第1章「めざめ」 1-3 洞窟の外の世界

 そこでパシパシと頬を叩いてニヤニヤを消し、立ち止まってまた振り返った。が、その顔は満面の下卑た笑みに包まれている。もみ手をして姿勢を低くし、ネズミみたいに前歯を見せ、


 「げへぇっしっししし~~! 旦那旦那、ストラの旦那ああ~~、これから、いかがいたしやんすか? え? 特にご予定がない! ……でやんしたら、もしよろしかったら、あっしといっしょに旅なんざあ、いかがでやんしょ!? あっしがぜえー~~んぶ仕切って、がっぽし! がっぽ! があああっっっっぽ!!!! 稼ぎまっせええええええ~~~~!!」


 「…………」


 ストラはそこで、プランタンタンへ視線をやった。闇の中だが、探査情報で認識する。全身が薄汚れて、垢と土と動物の汚物にまみれている。着ているものも、ボロに近い植物繊維性の一枚服だ。靴も履いていない。こういう原住生物なのだろうか? それとも、こういう労働環境なのだろうか? それとも、階級的な仕様なのか? 未知世界のため、判別がつかない。嗅覚センサー情報によると、悪臭もすさまじい。


 「未判別につき、現状認識行動の一環として、その提案は認められます」

 「ヘッ!? い、いいんでやすかい!?」

 「いいよ」

 もう、歓喜が爆発した。


 「いぃいいいやあっっッッったったったったあああああああああああああああああ!!!! やったやった、やったでやんす! やったでやんす!! これであっしは、奴隷からマジでホント完全におさらば!! 金をたっぷり稼いで、いい暮らしがでっッきるッッッぜええええぇぇぇえええええーーーッッッ!!!!!!」


 「…………」


 そこで、ハッとして自らを凝視するストラと眼があった。たちまち大発汗し、手が削れるのではないかというほど揉み手をして、


 「い、いや!! もちのろん! 旦那といっしょに、でやんすよおおおお~~~~! 用心棒から、護衛! 揉め事解決! 取り立て屋! 賞金稼ぎもいいっすねえ~~! 大昔の遺跡でお宝探し、なんちゅうのも夢がありまっせええ~~~~!」


 「よくわかんない」


 「わからなくたって、いいんでやんすよお! あっしにぜえー~~んぶ、まかしてくださいやしぃ! ゲヒッゲヒッ! ッシッシッシシシ……!!」


 プランタンタンが再び、闇の中を先導する。既に次元探査済なので、ストラはこの洞窟を半径十キロ範囲で全て把握している。別に、案内などいらない。


 「さ、さあっ、旦那! こちらで、こちらでやんす ゲッシッシ、シ……」


 プランタンタンが再び齧歯類めいて前歯を見せながら、肩を揺すって笑うたびに歯の隙間から空気が漏れる。この笑い方が気味悪いと、牧場ではよく木の棒でブッ叩かれた。


 やがて、遠くに明かりが見えてくる。

 出口だ。

 「さあ、もうすぐでやんすよ」


 心なしかプランタンタンの歩みも速くなり、二人は洞窟から外へ出た。

 明るい。

 暗視モードから通常モードに視界が切り替わり、ストラは可視光線下で現状認識した。


 「岩石、大気、水の各成分及び形状、また植物形状はほとんど地球と変わらず。ただし、品種は遺伝子レベルで微妙に差異あり。また、空間中に未知の素粒子を多数確認。世界全体に、この素粒子が濃厚に満ちています」


 「へえ? はあ」

 プランタンタンは、もうストラの意味不明のつぶやきを無視する余裕ができていた。


 だが、その外観に目を見張る。プランタンタンの知っているどんな種族や、人間の人種とも異なっていた。エルフの暗視は、網膜の裏に発光器官があり特殊な視界を作るのだが、色は識別できない。薄緑一色となる。


 すなわち、陽光の下でのストラは、濃い鋼色の灰黒鉄色の髪を肩の下まで伸ばし、その眼も鋼色をしていた。衣服も観たことも無い代物で……女性なのか男性なのか分からない体系をしている。かろうじて胸部の膨らみが認められるので女だと思われる、という程度だ。顔は、どちらかといえば女性だと思われるが、カオのきれいな男と云われてもわからない。なにより、プランタンタンの知っているリーストーン人の誰とも似ていなかった。


 「え……ストラの旦那は、どこのお生まれですかい?」

 「よくわかんない」

 「で、やんしょうね……」

 もう、諦める。


 「ま、なんでもいいでやんす。行きやしょ、行きやしょ。さ、さ、こっちでやんす」

 林の中の獣道をしばらく歩いて、やがて整備された一本道へ出た。山の中の街道だ。

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