第1章「めざめ」 3-5 ペートリュー

 「あ、あの……あの……あの……その……す、すす、すみ、すみ、すみま、すみません、すみ……せんです……!」


 路地端に死んだように座りこんでいた人物がいきなり立ち上がって、震えながらストラへ話しかけてきた。赤茶の髪は野生動物よりボザボサであり、顔も鼻と口元しか見えない。背が大きく、ストラより少し大きいほどだった。太っているというわけではないが、男みたいに体格がよく、胸回りも腰回りもたっぷりと肉がついている。魔法使いの職能衣装であり誇りでもあるはずのローブは、薄汚れて裾がボロボロだった。


 「あ? こいつ、さっきの飲んだくれでやんすね!?」

 まだ泣きはらしている眼で、プランタンタンが割って入る。


 「酒も金もねえでやんすよ! こちとらだって、これから稼がなきゃならねえんでやすからね! さあ、行った行った! シッシッ!」


 「あ、あの、ごめ、ご、ごめん……ごご、ご、ご、ごめ、ごめん……」


 女が熱病めいて震えながら、懸命に謝りだす。プランタンタンは緊張のあまり震えていると思ったが、


 (完全に、いわゆるアルコール依存症の禁断症状……既に糖質分解ではなくクエン酸回路によりATPを産出するレベル……しかし、肝臓に相当する臓器は、健康そのもの……不思議)


 ストラが女を追っ払わないので、プランタンタンも仕方なく相手をする。

 「……そちらさんはどこの誰べえで、何の御用でやんすか?」

 見るからに女の顔から汗が噴き出て、真っ赤になった。


 (心拍数及び体温が急激に上昇……脳神経系統全体に混乱を確認……特に、言語野及び視覚野がパニック……過呼吸を確認)


 「あ、ああの、その、あの、その、あ、あ、あ、あ……」

 女が小刻みにプルプルという震えから、全身がガクガクと激しく揺れだしたので、


 「お、落ち着いて下せえ! ちょっと……! なんだってまた……さ、さ、こちらで、水でもお飲みやせえ」


 宿に入ってすぐ使用人を呼び、急いで公共井戸より汲んだ水を飲ませるが、女の震えは止まらなかった。


 「お医者を呼ぶ……金がねえでやんす」

 プランタンタンも途方に暮れると、


 「おさ、お酒、お、お、おおおさおさ、おさけくだ、おさけくださいい……お酒……お酒……おさささ……」


 流石のプランタンタンも、目をむいた。

 「酒え!? あんた、こんな時に何を云ってるんでやんすか!? 酒なんざ……」

 「少し、あげてみて」


 ストラが急にそう云ったので、プランタンタンがストラを見やり、そして使用人と顔を合わせた。


 「しゃあねえ……少し、少しでやんすよ。あっしらの晩飯につく分を、この人にやっておくんなまし」


 中年女の使用人が安いワインを木のカップに注いで持って来たのを、女は奪い取るように受け取るや、一瞬で飲み干した。


 「も、もう一杯……!」


 使用人がストラを見て、ストラがうなずいたので、もう一杯持ってくる。それも、ゴクゴクと液体を飲むというより、なにかを吸収するように瞬時に胃へ納める。


 「も、もっと、もっとください」

 三杯目も同じだった。

 「もう少し……」

 「いい加減にしなせえ! それ以上、他人様に飲ませる金なんざ、ねえでやんす!!」

 「ご、ごめんなさい」


 女が身震いしたが、先ほどの揺れるような震えはと止まっており、また、言葉も正常に出ていた。


 「で、もっかい聴きますけど、あんた、どこのどなたさんで、何の御用でやんすか? あっしらは、忙しいんでやんすよ? 昼過ぎまでに、またでかけなきゃならねえんですから」


 玄関ではなんだからと食堂へ行き、席について女が語るには。


 「あの、あたし……ペートリューという魔法使いです。領主様直轄派遣の魔法使い。この街には、他に領主様直轄派遣の魔法使いが三人おりまして……あと、仕事で個人的に滞在してる人も何人かいます。それで、その……あたし、さきほど御覧の通りで……お酒を飲まないとんです。でも、お酒を飲むと、うまく魔法が使えなくって……」


 「そんなこと、ありやす?」

 鼻で笑って、プランタンタンが口元をゆがめる。

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