《番外編第19話》ヒビキ・ロットレンの本気

 ───ヒビキ・ロットレン。


 サイガン・ロットレンへ養子婿入ようしむこいりしたローダと、サイガンが扉の創造の力で生み出した人の形をしていながら人を超越した存在であるルシアとの間に生まれた娘。


 本来であれば未だ1歳児である彼女。何故14歳の面影シルエットを持ち得て現れたり出来るのか?


 ───そしてヒビキが叫んだだけで、リグレット・バルバリアの中に潜みし魂を抱く傀儡共の意識を混乱させるに至ったのか?


 まず最初に………というよりこれが最大の理由なのだが、最初に扉の力を開いた父の血筋能力を継いでいること。


 能力者の創造を具現化出来る扉の力。ヒビキの場合、生まれた直後どころか、胎児である頃から既にその能力を父ローダへ分け与え、その力を底上げしていた。


 ………ヒビキ。漢字で書くと響。以前も似た様なことを語ったが、彼女は自分の意志を周りの人間達へことを、まるで息をするかの如く当たり前に出来る。


 以前祖父サイガンが語った『この子、自らの考えを隠すことに難儀なんぎするやも知れぬ………』これが一番的を得ている。


 寄って彼女が度々見せるその姿も、自身が今一番気に入ってるマイブームな14歳女学生という次第だ。


 回り道をしたが本題に入ろう。相手の意識を混濁こんだくさせる力。こんなこと、このヒビキに取っては、当たり前過ぎるものだ。


 良く考えてみて欲しい。突如とつじょ見知らぬ何者かの気持ちが、自分の中へと不法侵入したおりの気持ち悪さを。


 ヒビキ・ロットレンはこれを傀儡達へ使ったに過ぎぬ………と語ればこの力の根源が伝わったであろうか。


 さらにべるとローダは、ルイス、マーダと雌雄しゆうを決する際にいて、真っ白な意識空間を生成し、剣を交える位の極僅ごくわずかな時間の中で、相手を説得するという離れ業をやってのけた。


 しかも150年前、暗黒神と呼称されたヴァイロのみならず、その戦闘で散っていた命とすら纏めて会話するという人間の脳で出来るとは到底思えないことすら成し得た。


 無論、これをやってのけたのは、ローダ自身である訳だが、これを後押し出来たヒビキ………。他人の意識とへだたりを持たぬ開け放たれた閉じられない扉。


 人の世に生きる彼女に取って、これは大層困った能力………というより決定的な欠点と言っても過言ではなかろう。


 ただ逆転的なことを言えば、ヒビキ・ロットレンは1歳にして、本音で他人と渡り合える語り打ち負かすと言えなくもない。


 寄って相手の気分を乱す行為………これは彼女の本気ですらないのだ。もしこれを将来自分の力で調整セルフコントロール出来るとしたら、間違いなく父を超える存在になることであろう。


 ◇


 ───さて話を本題に戻そう。


 ヒビキの声でまどわされた傀儡達が、続々と致命打を受けてゆく。リグレットは自身を守る盾を失っている最中だ。


「………『爆炎を纏いロッソ・フィアンマし爪…クロウ』ォォッ!!」


 リイナが炎の獅子に騎乗しつつ、大胆にもリグレットの首を獅子の爪ジオーネき切ろうと迫りゆく。


 ─ガキがいっちょ前にめてんじゃねえぞォォッ!!


 これは流石に直接的過ぎた。リグレットの首を見知らぬ翼が現れおおい隠す。どうやらただの人間に化けた鳥人間ハーピーが、その翼をさらし、盾として行使したようだ。


 炎の獅子が襲い掛かったのはリグレットの左側面。気が付けば乗っていた筈の炎をまといし司祭風の少女リイナが行方をくらましていた。


 ズバーーーンッ!!


 遂にリグレット当人のほおが弾かれて、その顔が大いにゆがむ。炎の獅子をおとりにしたリイナが真逆の右側の肩に立って、最短最速の拳右ジャブをまんまと叩き込んだ次第だ。


 ─おのれッ! よくもッ! ………グハッ!?


「………あ、


 蹴り込んだ当人メルが一番驚いた一撃。ついさっきまで、まるで明後日の方へ飛んでいた土の精霊の助力を得た足枷あしかせのシルエット。


 これが悔しがっている最中であったリグレットの脇腹へ、偶然にもぶち当たった。


 反撃に転じようとしたリグレット。またもや不意を突かれた格好となる。防御を忘れた脇腹へダイヤモンドのように硬質化した攻撃が飛び込んだのは、余りに手痛い。


 偶然の重なりとはいえ、リイナのパンチに続く屈辱感満載の強烈なる連撃コンボ


 しばしの間、吐血しながら、うずくまってしまうリグレットであった。


「ソラソラ! 今ならうちらでもれるでぇ! 射て射てぇ!!」


 パルメラの護衛達がそれぞれその手に弓矢を持って、雨霰あめあられを浴びせ掛ける。確かに今ならば、混乱している傀儡達を貫いて、敵本体にすらダメージを通せるであろう。


「………これはもう終わったも同然かなあ」


 拍子ひょうし抜けした感じで自分の肩をほぐしながらルシアが告げる。彼女が言うまでもなく、それが此方側の見解であった。


 ───………た、ただの人間如きが調子に乗りやがってぇぇぇッ!!


 バアァァッと黒いカードが大量にバラかれる。魔導士等が用いる呪符じゅふとは異なる。リグレット逆転の狼煙のろしにしてはいささか重みが無さ過ぎに皆が思えた。


 だが相手の気分を読むことにけたローダと、人ならざる者達との歴戦を、これまで潜り抜けてきたアスターが不穏ふおんなものをそれらに感じ、同時で眉間みけん皺寄しわよせする。


「い、いかんッ! 敵はまだ終わっちゃいないッ!」

「………そのカードに触るなっ!」


 二人の悲痛とも取れる警告が仲間全員へ伝達される。指示が抽象的なローダに比べ、アスターの内容はより具体性を帯びていた。だがいずれの警告も僅差きんさで手遅れとなる。


 もっと自分の放つ矢で相手に深手を負わせようと不用意に近寄った護衛の一人に、黒いカードが当たってしまう。


 ………それだけではない。


 彼等が騎乗してきた馬達にもそれが刺さってしまったのである。


 カードの犠牲者になるかと思えた連中だが、これといって悲鳴を上げる訳でも無ければ、血を流したりすることさえない。


 けれども瞬時にその目が白目を失い、真っ赤に染まると一斉にリグレットの巨大なからだに飛び込んでゆくではないか。


 ─アーハッハッハッ! 迂闊な馬鹿共め! 我が力、チタジオーネ死者召喚は死者を傀儡にするのみにあらずッ! 


「………な、何だと!?」


 まだ、まだ続きがあると言うのか? そんな思いのアスター。驚きの度合いがさらに増す。


 ─その黒きカードに触りし者は、人畜無関係で我の可愛らしい傀儡と化すのだ………。そしてこのカードは永久に降り続ける。何しろ死した魂共を元に作る精製だからなあァァッ!


 リグレットへ飛び込んだ連中が、次々と血肉と化す。馬達をかてにしたことで四本の強靭きょうじんな脚を生やした。加えて相手の言った通り、恐怖のカードが次から次へと降って来た。


「……くそっ! あんなものが後ろの町まで降ったら、あっちは際限なく力を増すぞ」


 これには熟練度豊富なアスターですら、驚きを超えて恐怖を覚えた。


「………問題ない、アスター・バルドワルド」


 隣に降りたローダが異様な程、落ち着いている。相変わらず目は合わせずに、淡々たんたんと口にする。


「何故だ? どうしてそこまで落ち着いていられる?」


 この騎士見習い、気でも触れたかと感じたがそういう訳でもなさそうだ。


 アスターへの返答をする前に、ローダが我が娘ヒビキ、不死鳥を我がものにしたリイナ………。


 ………そして最後にその質問者である蒼氷の目アスターが信じる女神メルと流し目を送った。


「簡単な答えだ。全てに有無を言わせん俺の娘ヒビキ、不死すら超越した存在と化した若き司祭リイナ………そして」


 再びローダが視線を送るその先にいる者。自然と釣られアスターもその先を追う。


「………そしてどんなにけがれきった魂ですら祝福を与え、天へとかえ女神メルが俺達の味方だ。実はこんなの戦いにすらならない」


 まるでこれまでの激しい争いが茶番………とでも言いたげなローダである。その口元が楽し気にゆるんでいた。

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