《番外編第21話》『オカエリナサイ』と『また何処かで』

 メルによる葬送そうそうへの幕が上がる。先程まで思う存分暴れていた同一の少女とは思えない位の荘厳そうごんたる、たった一人の舞台である。


 そんな演者の邪魔はさせないとばかりにメルの相棒パートナーであるアスターが飛ぶ様に大地を駆ける。


 アスターが狙っていたのは炎の獅子ジオーネの背中であった。


 リイナをリグレットの肩脇へ運んだのち、この獅子は低空へ降り、その状態ホバリングを維持していた。


「……借りるぞ」

「………ガゥ?」


 アスターの大跳躍、どうにか獅子の背中へ届き、踏み台にしてさらに天へと飛翔ひしょうする。


 踏まれた獅子が驚いて、思わず地が出そう人の声が出そうになるのをどうにかこらえた。


「……竜之牙ザナデルドラ転移の翼メッタサーラ』。悪いが俺が先だ」


 今にもリグレットへ斬って掛かる寸前の処に、シグノの白い翼と自身を引き換えにしたローダが割って入る。


 目前で邪魔をされた格好となったアスターが思わず眉をひそめる。


(……何がやりたい? 手柄てがらの取り合いをしてる場合じゃない筈だ)


 アスターの気分を他所よそに、ローダが先に我が剣竜之牙を振るう。


「……『混沌を斬る刃レッジスラッシャー』」


 魔法すら斬り開く剣がリグレットの顔だった場所のきわギリギリで振り下ろされる。早い話、本体には紙一枚の差で届いていない。


 大体この場にいてとは一体何か?


「こ、これは? 魔法による障壁しょうへき!?」


 ローダの意図いとに気づいたアスター。どうやら此処がリグレットのであるらしい。これだけの混乱を受けながらも、自身を守る最後の砦を張っていたのだ。


 これにいち早く気づいたローダがその障壁を消す露払つゆはらいの役目をかって出たのだ。


 この騎士見習いのに、普段仏頂面ぶっちょうづらの多いアスターも思わずニヤリと笑ってしまった。


(……お膳立ぜんだててとは、やってくれる)


「『残光ざんこう……蒼・月・斬そう・げつ・ざん』!!」


 両手持ちの剣を全力で握り締め、全身で三日月の如きを描き、タメを作った上で振り下ろす。彼自身が残光蒼月斬の刃を成す体現者たいげんしゃと化した。


 ズバッ!!


 一刀両断、二つに割れた肉塊の成れの果て。剣圧を飛ばして相手を裁く斬るこの技であるが、斬ったアスター当人が、その剣圧越しに確かなる手応てごたえを感じた。


 そしてこの最高の結果の立役者は間違いなく、あの生意気になったのお陰だと認めざるを得ない。


「………全てをゆるす導きの光よ!」


 さあ、いよいよアスターが認めし女神メルがリグレにへの道を示すときだ。


 ローダがアイAYAMEリスVer2.1で呼んだほたるの如き緑色の輝きが流れる最中さなか、メルがその中へリグレを葬送そうそうすべく道を切りひらいてゆく。


「私の希望ひかり、そしてかの者が生きた軌跡を呼び覚ませ!」


 ─おっ? おおっ………。


「──『聖なる浄化の光フェアリィィ・シャイーン』!」


 何度か同じことを語るがこれより葬送おくられる者は、リグレという姿をした女性はおろか、リグレット・バルバリアというあらゆる傀儡達を吸収した化け物の姿ですらない。


 メルは泣き虫リグレのことも、リグレットのことさえもまるで知らない。それにも拘わらずこの者の本質サガが何故だか一瞬、垣間かいま見えた気がしたのだ。


 ………その者は明らかに泣いていた。無論、消されることへの悲しみではない。


 これまでの行い人生全てを認め……赦され……最後の最期に自らの存在を容認された喜びからむせび泣く本来泣き虫の姿であった。


 巨大な光の渦となって消えゆくリグレの魂。傀儡の主として、自らも黒い剣士マーダの力で生み出されし傀儡かいらいの存在からようやく解放された。


 メルが創造した天国パラディソへ階段を、本当の歓喜と共に昇ってゆく仮初のリグレの。それを目でなく心でとらえた気がしたメルであった。


「………あ、魂送たまおくりの杖が。………今まで本当にありがとう」


 同時にメルの手の内で音もなく砂の様にくずれ去る魂送りの杖。メルの口から自然とこぼれる感謝の言葉である。


 少女メル傀儡の主リグレ、二人の合作と言って差し支えない、昼間にすら掛かる天の川を、ローダの左脇に寄り添うルシアがジッと見つめた。


「………終わったね。ねえ、聞いても良い?」


「………何だ」


 葬送の光景に見とれながらも、このルシアにはどうしてもに落ちない事柄ことがらがあった。


「あのメルって子に渡した杖よ。貴方が本気で創造すれば、この程度で消えたりしないが造れたんじゃなくて?」


 恐らくその通りであろう………。ローダLoaderの扉で創造する物に、回数制限なんて不出来があるとは思えやしない。むしろ制限を設けたと考えるのが自然である。


 心から愛する妻の感じ方を聞いたローダがおだやかに笑いつつ、美しき金髪の頭を自分の肩へ優しく寄せた。


「また答えの判ることを聞いているな? 思い出は彼女メルの中にさえあればそれで良いんだ。余りにも深い思い入れのある物は、時としてにすらる」


「………そっか、うん、そうだね」


 ローダに頭を撫でられるのを、敢えてそのまま気持ち良さげに受け入れるルシアである。


 確かに夫の言う通りだ。杖なんて当人が欲しければ、同じ物を用意すれば良いだけのこと。あの杖ばかりに頼ってしまえばこだわると他の可能性の芽をんでしまいかねない。


「おぃっ、あんな馬鹿げた奴を倒したんだ。何か他に思う処はねえのかよっ?」


 無粋ぶすいにも後ろからレイが割って入り、ローダの首を決め絞め、ルシアの頭をワシャワシャといじり倒す。


「………アレは俺達の娘ヒビキルシアの妹リイナ………それからあの女神の少女メルがやったことだ」


 わずかに笑みを含んだ声でローダが応じる。


「そ、そういうこと。それにご覧よ。この景色……こんなの見せつけられたら、誰が決めたとか、どうでも良くなったのよ」


 同じく楽し気に応えたルシアであった。「………全く、夫婦そろって欲のねえ無い連中だよ」と置いてきぼり感のレイは独り苦笑いするのであった。


 一方、地上ではメルとアスターが、パルメラ達の元へ走り寄っていた。パルメラは帰りが遅い二人をそもそも出迎えるために此処に来てくれたのだ。


 こういう時に無粋ぶすいな表情しか出来ないアスターと異なり、メルが手を振りながらただいまを全身で表現する。引っ張られる様に仕方なく走るアスターである。


「………アスター! メルちゃん! 二人共おかえり!」


 泣き笑いで両腕を広げ出迎えるパルメラである。はにかんだ笑顔でパルメラに飛び込むメルと、此処に至ってなおも素直になれないのか、プィと目をらすアスターであった。


「………それにしてもよぉ、アイツ等って一体何者なんだ?」


 ガレッツォが横目を流す『アイツ等』とは勿論、ローダ達のことである。確かにリグレットは脅威きょういの化け物ではあったが、もう倒れた。


 その脅威をものともしない彼等がこの場に残っている方が、冷静に考えて余程恐ろしい。ローダという名前の白い翼を持った竜騎士とその一味は、未だ目の届く所に居るのである。


 如何にも傭兵らしい現実的な匙加減さじかげんであると言えよう。今度は此方へ向かってきても何らおかしくはないのだ。


「………なに、気にするな。ただの騎士見習いとその連れだ」


 途轍とてつもない力をまざまざと見せつけられても、と言い張るの決して止めないアスター。


「そ、そうだよ。あの人達のお陰で私達勝てたんだから、悪い人達の訳ないよ」


 メルも慌てて両手を振って彼等を肯定こうていするのだ。加えて炎の戦士と化した友達リイナや、学生服の同い年ヒビキへ想いをせる。


 戦いの幕が下りて、立ち去ろうとするローダ達へ向け、ありったけのを込め、力強く両手を振るメルである。


 ─………ありがとうメル、またいつか絶対会おうねっ!

 ─………この赤ん坊ヒビキ絶対ずぇぇたいだかんねっ!


(………聞こえた!? リイナとヒビキの声!) 


 メルは独り………この間、リイナの言っていた言葉が、心を通じ再び木霊こだましたのを確かに感じ取った。


 ◇


 ───そのおよそ1ヶ月後の出来事である。


 16歳という若さで在りながら、その流麗りゅうれいなる演技で話題をさらう、とある金髪の女優が演技している舞台。


 これを最後部の観覧席で、やたらとさわぎ立てながら観るローダ達同じ面々の姿が在った。周囲の観客が思わずしかめっ面する程の礼儀知らずぶりであったらしい。


「………見てください、あの金髪の人ヒロインすっごく可愛いですよね!」


 正に大興奮、指差しながら大いにはしゃぐリイナである。その膝の上にはいぐるみをよそお白猫ジオーネ。この騒ぎっぷりに内心ハラハラしている。


「そう? 確かに演技は上手だけれどの方が可愛さなら上だと思うわ」


 の興奮ぶりをシレッと受け流しつつ、駄菓子だがし頬張ほおばるルシアである。


「………そ、そうだ! り、リイナの方が、か………可愛いぞ」


 それに便乗し、ぎこちない誉め言葉を告げる彼氏ロイド………。これはまた痛々しい。此処は彼女に完全同意するのが余裕ある男子の振る舞いというものだ。


「………俺には良く判んねぇ。ルシア、その菓子貰うわ」


 完全に白けた顔でルシアが独り占めしている菓子袋へ、なかば強引に手を伸ばすレイであった。


「むぅ………。もしメルが同じものを観ていたら、絶対私と話が合うのに………」


 素晴らしいヒロインにまるで興味を示さぬ仲間に思わず頬を膨らますリイナである。


「………全く、『SEND転送』の試しと思い此処を選んだが、連れて来るべきじゃなかった………」


 貴族の遊戯ゆうぎに精通しているローダが、これにはあきれ顔で後悔するのであった………。


 ローダ『最初の扉を開く青年』&葬送のレクイエム──『亡霊剣士と魂送りの少女』コラボ作品


 ───『蒼氷の瞳に流れる緑色の星屑』 終演 ───


 ………To Be Continued 葬送のレクイエムⅡ──『不死鳥の巫女と殲滅のつるぎ』 presented by "Mizuki"

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