第1章「めざめ」 4-1 ケペランの怒り
「に、にわかには信じられんが……竜だけが三頭、帰って来て、おかしいと探索隊を出したら、山道で悲惨な姿の死体が見つかったそうだ」
「ひ、悲惨な姿とは!?」
「兵達は脳天を砕かれ、トレンケレは、心臓に大穴が空いていたと」
「なんと……け……剣の傷ではありませんな……!」
「あの鉄扉面の女……ただの剣士ではあるまい……! おまえに、妙な術を使ったところを見ると、なあ」
「いかさま!」
兵士たちが、直立不動となる。ケペランの顔が怒りで真っ赤だ。
「奴隷と女を、なぁんとしても始末しろと御屋形様の命令だ!! 金を惜しむな! 代官のところへ行くぞ!!」
あわただしく、四人が屋敷を出て代官所へ向かう。
翌日、未明。急ぎかつ周到に準備した組合の人間二人が、領主へ向けた訴状を持って、タッソを出た。組合から訴状を出すのは、これで四度目だった。これまでの三回は、誰も戻ってきていない。
今回、密使として領主の城のあるダンテナへ向かうのは、旦那衆がよりすぐった二人だった。
二人とも四十がらみで、卸商の番頭格である。組合にとっても信頼できる人間で、名をベンダ、そしてアルランといった。
ダンテナまでは、約三日。旅の装束と云っても、まともな格好をしているのはこの二人だけだった。プランタンタンは着の身着のままだし、ペートリューは金を飲みつくしており、準備も何もない。ストラは、水も食料も必要ない。
二人は三人があまりに軽装……いや、街中を散歩するようなかっこうなので不安になった。
「ま、前金をいただかなかったのですか?」
「ええ、いただきやした。あっしは、食おうと思ったら虫でもドングリでもなんでも食えるんで。ペートリューさんは、一晩で飲んじまいやした。ストラの旦那は……よくわからねえでやんす」
「はあ……」
「ま、ま、三日くれえなら、なんとでもなりまっさ。さあ、行きやしょう、行きやしょう」
先頭をプランタンタンが行き、ペートリュー、密使の二人、
夏が近いとはいえ高山地帯ではまだまだ夜も冷えこむが、晴れて気温が上がり、山を下るほど暑くなる。絶好のハイキング日和であったが、密使の二人は無理もないことだが緊張を隠さず、終始無言だった。
昼前には、街道沿いに整備された、小さな沢と滝を利用した水飲み場へ到着する。
べンダとアルランは空になった複数の水筒へ清水を詰め、また、沢から水も飲んだ。プランタンタンも同じことをする。
「さあ、さあ、旦那とペートリューさんも……」
ストラは無視して周囲を見渡していたが、やがて少しだけ水を口にした。もちろん、人類偽装行動だ。飲んだ水はすぐさま酸素と水素、その他些少の含有成分に分解され、疑似呼吸で排出される。
ペートリューは真鍮製の水筒を道中もチビチビやっていたが、水は補給しなかった。
(まさか……)
不思議に思ったプランタンタンがペートリューへ近づき、小さく絶句した。水筒には、おそらく酒が入っている。それも度数の強い某かの
「あっきれやんしたねえ……」
ペートリューがまた汗だくの愛想笑いを浮かべ、バサバサの赤茶の髪を何度も手で掻くように
「脱水を起こすから、水も飲んで」
いきなり、ストラがいつもの半眼をペートリューへ向けてそう云い放ったので、ペートリューも動揺し、云われた通りに数口、水を飲む。
が、すぐに水筒をぐびぐびやるのを忘れない。
プランタンタンが肩をすくめ、ベンダへ軽口をきこうとした矢先、だった。
「追手が来ています」
しゃっくりの様な声を上げて、ベンダとアルランがストラを凝視した。
「わ……わかるんですか!?」
分かるも何も、町を出てから常時広域三次元探査を行っている。
「距離、約2,500メートル……この世界の距離単位では、ほぼ560ゲーゼ。数は35、みな原始的な小ぶりの手持ち武器を装備。山岳軽歩兵です」
話の半分はよく分からなかったが、
「だッ……代官の兵士だ!」
「本当に代官所が、俺たちの使いを……!」
二人の衝撃は大きい。
しかし、それは領主への反乱を意味する。ここで生き残れば、決定的な証拠となるだろう。
「ス、ストラさん!」
「抜け道を行きましょう」
「抜け道!?」
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