第1章「めざめ」 1-4 追手

 「ここを半日ほど歩きやすと、リーストーンのタッソってえ町に出やす。そこで、いろいろと旅の準備をいたしやしょう」


 「いいよ」


 振り返って、プランタンタンが先ほど盗もうとしたストラのへ眼をやる。見たことも無い剣……いや、刀だ。この地方では珍しい、片刃の武器だろう。しかし、本当に見たことが無い姿をしている。鍔が無いし、柄も四角い。普通は握りやすいように楕円形だが。鞘は黒く艶やかに光っており、革巻なのか木なのか、金属なのかも判別つかない。


 しかも、ストラは持ち物が何も無い。プランタンタンも無いが、ストラもその刀以外に何も持っていなかった。


 「……ええ、ストラの旦那……ぶしつけながら、あの……御金様おかねさま……って、持ってやす?」


 「よくわかんない」

 (持ってねえな……。こいつは、ちょいとアテが外れやあがった……)


 また前歯を出し、眉をひそめて思考を巡らせる。さっそく、タッソで一稼ぎが必要だ。なにせ、食べ物も何も無い。


 (凄腕ったって、旦那が自分で云ってるだけ……あのアタマじゃ、ホントに凄腕なのかどうか……怪しくなってきたでやんす……)


 とはいえ、危なくなったら逃げるだけだ。なんとかならあ。そう思った。

 そのまま、3時間も山を下ったころだった。


 「旦那、もう少しで清水がありやすから、そこで休憩いたしやしょう」

 「私は大丈夫」

 「えっ」


 プランタンタンが大丈夫ではない。洞窟の中の湧き水は(石灰水のため強度のアルカリ性になっており)飲むと腹を壊すので、牧場を夜明け前に逃亡してから、飲まず食わずなのだ。


 「す、すいやせん、あ、あっしがちょいと……休みてえので」

 「いいよ」

 ホッとする。ここで強権に出てこられたら、なんのために逃亡したのやら、だ。


 (もう二度と……奴隷なんて御免だあ)

 プランタンタンはストラに見えぬよう、顔をしかめた。

 だが、それからしばらく歩いて、坂が少し緩やかになったころだった。


 ストラが、いきなり立ち止まった。

 足音に気づいて、プランタンタンが振り返る。

 「……旦那、どうしやした?」


 「囲まれました。数は三体。二足歩行の未知乗用生物を利用した、騎兵の一種と認識。剣というより、山岳用の汎用刀剣類とおぼしき装備を確認。目標は、90% 以上の確率で我々です。索敵行為と認識します。距離、およそ30メートル。あと20数秒で接敵」


 プランタンタンの顔が引きつった。


 「……お、追手だ!! ちっきしょう!! グラルシャーンのヤロウ、竜騎兵を三人も出しやあがって……! そ、そんなに、ガキの奴隷一匹脱走したのが許せねえのかよッ!!」


 プランタンタンが熱病めいて震えだし、慌てふためいて逃げ出そうとしたが足がもつれて転んだ。なんとか起き上がったが、その真横の藪の中から、まっすぐな長い尾としなった首を持つ獣脚類の恐竜めいた生き物に乗った兵士が現れる。


 名状しがたい甲高い悲鳴を発し、プランタンタンは転がるようにしてストラのところまで逃げ、腰が抜けたようにしてその足にしがみついた。


 狭い山道だが、前に一騎、後に二騎、ストラとプランタンタンを取り囲む。薄緑色の髪と眼を持った、プランタンタンと同じ種族……エルフだ。手綱を持ち、腰には山刀マチェットのような大型の刃物をベルトに下げていた。


 「なんだ貴様! はこちらの所有物だ!! 貴様が盗んだのか!?」

 ストラは無言だった。半眼で、身構えもせぬ。


 「関係ないのなら、そいつを渡してもらおう! 奴隷が逃げ出したのだ! 家畜が逃げたら、連れ戻すのが当たり前だ!」


 「て……てやんでえ!! 奴隷だからって、ロクに飯も食わせねえで死ぬまでこき使うバカがいるかってんだ!! もう少しマシな使い方しやあがれ!!」


 見る間に、兵士の額に青筋が浮かぶ。


 「うるさい! だまれ! ゴミめ! ゴミ! ゴミカスが! おまえみたいなゴミはな、エルフにも人間にも、いくらでもいるんだ! ゴミクズの無能が! 無能! 無能! ゴミ! クソ奴隷! いや、ゴミやクソは肥料になるからまだマシだ! 死ぬまで生かしてもらってるだけ、ありがたいと思え! ドクズ!」


 「…………!」


 プランタンタンの大きな眼から、涙がボロボロとこぼれ落ちた。歯を食いしばり、嗚咽に耐える。泣いたら負けだ、泣いたら負けだ、と念じながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る