第1章「めざめ」 3-4 合気
つまり、滅多にないことだが、プランタンタンが余所のエルフだったら、話は別なのだ。その場合、ゲーデルエルフ語には反応しない。
「身分によっては、『里抜け』は死罪だぞ!? 知らないわけではあるまい!?」
グラルンシャーンの腹心にして、ゲーデルエルフ代表交渉役のケペラン、凄みを効かせて一歩前に出ただけで、真っ青になったプランタンタンが腰を抜かしてへたりこむ。そして這うようにして、ストラの後ろに隠れた。
そこで、ケペランが初めてストラへ意識を向ける。チラッ、と、腰の剣(の、ようなもの)へ視線を送るのを忘れぬ。
「ええ……貴女は、この重罪人とどういうご関係で? タッソの人間ではないですな?」
それは、流暢なリーストーン語だった。
「このものは、私の従者です」
「従者ですって!?」
四人が、薄緑のきれいな眼を丸くする。
「あの、こう云っては何ですが、そやつはおそらく……いや、間違いなく、我々の逃亡奴隷です!! 本来なら即刻、引き渡してもらいたいのですが」
「その依頼は却下します。このものは、私の従者です」
「だ、旦那……」
地面へ座りこんでいるプランタンタンが涙目で、ストラの引き締まった尻を見上げた。
聴こえるように舌を打ったケペラン、
「もし差し支えなければ、どういった経緯と理由でそいつを従者にしたのか、お聞かせ願えませんかね……」
「その依頼は却下します。私には、そちらに教える義務も義理もありません」
「なんだと、貴様!」
ケペランの取り巻き兼護衛の大柄なエルフが声を荒げたが、ケペランが制した。表通りだ。タッソの人々が、立ち止まって見ている。
「……では、我々に、我々の奴隷を従者にした経緯を教えるのは、差し支えがある、ということでよろしいですか?」
その氷を背中に突っこんだような冷たい声に、プランタンタンは失禁しそうになった。
「お答え致しかねます」
ストラも、違う意味で鉄みたいな表情と声で答える。ケペラン、怒りで小さく震えながら、
「どうなっても知りませんよ、貴女」
「はい。私がどうなろうと、そちらは知る必要も無ければ、知る方法もありません」
(ふ、ふざけおって……!!)
ケペランがギリギリと奥歯をかんでると、ストラが踵を返した。プランタンタンが急いで立ち上がり、へっぴり腰で転がるように後に続いた。
「こいつ……待つんだ!!」
辛抱たまらず、屈強な護衛エルフの一人が駆けより、右手でストラの細い肩を掴むや、そのまま押さえようとした。
瞬時に、ストラが転身してその手を外す。そして、目にも止まらぬ速度で男の手首を右手で掴んだ。カッとなった護衛エルフがその細い手首を掴み返し、力任せに引きこんだ。
瞬間、ストラが「合気」をかける。
全身の力を抜き、相手が引きこむ力を利用して踏みこんだ下半身の威力をそのまま加え、相手を掴まれている右手で押しこんだ。
ガグゥ、と重心を崩された挙げ句、とんでもない力で押しこまれた警護エルフが、腰砕けに後ろにひっくり返って、さらに勢い余ってゴロンと後転、後頭部を打って地面へ大の字に伸びてしまった。
「……!?」
ケペランを始め、プランタンタン、さらには通りを歩いているタッソの人々も、絶句して声も無かった。なにがどうなったのか、さっぱりわからぬ。まるで、魔法だ。
改めて、ストラが無言でその場を去った。
あわてて、プランタンタンが犬みたいに後ろに続く。
「旦那……旦那……おありがとうごぜえやす、かばっていただいて、おありがとうごぜえやす……!」
裏通りに入った途端、大きな翡翠色の美しい眼からボロボロとこぼれる涙をぬぐい、プランタンタンが嗚咽をこらえながらつぶやいた。
「使用者責任において、雇用しているものの境遇を保護するのは、当然の責務です」
「一生、恩にきりやす……!」
泣き笑いの笑顔で、プランタンタンがストラの背中に微笑みかける。
「それに、さすがでやんす、すげえ! 相変わらずお強い!」
「よくわかんない」
「ついでに、あすこであいつをぶっ殺さなかったのもさすがでやんす。街中で殺しは、いかなる理由であっても厳罰なんでさあ」
「よくわかんない」
「いやあ、さすが……さすがでやんす……」
二人がそのまま歩いて、宿が見えたころだった。
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