第1章「めざめ」 4-5 領主の城

 と、薄墨を撒いたような暁闇に誰か立っていたので、ギョッとして身をすくめる。よく見ると、ストラだった。


 「……も、もう起きていたんですか?」


 起きていたも何も、ストラは睡眠を必要としないので、寝たふりをして横になっていただけだし、三次元探査で部隊がタッソへ戻っているのも把握していた。いまは、なんとなく立ち上がってそれを確認していただけだ。


 「ええ」


 薄闇にうかぶ、ぶっきらぼうなストラの表情に、ベンダは街道を上る兵士たちに気づいた自分の感覚が間違っていないことを確信した。


 「代官の兵士たち……我々を発見できず、タッソで、どうなりますか」


 「また、街道を降りてきて私達を探索するか、タッソで私達が帰ってくるのを待ち伏せるか、どちらかでしょう」


 「……ですよね」

 めいめい、一同が起き出して、無言で出発の準備をする。

 「今日中には、ダンテナに着きますよ」

 日が昇り、出発する際に、心なしか安堵の表情を浮かべてアルランがそう云った。


 しかし、それから三時間ほど山間の道を進んで、本街道ではダンテナの入り口に到達しているであろう時間帯になって、裏街道はいきなり急カーブを描いて森の奥に向かった。


 「?」

 みなが不安げな顔になるも、ストラがどんどん先へ進むので、その後に続く。


 結局、それから3時間ほど歩いて、どんどん細くなった裏街道がついに木々や草の中に消えてしまった。


 一同は当然ながら戸惑ったが、ストラは道無き道をガサガサと草をかきわけて進み、四人もなんとか続く。


 そして、ぽっかりと正面が開け……なんと、領主の城の真裏に到達したではないか。

 「こ、こんなところに通じてたのか……!!」


 ベンダとアルラン、驚き以外の感情が無い。ペートリューも、少なからず驚いた。師の命令によりこの領主の城で半年ほど過ごしたこともあったが、この場所から人が出てくるところも、人が入って行くところも見たことが無かった。なんと云っても、ペートリューはよく仕事をサボってこの城の裏手でこっそり酒を飲んでいたからだ。


 「さあさあ、さっそく行きやしょう。領主様に謁見を申しこむんでやんしょ?」


 プランタンタンだけが何事も無かったように木の葉や枝を払い、正面へ向かって歩きだす。


 云われるまでもなく、自分達の任務を思い出したように、ベンダとアルランが続いた。



 タッソのゲーデル山羊製品卸商組合ともなれば、半分は公営のようなもので、領主直轄の取引機関である。それなのに、領主の代理である代官がそれをにしているというのだから、問題は大きい。組合の人間が正式な訴状を持って領主に謁見を申しこんだとなれば、たとえ夜中でも通されてしかるべき案件だった。


 が、ベンダとアルランはその日の午後いっぱい城の控室で待たされて、

 「本日は、リーストーン公閣下は予定が詰まっておりまして……」

 などと応対係の者に云われ、追い返された。


 「そ、そんな、バカな……!」

 二人は憤り、抗ったがどうにもならぬ。

 町へくり出て、宿屋をとった。明日も早朝から行かねばならない。

 食堂の隅でひっそりと食事をしながら、二人は何度も首を傾げた。


 「こんなことはありえない……閣下は、お体の具合でも悪いのではないか……」

 そうは云っても、想像にすぎない。とにかく、足を運ぶしかない。


 しかし翌日は、日の出から日没まで丸一日待たされて、同じ応えで追い返された。城の外で日がな一日待っていたストラたちが、落胆の極みで城から出てくる二人を出迎えた。


 再び、宿屋。


 二人は落胆と疲れと焦燥で食事も喉を通らず、プランタンタンが薦める酒も飲む気にならぬ。


 「ちくしょう! どうなっているんだ……!?」

 プランタンタンもペートリューも、答えようが無い。

 「こんなことをしてるうちに、またタッソから代官の兵がやってくるかもしれない」

 「確かに、そうかもしれやせんねえ」

 プランタンタンの他人事みたいな声に、ベンダとアルランは、焦った。


 「明日は、なんとしても領主様にお会いせねば!」

 「強引に通ってでもだ!」

 二人が初めて、真鍮の大きなマグカップで赤ワインをグッと景気づけに飲んだ。


 「しかし、そうなると、取り押さえられて、投獄されちまいやせんか?」

 そりゃそうだ。城で狼藉を働いたとなれば、その場で手打ちにされてもおかしくない。

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