8:②
――気付いてたのかよ。侮れねえ……つーか、怖え
「ハルさん、と、セイヤーズさん」
思わず姿勢を正すと、中山がこちらを振り返って目を瞠る。どうやら次期指揮官の言葉で気付いたらしい。
「……よう」
まるで覗きがばれたような、少しばつの悪い気分になりながら軽く挨拶をすると、次期指揮官は彼女を振り返った。
「友達か?」
訊ねた声がほんの少しだけ柔らかみを帯びた、と思ったのは気のせいだろうか。
「ええっと…………」
おそらく「友達」と言ってしまっていいのか迷っているのだろう。俺とハル、次期指揮官を順繰りに見比べ、中山は逡巡する。
――どうすっかな……
中山との約束を守るなら、ここは黙っておいた方がいいんだろう。けど、今言わなくてどうする、と胸の奥で囁く声が俺の背を押した。
「――そうっすけど」
一瞬の後、中山の答えを待たず、意を決して俺は頷いた。横で、ハルがちらりと俺を見る気配がする。
そんな俺達をじっくりと眺め、次期指揮官は僅かに左眉を上げた。それから、ゆっくりと中山に視線を送る。当の彼女はそれに気付かず、驚いた様子で俺を見上げていた。
――って、おい。ハルはともかく、何でお前が驚くんだよ?
だがとりあえず、そんな中山の様子を見て、彼は何故だか俺達を無害と判断したらしい。殺気にも似たプレッシャーがスッと拡散したかと思うと、口元には微苦笑が浮かぶ。圧力から解放されて、俺達は小さく息を吐いた。
――これが、指揮官……
こうしていると、相手も俺達と同い年の普通の少年だと感じられる。さっきまでの威圧感がまるで嘘のようだ。
「なら、いい。俺はそろそろ行くから、お前達も早く食事しろよ」
穏やかにそう言うと、彼は踵を返して立ち去っていった。
「…………びっくりしたね」
次期指揮官の背中がゆったりと茂みの向こうに消えるのを見送って、ハルが小さく呟いた。
「おかげで、事が荒立たずにすんだけどな」
おそらく俺達が出ていたら、多少は言い合いになっていただろう。下手すると手が出ていた可能性もある。もしかしてあの人は、そこまで見越していたんじゃないか、という考えが頭を過ぎる。
――ま、さすがにそれはないか。
「ところで、ロン?」
と、不意にハルが表情を一変させ、にやにやと意味ありげな笑みを浮かべた。
――げ、早速かよ……
ったって、何て答えたらいいんだ?――って、そのまま話しゃいいのか、そりゃそうだ。
勢いに任せて言ってしまった分、その後のことなんか考えてなかったから、軽いパニックが俺を襲う。だが俺が構えるよりも早く、ハルが口を開いた。
「何があったか、訊いてもいいよね?」
表情も口調もにこやかだが、有無を言わせない響きがある。
「……何で断定口調だよ」
少し腰の引けた俺に、奴は笑顔を崩さないまま「じゃあ言い換えようか?」と応じた。
「何かあったね?」
「ますます悪ぃじゃねえか……」
以前の俺を知っているだけに、ハルから見た俺の変化は唐突で、だからこそ興味深いんだろう。げんなりとしながらも、俺はちらりと中山に視線を送る。と、こちらを眺めていた彼女とばっちり視線がかち合った。
「……わり」
発言自体に後悔はないが、中山の了承を得ずに答えたことに対してそう告げると、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返した。やがてその表情がゆっくりと和らいで、うっすらと笑みが刻まれる。さっきの次期指揮官のそれと、どこか似た表情だ。
「――仕方ない、ですね」
くす、と漏れた笑いに、ハルが小さく「へえ」と呟いた。
「で? いつの間にそんなことになってた訳?」
「あー……? お前、何かヘンな勘違いしてねえ?」
背中に妙な汗をかきながら問い返し、俺ははたと我に返る。
「つーか、んな場合じゃねえよ! メシ!」
「あ」
俺の言葉に、ハルが目を丸くする。
「昼飯抜きで実戦演習なんて、冗談じゃねえぞ」
「……確かに」
頷くと、ハルは中山を振り返り、ひょい、と肩を竦めた。
「ごめん、友香ちゃん。話はまた後で!」
「マジ悪ぃな、じゃ!」
そう言い置いて、慌てて購買の方へと踵を返そうとした、その時。
「――あ、あの!」
中山の小さいがよく響く声が、俺達を呼び止めた。
「……どした?」
振り返ると、中山は、躊躇するように視線を彷徨わせた。ほんの少し赤らんだ頬が、彼女の緊張を俺達に伝える。
二度、三度。自分を勇気づけるように、小さく深呼吸すると、彼女は意を決したように、俺達をまっすぐ見上げた。
「嫌じゃなければ、ですけど……少し、おすそ分けしましょうか?」
驚く俺達に、何を思ったのだろう。畳みかけるように早口で中山は言った。言いながら、胸に抱えていた包みをこちらに向けてそっと差しだすような仕草をする。
「それって?」
「お弁当……です」
そう言って、中山は包みの端をちょっとだけ持ち上げた。途端に、何か香ばしい匂いが鼻腔をつく。やっべ、腹鳴った。なるほど、こりゃあギイにも捕まるわ。
「従兄が作ってきてくれたんですけど……私一人で食べるには少し量が多いので」
そう言う声は震え、よく見れば足も震えている。最大限に勇気を振り絞ったのだろう。こいつにしちゃ、上出来だ。
俺とハルは互いに目を見合わせる。先に口を開いたのは、ハルの方だった。
「それはありがたいけど、いいの?」
さっきギイに抵抗してまで守っていた弁当だ。だが、中山は小さく微笑んで「はい」と頷いた。
「お二人にはお世話になってますし……って、作ったのは私じゃないんですけど」
はにかんだように俯いた友香の言葉に、ハルがこちらを振り返った。目が「どうする?」と言っている。
「……もうどうせ、購買行っても何もねえだろうしな」
照れ隠しのように、視線を明後日の方角に流しながら言うと、隣でハルがくすりと笑った。
「ロンもこう言ってるし、ありがたくご相伴させてもらっても、いいかな?」
「――はい」
ほっとしたように小さく息を吐きながら、中山はほんの少しだけ嬉しそうに頷いた。
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