第1章「めざめ」 3-3 1日50トンプ

 「どうぞ、お察しくださいやし。あっしは、プランタンタンってえ、ケチなエルフでやんすが……あいつらの牧場から逃げてきたんでやんすよ」


 「牧場から!?」

 「は、重罪と聞いたぞ!?」


 「さいでやんす。あやうく追手に殺されそうになったところを、こちらの! 剣士ストラ様に、救っていただきやしたんで!」


 半眼の無表情でぼんやりと虚空を見つめているようにしか見えないストラに、五人の男たちは戸惑った。


 「そ、それで、何の用だ」


 「いや~~~~~っやっやっやのや、実はですね、御存じたあ存じやすが、あのグラルンシャーンっつうエルフの酋長は、こらもう、とんッッ……でもねえ悪党で……邪魔くせえ人間やエルフやなんだかんだを闇から闇に消すなんざ、朝飯前を通り越して、手鼻をかむより簡単にするでやんす。代理人のケペランのヤロウも、血も涙もねえ守銭奴で。代官と組んで、皆様方をゲーデル山羊製品の取引から外しちまおうって魂胆でやんしょ?」


 たちまち五人の顔色が怒りで真っ赤になり、ガギグギと歯をかみしめていたが、やがて大きくため息をつき、若い卸商の旦那が、声をあげた。


 「その通りだ。お前に云ってもしょうがないだろうが、エルフに我々の常識は通じない。だから、代官がおかしいんだ。ケペランと代官と、どっちからこんなことを云い出したのかわからないが、我々卸売商を抜きに商売をやるなんて……聞いたことが無いし、領主様も知らないに違いないんだ。でも、リーストーンへ訴えを出しても、誰も帰ってこない……」


 「そりゃあ、代官かケペラン……つまり、グラルンシャーンってことでやんすが……どっちかの兵士か、その両方の兵士に、殺されてるんでやんしょうねえ」


 グッ、と息をのみ、五人が肩を震わせてうつむく。店のものならまだしも、親族を殺されているところもある。


 「さあさあさあ!! そこで! この! 見た目もお美しいですが、腕前も超絶凄腕のストラの旦那を! 是非! 是非にも雇っておくんなせえ! 値段は……一日50トンプでいかがでやんしょ」


 意外や、50トンプは高くも無く、安くも無くといった手ごろな値段だった。いや、無事にダンテナへ行って帰ってこれるのなら、むしろ安い。命の値段としては。


 「50でいいなら、組合で出せるぜ!」

 「リックさん!」

 リックも嬉しさ半分、不安半分といったところだった。


 「ちょっと、考えさせてくれ。昼過ぎに、また来てくれないか。代官たちに、ばれないようにしてくれよ」


 「もちろんでやんす! ゲッシッシッシ……!」


 ドブネズミみたいな顔で笑い、揉み手に上目で男たちをみやるプランタンタンに、五人はそろって顔をしかめた。


 「では、またあとで。色よいお返事、待ってるでやんすよ!」


 二人が出て行って、リックが無言で顎を振る。若旦那が裏口から出て、二人の後を尾行つけた。


 「代官の間者かもしれないぞ」

 そういうことである。プランタンタンの言動があまりに怪しいし、

 「あの細面のとした女が、そんな凄腕なわけないだろうが」

 と、いうわけだ。

 


 組合から尾行されているというのは、常に最低でも周囲数百メートルを三次元探査しているストラには、まる分かりだった。


 「さあて、ストラの旦那、昼過ぎまで暇になりやあしたねえ。こんな面白くもなんともねえ田舎町でやんすが、見物でもしやすか?」


 「いや」


 「じゃ、宿へ戻って、のんびりしやすか。部屋でジッとしてるっちゅうのも、なんだか、落ち着かねえですが……」


 四六時中働かされていたプランタンタンにとって、時間を持て余すというのも初めての経験だった。


 時刻は、我々でいう午前10時半をすぎたころだ。

 「おい、そこのおまえ!」


 ゲーデル地方のエルフ語でそう声をかけられ、ふと、ふり向いたプランタンタンが、ひきつった顔に恐怖の色を張りつけて、しまったと口へ手を当てた。ストラは元々分かっていたが、一応ふり向いた。


 四人のエルフが、道端から声をかけてきたのだ。


 その中の、見るからに立派で高価そうな、複雑な文様の施されたゲーデル山羊による毛織のジャケットを着た一人がプランタンタンを殺意に満ちた目で凝視し、


 「おい、おまえ、どこの牧場のものだ。なぜここにいて、そんな人間の服を着ている。なぜ、私に報告が無い。私の知らないゲーデルエルフは、タッソに居てはならない掟だぞ」

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