第1章「めざめ」 3-2 ゲーデル山羊製品卸商組合

 ストラが歩きだし、プランタンタンも後ろに続く。そして、すぐに追い抜いて前に出て、目的の場所へ向かった。


 通りを進み、大通りに出て、反対側の区画へ向かう。

 「あっしは、何度かここに来てるんでやんすが……大きい声じゃ云えやせんが……」

 振り返ったプランタンタンはそこで声をひそめ、ストラの横へ並ぶと、


 「このリーストーンっつう小せえ国は、あっしらゲーデルの牧場エルフと、隣国との交易の仲介をして儲けてるんでやんす。このタッソは、その最前線で。リーストーン家から代官が送られてきてやしてね、あっしらゲーデルのエルフの……グラルンシャーン家からの代表と手を組んで、税金を不当にとって、卸値を吊り上げてと、そりゃあもう、やりたい放題なんでやんす。なんで知ってるかって? そりゃ、あっしも片棒を担がされてやんしたからね。奴隷としてね。で、代官やグラルンシャーン家のやり口に我慢ならねえって人たちがおりやあしてね……ゲッシッシ……」


 「よくわかんない」


 「けっこうでやんすよお、分からなくたって……旦那は、アブねえ揉め事を解決さえしてくれりゃあ、ね……ゲッ、シッシッシ……!」


 プランタンタンが向かったのは、ゲーデル山羊製品を扱う卸商人たちの組合だった。


 ゲーデル山羊は、山羊という名がついているがそれは便宜上で、ゲーデル牧場エルフだけが飼育法を知っている希少生物である。その毛織物は、中央へ行けば行くほど高値になる「幻の毛織」だった。リーストーンを訪れる買付人は、領主のいるダンテナまでしか入ることが許されておらず、ダンテナの特別な仲卸だけがこのタッソまで来て毛織物や毛糸、さらには角や骨までも含めたゲーデル山羊製品を買い付けることができる。それも、エルフと直接取引をするのは認められていない。かならず、タッソの卸売組合と代官所を通す。


 ここで、普通は代官と卸売組合が手を組んでうまい汁を吸うところだが、いまは事情が少し異なっていた。


 なんと、エルフと代官が手を組んで、領主公認の卸売組合を排除しようとしているのである。


 組合にとっては、前代未聞の話だった。


 これは、ゲーデルエルフの大牧場主、グラルンシャーンが裏で手を引いているとされた。


 すなわち、エルフが直接ダンテナの仲買人に売りつけたいのである。


 さらに、将来的にはリーストーンを介さず、ヴィヒヴァルンやフランベルツと直接商いを行いたかった。なぜなら、リーストーン……いや、タッソの卸売組合へ売る数十倍の値段で売れるからである。


 元来、エルフという種族は人間の金銭感覚に疎く、また大して金欲も無かった。些少の金銭になり、面白く便利な人間の道具を買えるので人間の貨幣を重宝していたにすぎない。そこをリーストーンにうまく使われていた。


 だが、グラルンシャーンというエルフの酋長は違った。

 なんといっても、欲深く狡猾だった。

 700歳を超えているはずだが、矍鑠かくしゃくとして、非常に金銭に厳しい人物だった。


 また、使用人や奴隷が無暗に人間と交わるのも厳重に禁止していた。まして、脱走などは許されるはずもなかった。


 なぜなら、ゲーデル山羊の飼育法が人間に漏れたら、大変な損失を生むことは明白だからである。


 「あ、ここでやんす」


 能天気な声で、プランタンタンが山間に近い建物の前で止まった。そのまま入口へ手をかけ、


 「ちょいと、失礼しやすよ」


 ドアの呼び鈴を鳴らしてエルフが入ってきたものだから、部屋にいた組合の者どもは色めきたった。


 「な……なんだ、おまえは!!」


 と、専従組合職員のおやじが声を荒げたところに、ストラが続いて入ってきたので、ストラのかもす不思議な雰囲気や、エルフと女剣士という組み合わせの違和感に、その場にいた五人ほどの男たちは言葉を失った。


 プランタンタンが揉み手をして美しい薄緑の目を細め、得意の下卑た笑顔で、


 「いやー~~~~~っやっや、いやいやいや、御集りの皆様方、ちょいと……ちょいと小耳に挟んだんでやんすが……なにやら御代官様や、あっしらエルフと、いざこざが……って、おっとお! 誤解なさらないでくださいやしよ、あっしはもう、エルフの里なんざあとは、スッッ…………パリと、縁を切ったんでやんす! むしろ、あいつらに復讐してえくらいなんで……ゲヒッシッシッシ……!」


 「復讐だと?」


 専従職員のおやじであるリックが、白いものの混じった口髭をゆがめ、太い眉をひそめる。

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