第1章「めざめ」 4-4 すれ違い

 「し、しかし、それにしたって、いったいどうやったら、あの数の竜騎兵を全滅させられるんだ!? しかも、こんな、ま、瞬きするような時間で……!!」


 何事も無かったように山道の坂を下りてくるストラを凝視し、アルランがむしろ引き気味に口ずさんだ。


 「……ーッ、ハーッ、ハァーッ!」


 ギョッとしてそんな激しい呼吸音のするほうを見やると、ペートリューが自らを強く抱きしめ、腰を引きながら小刻みにうち震えて、ひきつけを起こしたように荒く息をついている。その前髪の合間から覗く眼は、瞳孔も爛々ランランと見開かれて、ストラを凝視していた。


 「ハーッ! ヒュゥーッ!!」


 「…さん、ペートリューさん! しっかりしてくだせえ! いったい、どうしちまったんでやんすか!?」


 そういう自分もつい今しがたまで感激で号泣していたが、プランタンタンがペートリューを揺さぶった。ペートリューはしばらく揺さぶられて、やっと我へ返った。


 「ッ…ガハッ、ハッ、は! ハヒ……!」


 過呼吸気味に、急いで愛用の旅装ザックより水筒を出し、まだ半分ほど残っている蒸留酒グラッパを一気に飲み干した。


 「そこは、さすがに水でやんしょう」

 と、思いつつ、プランタンタン、

 「落ち着きやんした?」

 「え、ええ……! はい、すみません……!」


 云いつつ、ペートリューもボロボロと涙をこぼし始めた。ベンダとアルランはやはり異様な反応に引いたが、プランタンタンは、理解わかる気がした。


 (ああ……この人も、ストラの旦那のあまりの強さに、衝撃を受けて、感動したんでやんす……自分を虐げ、蔑んできた、ありとあらゆる代物を、旦那がいとも容易たやすくぶっ壊してくれることに、泣くほど感動したんでやんす……!!)


 グスグスと涙をぬぐうペートリューを見ていて、プランタンタンも再び涙ぐんでくる。ベルダとアルランが互いを見やり、何とも云えない顔つきとなった。


 そこへ、何の気配もなくストラが戻ってきた。思わず、密使二人が身構えてしまう。

 「本街道を下っている歩兵部隊が、あと2リンギもすれば我々を追い越します」

 2リンギは、我々の時間で云うと、だいたい2時間45分ほどだった。

 「お……追い越してから、どうするんですか!?」


 「目的地まで、二泊三日です。本街道をいくら探しても、我々を発見できないでしょうし、合流し挟撃するはずの騎兵も現れません。歩兵部隊の行動は二つ、目的地ダンテナまで行くか、タッソへ戻るかです。歩兵部隊の動向は常に私が把握していますので、このまま裏街道(仮)を進み、部隊の動向に合わせて都度判断し、行動しましょう」


 「…………」


 密使二人が茫然とストラを見つめ、とにかくダンテナへ行くのが先決だと納得して、ストラに従うことにする。


 それからみな無言で裏街道を下り、やがてストラがぶっきらぼうに、

 「いま、本街道を代官の部隊が我々を追い越します」


 ギョッとして他の四人が立ち止まり、耳を澄ます。歩いてすぐのところにあるはずの本街道を通りすぎるという兵士たちの足音や声は、木々に阻まれてまったく聴こえない。


 (本当に……?)

 思ったが、耳を澄ますと、確かに複数の人間が足早に山道を下る足音がする。


 不安と恐怖とストラへの信頼と畏怖の入り交じったなんとも云えぬ顔つきで、ベンダとアルランが何度も見合う。そして足音と気配が去ってしまうと、重いため息をついた。


 「……さ、さあさあ、あっしらも急ぎやしょう。旦那のお話だと、そのうちダンテナから戻ってくる連中とまたすれ違うでやんす」


 「……そうなるだろうな」


 四人は裏街道を降りつづけ、山道で休んで夜を明かした。水は、裏街道にも整備されていたが、未整備で埋もれていたり崩れていたりしたので、プランタンタンやペートリューが本街道まで戻って水を補給してきた。


 そうして、ささやかな糧食をかじりながら裏街道を進み、野営で二泊した。三日めの早朝。まだ夜も開けきらないころ。ベンダがまんじりともせずに眼を覚ますと、鬼気せまる気配と共に、本街道を複数の人間が小走りに登って行く音に気づいた。きっと、竜騎兵とも遭遇できず、ベンダたちも発見できなかった代官所の兵士達が、慌てふためいてタッソに戻っているのだろう。ストラの読み通りだ。


 「…………!」


 ゴクリ、と唾を飲み、そのざわめきや気配、足音が山を登って行ってしまうのを確認し、ベンダはゆっくりき起き上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る