第1章「めざめ」 2-2 お湯の風呂

 「二人、泊まりたい。あと、この子を洗って、適当に衣服を用意してください。それから食事。金銭は、この子がもっているから。つまり、わかるでしょ?」


 いきなりストラが流暢にリーストーンの言葉を話したので、プランタンタンもビックリしてストラへ振り向いた。


 女将も唖然としていたが、


 「え……ええ、分かりますとも。……ということなんですね? さ、さあ、こちらに。いま、湯浴みの準備をしますからね。そうだね……服は、どういった?」


 どういった、というのは、職能によって着る服が決まっているからだ。いまプランタンタンが着ている……と云ってよいのかどうかもわからぬ、袋をかぶっているようなものは、使用人以下……奴隷階級でも、さらに下下下の下である。場合によっては家畜以下の、最下層だ。


 「私の従者になったの。だから、そういう」


 「なるほど、分かりましたとも! そういうでしたか……おまかせくださいな。でも、エルフを、ねえ……」


 ご多聞に漏れず、この世界でもエルフの寿命は人間の十倍近い。人間(に見られている)ストラがエルフを従者にするというのは、ちょっと常識からはずれていた。


 だが、女将は、金さえもらえればどうでもいい。

 「ええと、御足おあしは、どれほど……?」

 予算という意味だ。最初に確認する。


 プランタンタンがあわてて、グラルンシャーンの竜騎兵から奪った革袋を出した。鼻をつまんで中を覗きこみ、女将、


 「湯代、食事代、着るもの、宿泊で……ざっと三日分ですね」

 「え、たった三日」

 「文句があるのかい!?」

 「い、いや、ねえですとも」


 タッソを出るにしても、長逗留するにしても、三日の内にそれなりの資金を稼がねばならない。


 (クソが……! この強突ごうつくババア、ボリやあがって……それにグラルンシャーンのヤロウ、マジマジのマジで、これっぽっちの金で三人もの騎兵にあっしを追わせてたんだ……クソボケトントンチキのドケチヤロウめ)


 プランタンタンの渋い目つきをものともせず無視して、女将がストラへ近寄った。


 「ええと……女剣士さんは、従者の方と、ご一緒のお部屋でよろしいんですか? もっといいお部屋もありますよ」


 「どうせ別料金なんでやんしょ!?」


 「当たり前じゃないか。……まあ、ご事情があるというのなら、こっちは別にいいんですけども」


 「ご事情アリアリでやんすよ。さ、旦那、まいりやしょう。狭い部屋であっしとご一緒とは恐れ入るでやんすが、なあに、いざとなりゃあ、あっしは床で寝るなんざの平気の平佐で」


 「狭いだけ余計だよ! そのぶん安いんだ。文句があるなら、もっとお高くて広い宿に行きなよ!」


 「ゲッシッシシ……ごもっとも」


 部屋は全部で七部屋の、小さな宿屋だった。一階の隅の部屋へ通され、日当たりが悪いのでまたもプランタンタンがブツクサ云ったが、


 「ここがいちばん広いし、部屋に風呂がついてるんだよ!」

 と女将に云われ、また薄気味の悪い愛想笑いで誤魔化した。


 この宿には、ドヤ街にしては珍しく古いがしっかりとした薪のボイラーがあり、一時間ほどで大量の湯が用意され、部屋に併設された浴室の、家畜の水飲み場みたいな大きな木の桶にたっぷりと湯が入った。


 「こいつは凄い、お湯の風呂でやんす……」


 風呂は湯にきまってるだろ、と女将は思ったが、おそらく奴隷であろうプランタンタンの境遇を察して、何も云わなかった。身体を洗うのも、そこらの川か雨だったのは想像にかたくない。


 「ストラの旦那、どうぞ、お先にお入りくださいやし」

 「私はいい。先に入って」


 ええ!? 女将とストラが同時に小さく声を発し、ベッドの横に突っ立っているストラを凝視する。使用人が、主人より先に風呂に入る!? 聴いたことがない。

 (だけど、確かに汚れたままのを、この部屋で待たせるのも……)

 女将は顔をしかめ、プランタンタンを見やる。


 「おい、せっかく旦那がおっしゃってるんだ、その小汚い風体をとっととなんとかおし!」

 女将に云われ、プランタンタンは揉み手でヘコヘコとアタマを下げ、下卑た調子で、


 「い、いやあっ、ええ、そうですかい! 旦那がそうおっしゃるのなら、へえ! お言葉に甘えて……先に入らせていただくでやんす!」


 プランタンタンがそう行ってノコノコと浴室へ入る。女将が舌を打ち、その後に続いた。

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