第2章「はきだめ」 6-4 トルネーグス

 観客達は、異様なほどの盛り上がりだった。まるで、麻薬でもやっているかのような。


 (……かけっ、賭け率……賭け率は……!?)

 プランタンタンが表示板を確認する。

 (旦那が十三倍……ムシのバケモンが七倍でやんす……!)


 ストラに期待し、賭けている者も多い。当然、三人もストラに大金を賭けている。


 その時、トルネーグスが雄叫びを上げ、全身から魔力を吹き出した。

 そして目にもとまらぬ速さで、ストラへ迫った。

 「!?」


 観客が気づいたときには、ストラがその二メートル近くある巨大な蛮刀に脳天から真っ二つにされていた。


 かに見えたのは、とうぜん錯覚だ。脳が勝手にそう思いこんでいた。


 なんとストラは超高速で振り落とされる斬撃を一寸の差でかわしつつ、大刀の側面へ猛悪的な肘打ちを放っていた。踏みこみで床石が割れて吹き飛び、トルネーグスの大刀がひしゃげてくの字になり、衝撃でその巨躯がふらつくほどだ。


 「まっ、また全魔力を格闘に!!」

 ペートリューが叫んだ。

 「か、カクトウ魔法とやらでやんすか!?」


 「でっでも、本当に魔族なら、人間の使う魔法なんかカンタンにはじき返しますので、たたたったた、正しい戦い方だと思います!」


 (こいつがなんて……!)


 フューヴァが変なところに感心し、つまりそれほどの事態が起きていると認識した。


 ふらついたトルネーグスが踏ん張って体勢を建て直し、その巨体を活かして円楯をストラへハンマーのようにぶち当てる。


 またその円楯も、ただの平面なサークルシールドではなく、球体を半分に切ったような盛り上がった形をしており、センターグリップで自在に扱えた。


 そこへ、ストラが至近から蹴りを合わせた。


 身体を捻り、軸である右足がまたも石畳を砕く。左の上段回し蹴りが円楯にヒットし、そのツルツルの表面とトルネーグスのパワーで、まともなら膝関節から捻り折られるところを、なんと楯の上部三分の一ほどを砕き割った。


 爆発するように破片が飛び散り、セコンド席のプランタンタン達にも当たった。


 「イタッ……!」

 フューヴァが顔を押さえる。血が出ていた。頬をかすったようだ。


 ふと横を見やると、咄嗟に屈んだプランタンタンの真上をけっこう大きめの破片が直撃コースを辿っており、真後ろのボックス席の壁に激突し跳ね上がってどこかへ飛んで行っていた。


 「ぬおおおああ!!」

 聞いたことも無いようなストラの唸り声が響き、フューヴァが身震いした。


 ストラは一足跳びでトルネーグスの巨体の懐に入るや目にもとまらぬ速度でチェーンパンチを繰り出し、連続して太腿の内側、股間、水月と確実に急所へ打撃を与え続けた。翻弄され、人形のようにガクガクと揺れて下がるトルネーグスは、しかし、ノーダメージでは無いにせよ、通常生物のような急所を持っていないことも示唆した。すなわち、


 (コイツ、ぜんぜん倒れない……)


 ストラは身を沈めて、その甲殻に包まれたゴツくて太い足へ足払い蹴りを放った。


 蹴った足が切断されてしまいそうなほど鋭角なエッジを持つトゲが並んだ黒い殻に覆われているが、ストラの蹴りは確実にその生体鎧にヒビを入れつつ、トルネーグスを後ろにひっくり返した。


 「す、すげえ!! あの怪物を!!」


 観客席は興奮を通りこして、だんだん静まりつつあった。それほどストラの猛攻が凄まじい。


 「ハハハ! あいつが総合一位でウチに来てくれるのか!? 間違いないんだろうな!?」


 貴賓席でそう気炎を上げているのは、ギーランデルの党首グンドラム卿だ。48歳。自称「卿」で、フランベルツ地方伯を崇拝する(という名目の)右翼組織に近いことをしている。実態は、ギュムンデ裏経済を支配する金融マフィアに近い。客に賭け金を貸し付け、暴利で取り立てる仕事があるため、フィッシャーデアーデとも関係が深かった。


 「試合料は奮発してやれよ! イロつけて払ってやれ! ケチケチするな!」

 やけにでかい声でそう叫んで、機嫌よくワイン入りのゴブレットを傾けた。


 一方、離れた場所の貴賓席では、フィッシャルデアの組長というか、ボスのフィッシャードが今にも奥歯が折れんほどギリギリと歯をかみしめ、何度も机を叩いている。フィッシャードは元某国の騎士団長だったという触れこみでギュムンデに現れ、一代でこの武闘派組織を作り上げた人物だった。55歳である。


 「……ターリーンのヤロウ! あのが負けやがったら、どうするか見ていやがれ!!」


 「オヤジ、声がでけえ!」

 若頭相当の腹心が、周囲に気を使いながら耳元でささやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る