第2話
ある日、私は、決意を胸に潜めて、店に向かった。
暗い路地に、ショーウインドウが切り取った四角く黄色い光が貼りついている。
私はじっと、ウインドウを覗き見た。
頭上にはちかりちかりと星が瞬く。だけれど、そんなものは、私の心を動かさぬ。目の前の、淡い光に照らされた人形だけが、私の目を心を頭を埋め尽くしている。
こつり、と靴音がした。
振り向かなくても、誰だかわかる。店主の足音だ。
「譲りませんよ」
「判っています」
「何度お越しいただいても、絶対に譲れません」
静かな、静かな声だった。
私は懐に右の手を差し入れて、大事に胸に秘めていた決意をそっと取り出す。
「大丈夫です。よく、解っています」
私の右手はだらりと下がり、そのくせ掌は、しっかりとナイフを握っていた。店主が首を動かさず、視線だけを動かしたのが、ぴくりと動いた指の仕草で見て取れた。
「そんなものをご持参されても、僕の意志は変わりません」
「そうですか。ですが、私の決意も、やっぱり変わらぬのです」
ゆっくりと、私は店主を振り返る。
さくりと音がしそうだった。実際には、そんな生易しい手応えではなかったのに、頭の中では軽やかに、さくりと音がした。
何やら呻きながら店主が私に手を伸ばし、どさりと砂袋を叩きつけたように倒れた。腹にはナイフの柄がくっきりと、月光を照り返して刺さっている。
不思議と心は乱れていなかった。それでも吸い込んだ息は震えていた。それは悦びだったのかもしれない。
店主のベストの上に、懐中時計の鎖が垂れていた。その端に、小さな鍵がぶら下がっている。きっとショーウインドウの鍵だろう。時計ごと鍵を引っ張り出し、ウインドウに近づいた。そこで漸く、外からは開けられぬのだと気が付いた。当り前だ。振り向いた店の入り口は、果てしなく遠くに思えた。
綺麗な細工の時計だった。生憎よくは判らぬが、それでも高価なことだけは見て取れた。その時計の鎖を握って、思い切り振り回した。時計はウインドウにぶつかり、硝子と時計が音を立てて砕け散る。
きらきらと、星のように煌めく硝子屑を掻き分けて、夢にまで見た人形に手を触れた。藍色の瞳と目が合った。それは柔らかな黄色の光に包まれて、宝石よりも煌めていた。私は人形を抱き上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます