《番外編第20話》葬送の鐘が鳴る

 リグレット・バルバリアが空からバラ強制の種チタジオーネ。生きる命すら我がモノとする黒いカード。


 雨の如く今にも降って来よう………その刹那せつな、不死鳥の少女が奇跡を呼び込む。


「セントモルトの火の力、命を燃やす始祖しその力!」


「………なっ!? り、リイナ? その詠唱はもしや!」


 リイナが天へ向けて言い放つのは、不死鳥フェニックスと同じ火の鳥で在りながら、聖なる炎でない真逆の存在を召喚するものだ。


 これには落ち着き払っていたローダさえも驚愕きょうがくに目を見開く。


「………その力全てを焼き尽くし、やがて終焉しゅうえんは訪れる。さあ、忌まわしき翼を広げ、全てを焼き払うべく舞えッ! 『暗黒の孔雀フェネクス』!!」


 ローダが驚くのも無理はない。不死と化したヴァロウズの鬼女オーグリス、セインがリイナ当人を散々に苦しめたあの黒い火の鳥。


 リイナの頭上に出現した黒炎の渦が鳥の形を成し、さらに天高く空にを羽ばたき旋回を始めた。リグレットよりも巨大な黒い炎の輪が生まれた。


 ─な、何だとォ!? 我のカードを全て焼き払うつもりか!?


 リグレット最後の切り札ジョーカー………。此方へ届く前にその全てが消え失せてゆく。


「………。何ともあわれな存在ね」


 リグレットの絶望の連鎖れんさが終わらない。不意に真っ白な空間に誘われた。目の前に居るのは、学生服を着た金髪の少女。右腰に手を当て、さもあわれんだ目で此方を見ている。


「な、何だ此処は!? 何故私はこの姿に立ち返っている?」


 ………そう、あの巨大な化け物であった筈の姿が失せて、パルメラの護衛をしていた人間の姿。に戻っていた。


「………何故その可愛い姿で自分を終わらせようとしなかったの?」


「………終わらせたかったっ! 出来るものならそうしたかったっ! でもあの娘メル魂送たまおくりを出来る様になってしまった………ウァァァッ!」


 ヒビキの前で泣き伏せ、何も見えない地面を何度も叩いてくやみにくやむリグレ。


「………だからあの子を消して生きながらえようとした?」


 ヒビキの上から視線は決して変わらない。別にリグレへ救いの手を出そうという訳ではないのだ。


「そうっ! そうしなければ消されるのは……」


「………本当にそんなこと望んでいるのかしら? だって貴女自身が所詮しょせん偽りの魂じゃない?」


 リグレへ質問をしたくせに最後まで聞かずたたけるヒビキである。14歳の子供だと思えぬ程の達観たっかんぶり。


 同時にだからこその容赦の無さストレートだと言えなくもない。


「………ゆ、言うなあァァッ!」


 文句を吐きつつ号泣するリグレ。まるで少女が大人の女を打ち負かしている図柄である。


「フゥ………まあ良いけどね。どれだけ貴女が頑張ってみた処での前にはどうにもならない。ほらっ、


 これからどうにも抗えない葬送そうそうの幕が上がるのだ。ヒビキは何も映っていない白い空間の向こう側が、まるで透けている様な視線を送った。


「………不死アンデット。そうですね、誰も好んで死を受け入れたくはないでしょう」


 ─………小娘? 一体何を?


 リグレット、気が付けば現実世界の自分の頭が、全身をほむらに包んだ娘から鷲掴わしづかみにされていたことを知る。


「でも……いつの日か死という人生最後の輝きを受け入れるからこそ生が美しいのです。さあ、そんなにも不死が欲しいのなら存分に受け取りなさいッ!」


 ………ドクンッ


 不死鳥の娘から何か得体の知れないものが流れ込んで来るのを感じ取ったリグレット。彼女は魂送りさえ受けなければ取り合えず既に不死だ。


 だがこの娘の手から流れ込んで来た灼熱しゃくねつ彷彿ほうふつとさせるソレは、余りにも強大過ぎた。命の高鳴り脈拍が激しさを帯びて、自身の支配下に自律神経置けてゆけないが働かない


 ─グッ!? グワァァァァァッ!!


 リグレットのからだが完全にいう事を効かない。中に潜んでいた傀儡達が苦悶くもんの表情を浮かべながら身勝手に動き回る。


 先程ヒビキが送った大声の後よりも酷い有様。まるで収集が付かない、うごめく巨大なただの肉塊。


 ─か、身体がぁぁぁ!! 燃え尽きてしまうッ!!


「なら丁度良い、私が冷やしてあげるよ。水と風の精霊よ、我が剣とりて敵を滅ぼせぇぇっ!」


 リグレットの首後ろ………最早、判別すら怪しい背中に右手を突き出したルシアが入る。何も握ってなかった筈なのに白い氷の剣が生まれた。


「………あのルシアが剣?」


 ローダが驚くのも無理はない。これまでのルシアの武器はこぶし………。ではなくまさかの。それも普段得意としている炎の精霊術でなく、水と風の合わせ技。


 氷の刃を生み出すべく材料になる水と風=大気に端を発する精霊に呼び掛けたといった処か。


「ローダのフォロー堕天使化がなくても、私だけでやれるんだって見せなきゃねぇッ!」


 誰しもが初見であるルシアの剣による突き。氷結した刃がリグレットをつらぬ迷いのない真っ直ぐな白い軌跡きせきが実に映える。


 ─グハッ!?


 やられた方はたまったものではない。白く輝く美しき剣へ、大量の血飛沫ちしぶきを浴びせてしまう。しかしそれすらも氷の結晶と共に瞬時に凍りついた。


「もう、ソイツで充分だと思うが全然ぜんっぜん暴れたんねえなッ!」


 ズダダダッ!

 ズダダダッ!


 レイが最も愛する自動小銃コルトガバメント。二丁拳銃の引き金を、次元転移でなくじかに引く。


 リグレットの真下で腕を十字クロスさせながら、腹とも脚とも判らぬ場所へ弾倉だんそうが空になるまで撃ちきった。


「フゥ………やっぱ此奴等の引き金は自分の指で引くのが馴染なじむぜ………」


 から昇る煙を煙草でも吸うかの様に、フッと吹きつけえつひたるレイである。


「だあああ!」


 一発当ててやり方のコツを得たのか地上で脚を蹴り出し、硬質化した足枷あしかせを飛ばすメル。もう何処でも良いから当たれば勝ちだ。


「………此奴もだっ!」


 もう勝敗が決した事くらい、この少年ロイドだって充分過ぎる程に判っている。だけど若い血潮ちしお理屈りくつじゃないとばかりにからだを勝手に動かすのだ。


 黒いハンマーメイスを二本とも、惜しげもなく投げ込んだ。これ以外に自分の攻撃を当てるすべがない。


 メルが飛ばした足枷の影、ロイドが投げ入れた2つのメイス。その何れもがリグレットを的としてきちんととらえた。


 ただこれ程までに無秩序だと効果の程はさだかでない。


「クッ! もう俺の手持ちの武器じゃ届かねえな!」

「うちも、もう弾切れや! ………ま、まあ、もう勝負は見えとるしな」


 幅広の剣ブロードソードではどうにもならんと、自らのジャケットに手探りを入れるガレッツォだが投げナイフの一つして見つからない。


 パルメラが扱うスリングショットの方も残弾ゼロだ。連れて来た護衛達の矢も同然であった。


 あれだけ見事に暴れてみせたこの二人だが、攻撃手段がないと知るや、もう終いだなと急に落ち着き払って大人ぶる。


 そんな二人を尻目にアスターだけが走り込んでゆく。


「メル、葬送おくる時間だ。俺が時間をかせぐからその間に決めてくれ」


「う、うん! 判った!」


 すれ違いざまに声を掛けてゆくアスター。対するメルも魂送りの杖を握って力強くうなずき返す。


「………い、いや時間を稼ぐったってアイツどうするつもりだ?」


 そうガレッツォが心配するのも無理からぬこと。もう敵は手が届かないし、そもそも剣一本でどうとなるものとは思えやしない。


 だが偶然とはいえ、丁度良い踏み台が降りていたのだ。


 シャラン………シャラン………。


 メルの足枷が楽器となって祝福のかねを鳴らす。もう生き物としての種別ジャンルを超越したリグレット相手に笑顔さえ向けた。


 そんな最中、も最後の一振りを狙っていた。

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