第2章「はきだめ」 6-5 三つの魔法を同時

 「バカ! 誰も聞いてねえよ!」

 実際、貴賓席の周囲の観客も、ステージ上でのストラの奮戦を凝視している。


 その時、ステージに真っ赤な光が膨れ上がって、客席が悲鳴と管制に包まれた。


 いきなりトルネーグスが口……のようなところから、火を噴いたのだ。


 倒れたトルネーグスの上に乗り、いいだけ殴っていたストラが火に巻かれ、たじろいだ。そこをひん曲がった巨大蛮刀を握ったままの右手で横殴りにし、ストラが吹っ飛ばされる。


 素早く起き上がったトルネーグスが背中の装甲めいた羽状のものを二枚開き、その下から、さらに折りたたまれていた薄羽を四枚開いた。そして薄羽を動かしながら、前羽の下より風を吹き出して、大きく脚を曲げてからのジャンプで空中に浮かび上がった。そのまま、まさに昆虫めいて自在に動き回る。しかも、速い。


 「飛べるのかよ!」

 頬をまだタオルで押さえているフューヴァが、見上げて叫んだ。


 格闘戦でむやみに大ジャンプするのは敵のまとになるだけなのでご法度だが、飛翔能力があるのでは、話は別だ。航空機による地上戦力の掃討と同等になる。


 誰もが一気に形勢逆転かと思ったその時、全身を包む炎を振り払ってストラも空中に飛び上がった。


 「ストラさんも飛翔魔法を!」

 ペートリューが、黄色い声を発した。

 「旦那も飛べるんでやんすか!?」

 「飛んでるじゃん! でも……!」

 ストラがそのまま、トルネーグスへ襲いかかる。

 「飛翔魔法と格闘魔法を同時にいいいいイイ!?!?!?」


 ペートリューが叫んだまま、気絶しそうになる。何がどうなっているのか分からず、プランタンタンとフューヴァは戸惑うだけだった。


 後で確認して理解したが、複数の魔法を使うのは、人間なら大魔導士レベル、魔物なら魔王クラスでないとまず無理というほど、相当に難易度の高い術なのだそうだ。


 トルネーグスは、それでも空中戦のほうが格段に機動力が増すようで、目まぐるしく位置を変えながら前後左右と三次元にグルグル回ってストラに蹴り、シールド及びひん曲がった大刀を確実に当て続けた。


 だがストラは、ゴム紐のついたボールのように跳ね飛ばされては瞬時に戻り、何度も何度も吶喊とっかんした。その都度、跳ね返される。


 そして、ついに腰の光子剣アンセルムを抜きはらいつつ、左肘の関節内側めがけて、突進しながら高速で切りつけた。居合術だ。


 打撃を食らいながら、ストラもパンチや蹴りで打ち返していた。互いの打撃戦は、ストラに分があった。生体装甲へ少しずつダメージを与え、装甲の弱い部分を……鎧の隙間を三次元探査していた。


 トルネーダスの左腕の肘から下が、重いシールドごとぶっ飛んでステージに落ちた。赤黒く異様な臭いのする血液が飛び散り、ぶちまかれた。


 人間とも獣ともつかぬ凄まじい金切声と地響きを合成したような電子音めいた悲鳴が会場に轟き、ヤジや歓声を打ち消した。


 勝機とばかり、ストラが刀を両手持ちで右八相に構えてその喉元のめがけて斬撃を放とうとした瞬間、トルネーグスはまさにストラが狙おうとしていた首と胸の装甲版の合間より毒液発射管を出し、ストラめがけて体液を噴射した。


 が、常時行っている三次元探査でその体内の動きを事前に察知したストラ、


 (……超強酸複合毒性液状物質……避ける、もしくははじくと客席に飛散する恐れあり……!)


 右八相のまま突っこんでバック宙返りを打ち、トルネーグスの顎を真下から蹴り上げた。


 衝撃でトルネーグスは真上を向いて、毒液も直上に噴出された。毒液はゲル状で、天井に届きそうなほど高く吹き出された。


 そこへ、ストラの額の辺よりプラズマ弾が発射され、毒液へ直撃して爆発、猛炎となって熱分解する。衝撃波により会場の天井の一部が内側から押し上げられ、崩れて降ってきた。


 「っみみみみ三つの魔法を同時イイイイイイ……!!!!!!」

 ペートリューがそっくり返り、白目をむいて痙攣し始めた。

 「しっかりしろ、ペートリュー! さっ……酒を飲め!」


 フューヴァがあわてて助け起こし、足元に転がっていた水筒を拾ってペートリューの口に当ててワインを流しこむ。ペートリューは両手で水筒をもって、哺乳瓶でも飲んでいるかの如く喉を鳴らして一気に飲んでしまった。

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