしかし、自分が本当にそんな馬鹿話に巻き込まれることになるなんて。まぁ、それならまず女神の存在にツッコミを入れろという話だけど。


「困るよ~、急にこんな状況に放り込むなんて。私が何したって言うのよ。びっくりするくらい日々何もしていないわよ!?」


 なんて困惑して右往左往していると、上空の方から何者かの声が響いてきた。


『ようこそ、“ロード・オブ・プリンセス”の世界へ!』

「あ、なんか始まった」


 陽気な司会者のようなハイテンションボイスが鼓膜を震わせる。


『このゲームは理想のプリンセスを育てるために試練をクリアしていくゲームです!クリアしなくてはならない試練は全部で三つ!どれもこれもが超難関、プリンセスになるためには険しい道でも前進あるのみぃっ!』


 チュートリアルなのだろうけど、うるさい。しかも質問を挟む機会すら与えないかのようにどんどん説明を続けていく。せめてもう少しゆっくり話すか一時停止出来るようにしてほしい。大事な話が右の耳から左の耳へとストレートに流れてしまっている。


『そしてプレイヤーでありプリンセス候補、そうあなたには試練に役立つアイテムとして三枚のお札が与えられます!しかーしっ!当然ながら効力は一枚につき一回、使い切りサイズ!どこで使うかよく考えてプレイするように!』


 そういう話もどこかで聞いたことあるのですが。

 私は手の中に出現したお札を握りしめながら、ツッコミを入れたい気持ちを飲み込んだ。


『それではあの、登る者全てを拒絶する魔の山――ニキビマウンテンの先にあるゴールを目指してレッツゴー!』


 山の名前が最高に酷い。

 なんて思っていると、


 ぱぁんっ!

 

 いきなりのスタート。

 ピストルの音がするとBGMと声援が巻き起こり、私に「早く走れ」と背中を押してくる。


 徒競走か。


 何コレ、この有無を言わせぬかんじ。

 ゴールしないと元の世界に帰れません、ってところね。


 どうしてこうなった。

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