第1章「めざめ」 1-6 タッソ
プランタンタンが、隊長が荷物入れから出してストラへ見せようとしていた革袋の財布をその手から奪い取る。小刻みに震える手でもどかしそうに紐を解き、中を確認した。
「……っかああああああ、あのドケチのクッッソグラルンシャーン
ギリギリと歯を食いしばったが、すぐに顔を戻し、
「でも、ま、こんなんでも、当面の足しにゃなるでやんす。さ、さ、行きやしょう、行きやしょう。旦那、まずはすぐそこの清水で喉でも潤して……って、旦那はけっこうなんでしたっけ……」
ストラが、無言で歩きだす。プランタンタンは、急いでその後に続いた。
それから30分も歩くと、水の流れる音がした。山越えをする者のために整備された、湧き水を利用した簡易な水飲み場が整備されている。プランタンタンがそこから迸り出る水の流れへ口を当て、音を立てて飲んだ。
たっぷりの飲み終えて口をぬぐいながら身を起こし、
「……ハア、生き返るでやんす。……ストラの旦那、本当にいいんでやんすか?」
「うん」
気のない返事をし、ストラは、相変わらずの半眼で周囲を
「な……何か、また追手でも……?」
プランタンタンがびくついて身をすくめ、同じようにキョロキョロして周囲を見やる。が、プランタンタンが見渡したところで、何も分からぬ。
「さ、さっき逃げた竜でも追ってきやしたか?」
「いや」
「薄気味わりいや。さ、とっとと行きやしょう。なに、このぶんだと、日暮れ前にタッソに入れるでやんす。そうしたら、この金で湯を浴びて、服も買って……旦那は既にこざっぱりしてやんすから、あっしの身支度をさせていただくでやんす。そして、タッソで軽く稼いで、ダンテナへ行きやしょう。そこでまた稼げるだけ稼いで、フランベルツへ行くもよし、ヴィヒヴァルンへ行くもよしでさあ」
「よくわかんない」
プランタンタンが腰を上げ、今度は先に歩きだす。歩きながら、一人で話し始めた。
「あっしはでやんすね、旦那。確かに奴隷でやんしたが、人の話を良く聞いてましたし、タッソからの仲買人の話も盗み聞いてやした。だから、行ったことない土地の話も知ってるんでやんす。何度か、タッソに連れてかれたこともありやあして、リーストーン人の言葉も覚えやした。だから……だから、きっと、お役に立つでやんす。あっしは、ゴミでもクズでもねえでやんす」
「うん」
眼に涙を浮かべ、明るい笑顔でプランタンタンはストラを振り返った。
そうして、嬉々揚々と歩を進めた。
やがて、山間の眼下に、谷間にそって造られた細長い集落……タッソが見えてきた。
2
山間の小領主地リーストーン自体がゲーデルエルフ領とヴィヒヴァルン王国や選帝侯フランベルツ地方伯領の交易中継で栄えているが、タッソはその玄関口とも云える町で、小さいながらも重要な場所だった。
山道より町に入り、両側に様々な建物の並ぶメイン通りへ近づくと、人がドッと増えた。既に夕刻近く、家々や飯屋からは良いにおいが漂っている。プランタンタンはグゥ、と腹を鳴らし、
「ス、ストラの旦那、飯を喰いたいのでやんすが……」
「うん」
云いつつ、流石にプランタンタンが自らの身なりに気を使う。というのも、裸足で歩いているのは奴隷か犯罪者か浮浪者という世界だ。衣服もズダボロだし、全身が泥と動物の汚物にまみれて悪臭もすごい。プランタンタンがエルフということを差し置いても、人々の奇異の代物を観る視線が嫌でも刺さる。
しかし、やはりストラがいてよかった。確かに変わってはいるが、剣士が奴隷を引き連れているか、仕事で奴隷にされていたエルフを救ったというストーリーが成り立つ。人々は都合よく勝手に想像し、納得して二人を無視した。これがプランタンタン一人だったら、たちまち町の衛視を呼ばれていた。
(ストラの旦那は、ここいらの常識も何もかも忘れちまってるにちがいねえ。ここは、あっしが……)
プランタンタンは高鳴る心臓を押さえて唾をのみ、
「だ、旦那、飯屋っちゅうより、しばらく逗留する安宿を見繕いやしょう。今夜はそこで休んで、明日から、ちょいと小金を稼いで、旅の準備をいたしやしょう」
「うん」
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