第1章「めざめ」 3-7 契約完了

 ペートリューを見た一人が、指を差してそう叫んだ。ペートリューは照れ笑いで、ボサボサの頭を掻く。


 「ペートリューさんは、有名人でやんすね。あ、こちらは、わけあって先程、あっしらの仲間になったんでさあ」


 「この飲んだくれの魔術師を!? 仲間に!?」

 なんでまた……と、顔に書いてある。いやな予感がしつつも、プランタンタン、


 「ええ……と、そんなわけで、三人になりやしたんで……その……一日50と云いやしたが、70になりやせんかね」


 プランタンタンが得意の揉み手にペコペコ姿勢と下卑た媚び笑いで、そう云い出したが、


 「いや……悪いけど、あんたたち、そいつが酒を飲むしか能が無いって、知ってて仲間にしたのかい!? 碌に魔法も使えないんだぞ!?」


 やっぱり? という顔で、プランタンタンがペートリューを振り返った。ペートリューは汗だくで引きつった愛想笑いを浮かべ、何も云えなかった。


 「そいつに払う金はないよ」

 きっぱりと云われ、

 「じ、じゃあ、60でいかがでやんしょ?」


 「50で頼むよ」

 「55! せめて! 55で!」

 組合幹部たちが、渋い顔で席に座るリックを見た。


 「わかった。55だ」

 「さっっすが! 話が分っかりやすねえええええーー~~~~~!! ゲシッシッシ……!!」

 ハエみたいに揉み手をすり合わせ、プランタンタンが歯の隙間から息を漏らして笑う。


 「おまえや酔っぱらいのためじゃねえ! こちらの剣士様の腕を見こんで、だ! 勘違いするなよ!」


 たった5 トンプの値上げでなに云ってやがんでえ!! と胸の内で叫びつつ、プランタンタがさらに胡麻を擦って高速で頭を下げながら大げさなほど礼を云い、辟易したリックがもういいもういいと、あらかじめ用意していた契約書を出させた。


 (超古代の動物の皮を加工した紙状物質……いや、同じく植物繊維質の紙……? いや、動物質とも植物質ともとれない、未知の材質による紙状物質)


 それはフルトスという、動物と植物の中間のような、この世界独特の生物の吐く細かな糸状物質を水に溶かし、いて紙にしたものだった。紙としての名前も、フルトスという。


 プランタンタンが我々で云うA3ほどの大きさの書類を受け取ったが、

 「……すいやせん、あっしは話せるけど読めねえし書けねえんで……」

 それはリーストーン語もそうだったし、ゲーデルのエルフ語もそうだった。

 「私も、話せるけどまだ読めませんし書けません」


 ストラも半眼のまま、ぶっきらぼうに云う。組合幹部たちが、必然、ペートリューを見やった。


 「え! ……え、と、あ、あの、あ、あの……はい、私は、契約内容を確認して、サ、サイン、サインできます」


 さっそく役に立つに、組合の人々も呆気にとられている。



 4


 不機嫌と不快の頂点を極めたケペランは、その足で代官より与えられている住居兼執務室の高級な一軒家へ戻り、フルトン紙へ猛烈な勢いで羽ペンを走らせ、グラルンシャーンへの報告を書き始めた。


 その矢先、伝達のための小竜がゲーデル山より飛んできて、密書をケペランへ伝える。


 「ケッ、ケペラン様! 御屋形様より!」

 「……よこせ!!」


 特別に高級な山岳フルトンの密書を奪い取り、興奮のあまり震える手で蜜蝋の封印を砕いて、開いた密書へ眼を落とした。


 「……なんということだ!!」

 「い、如何いたしました!?」

 「あの奴隷のガキィ……!」


 護衛の兵士エルフに、乱暴に密書を渡す。兵士たちは読んで良いものか一瞬、戸惑ったが、受け取って眼を走らせ、絶句した。


 「ト、トレンケレさんが……!」


 トレンケレとは、兵士エルフの隊長の一人である。つまり、ストラに殺されたあの隊長だ。


 「し、しかも、逃げた奴隷は、山羊のエサ係もしたことがあると……!」

 「そうだ。あのガキ、人間どもにエサの調合を売るやもしれんぞ……!!」


 そうなったら、一大事というレベルではない。ゲーデルエルフが何千年もかけてつちかい、護ってきたゲーデル山羊飼育の秘中の秘のひとつが、エサである。ただ牧草をやればよいというわけではない。エルフ達は厳重に秘匿しており、それを知ろうとする者は、余所のエルフだろうと人間だろうと、死はまぬがれない。


 「あの女剣士が殺したんですか!?」

 護衛たちも、色めき立った。

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