第2章「はきだめ」 6-6 強すぎる

 その時には、ストラが空中で超高速行動ハイ・マニューバに入る。衝撃波で、観客達が耳を押さえた。一瞬で、トルネーグスの四枚の薄羽全てと、生体ジェット噴射を行っている二枚の前羽のうち片方を根元から切り離されていた。


 トルネーグスがバランスを崩し、その場で回転したところを、ストラがステージへ向けて蹴りつけたので、真っ逆さまに落ちて石床にバウンドした。


 そこへさらにストラが膝落としをくらわせ、胸部装甲を砕き割った。間髪入れず、得意の超絶高電圧プラズマ電流をお見舞いする。


 「…………!!」


 とんでもない閃光が明滅し、割れた甲殻より電流がトルネーグスの体内を駆けめぐった。プラズマ流が、ストロボとなって観客たちの眼をくらませた。まさに電気イス。いや、それ以上だ。悲鳴も上げず、トルネーグスは体内より焼け焦げて動かなくなった。


 (……まだ、極一部に生体反応あり……!)


 細胞レベルで完全に息の根を止めるべく、ストラは左手をトルネーグスの割れた胸部甲殻の隙間に突っこみ、超絶的な高分子振動を全身の隅々まで行き渡らせた。まだ生きている細胞を、ひとつ残らず滅殺する。


 ボスッ、ボッシュ! と、トルネーグスの全身のあちらこちらより真っ黒い煙が噴出し、ついに細胞の一つにおけるまでトルネーグスは炭化し、生命活動を停止した。


 ストラが、ゆっくりと起き上がった。


 トルネーグスはもともと全身が真っ黒な姿だったが、その甲殻の艶やかな色合いは全て炭色と化して黒煙をあげ、甲殻の中身はグズグズに崩れて粉みたいになっていた。


 しかも、珍しくストラがその黒焦げの外殻のみとなった死体に右足を乗せ、右手の光子剣アンセルムを高々と突き上げた。


 感情的な勝利のパフォーマンスに、観客が爆発的な歓声を上げ、フィッシャーデアーデの会場が箱鳴りにどよめいた。

 


 「いやあああ~~~~やってくれましたねえええ~~~! ! イヤハヤ、あんな凄まじい戦いは、生まれて初めて観させていただきました……! オイ! 先生に、もう五百、追加しないか!」


 「あ、は、ハイ……!」


 ギーランデル本部、党首グンドラム卿の執務室に通された四人に対し、大きな執務机の前を行ったり来たりしながらグンドラムが満面の笑みでそう云った。秘書の若者が、戸惑いながら追加分の金貨を五枚、用意する。


 既に、試合料と勝利報奨金、それにプランタンタン達は賭け金も受け取っている。結局、ストラの賭け率は七倍に終わり、プランタンタンは10,500、ペートリューは5,600、フューヴァは300を賭けたので2,100トンプ受け取った。ストラの試合料と報奨金を合わせると、55,000トンプを超えている。にわかに大金持ちだ。


 「先生! しばらくお休みになられて……次の試合が近づきましたら、使いをやらせますんで……あ、もっと良いお住まいもご用意できますが、如何いかがいたしましょう!?」


 「別にいい」


 「左様でございますか!! これは、とんだ失礼を……では、そういうことで、なにとぞよろしくお願い致しますです、はいぃい!」


 無表情のストラが踵を返し、金貨を受け取ったプランタンタンが続く。その後ろに、ペートリュー、最後に油断なくフューヴァが一礼して、執務室を出た。


 四人が本部の建物を出て、通りを曲がり、見えなくなったのを窓から確認して、やっとグンドラムが顔をしかめてため息をつき、革ばりの椅子にどっかと座った。


 「マズイぞ」

 で、あった。

 「ハア」

 秘書は、よく分からなかった。

 「あの……なにがマズイのでしょう」


 「。なんだ、あのバケモノは。ナニモンなんだ、あのストラって女は。いくら魔法剣士ったって、度を超してやがる。は、完全に規格外だ」


 「確かに……」


 「対戦相手がいねえよ、あんなんじゃあ。あの黒虫の魔物ですら歯が立たねえってのに……クッッソ! フィッシャードめ! 最初は苦虫かみつぶしてたが、いまごろ大笑いだろうぜ……」


 これが興行の難しいところで、強い選手に客は熱狂するが、とドン引きする。なかなか対戦相手もつかないし、興醒めして試合に客も入らぬ。


 つまり、儲からない。


 だからといって、試合が無いからと放っておくわけにもゆかぬ。こんな裏社会だ。敵対勢力に暗殺者としてでも使われたら一大事であるため、試合がなくとも最低限の保証をする必要がある。

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