《番外編第18話》もう………メチャクチャだよ

 ルシアが炎の精霊を付与エンチャントした拳で殴打おうだしても、相手に防がれてしまった。


 単純な防御力だけを考えるとあの屍術師ネクロマンサー、ノーウェンすら超えていよう。彼の場合、不死と凄まじき再生能力の融合であったのでしぶとさのベクトルが異なる。


 これからの組み立て戦略を少し考慮こうりょしているローダ組を尻目しりめ一気呵成いっきかせいで打って出たパルメラ達三人。


 亡者狩りのエキスパートであるアスターならまだ判るが、まさかの非戦闘員パルメラが口火を切るとは恐れ入る。


 敵、リグレットは大人一人分程宙に浮いてる。空を飛べないアスター組。攻撃を届かせるだけでも一苦労なのだ。


 一見適当に散らしてるかに見えるパルメラのスリングショットによる攻撃。


 それをウザったく感じたのか、はえを払う様にリグレットが左手を振り下ろしてきた。


(クッ! 何てこった! アイツ雇い主の言う通りになったじゃねえか!)


 ええいっ、ままよ! 最早どうにでもなりやがれと言わんばかりの態度で、スキンヘッドガレッツオが飛びかかった。


 勿論その振り下ろしてきた手に合わせてである。カウンター…………? そんな格好良いものじゃない。このままでは、ガレッツオ自身がその蝿と化す未来しか見えない。


「グォォ!!」


 パルメラの護衛から借りた盾を全面に押し出して、そのハエ叩きをまともに受ける。盾越しにも伝わる圧力に思わず叫ぶ。


(……今や!)


 此処でパルメラがその手蠅叩きに向けて、またも弾丸を打ち出した。


 蝿と化したガレッツオにトドメを刺そうと出現した騎士の傀儡くぐつにそれが当たる。


 バシュッ! バシュッ!


 黄色い煙硫黄硝子ガラスの破片、ガレッツオすら巻き込んで宙に舞い散る。


「クッソ、たまんねえなァ、このにおい! 臭過ぎてゲロ出そうだぜ!」


 堪らず文句を言うガレッツオ。だが騎士の傀儡とて、これには同様にひるんだ。


 まさか味方ごと撃ってしまうとは、想定外であっただろう。


 辛抱しんぼう堪らず落下するしか能のないガレッツオと、入れ替わりで出現した金髪の剣士。


 お情け程度に口と鼻を白い布切れでおおい対策していた。もし同じことをガレッツオまでしていたなら、敵も身構えたかも知れない。


 加えて身体の大きなガレッツオの影に隠れるという御丁寧ごていねいぶりもこうそうした。


「……フンッ!」


 両手持ち、全力で突いたアスターのバスタードソードが、手に出現した傀儡の首を寸分なくつらぬき落とす。


 ―おのれ小賢こざかしい真似をッ!


「どやっ!」


「……これでようやく一人分か」


 怒りに打ち震えた声を出すリグレット。一方、してやったりのパルメラが、此処ぞとばかりのガッツポーズで勝ち誇る。


 アスターは「ようやく……」と言ってる割に、これで道を作れた活路を開拓したと誇り顔で相手に流し目を送った。


「あっ………」

「成程、アレで良かったのか」


 ルシアとローダが呆気あっけに取られた。要はい出てきた直後、傀儡の意識に仕事をさせなければ良いだけの話。


 そしてローダ達は教えられた。勝ちにおごる余り、自分等が如何にゴリ押しでゆけると思い込んでいた事実を。


「どうや! うちはなあ、戦闘に参加したことなんか確かにないわ。せやけど、いつも後ろから見ながら、どうすりゃええんか、ずっと考えとったんやでぇ!」


 もう、このパルメラ……。自分の身内のみならず、余所者ローダ達にすら聴こえる声で講釈こうしゃくれる。


「それにチェスとか大好きなんや。見てみい、あのアホんだら! やたら強いだけの丸裸の王様キングやなんて、自ら詰み負けいった振ったも同然や!」


 鼻息が荒い、きっと盤上ばんじょうのみならず、本業をしてる時でさえ、こんな遊びを妄想の中でき立てていたに違いない。


「成程成程………ならこの、ヒビキ・ロットレンの出番だよねっ!」


 不意に響き渡る甲高い声。気が付けばルシアの背中に居た筈の赤ん坊が消えていた。


「………こ、この声! 間違いない!」


「だ、誰やあの子?一体どっから出てきたん?」


 アスター組の中で、メルだけがその存在を知っている。あとはパルメラに限らず、驚愕きょうがくのどよめきを上げるしかない。


 ―な、まだ仲間が居たのかっ!?


 そう……リグレットの驚きのままに、『まだ仲間が居た』のである。


 しかし想像の範疇はんちゅうを大幅に超えていよう。何故なら母が背負せおっていた子供なぞ、数に入れる道理がない。


 14歳程の金髪で眼鏡、如何にも学生といった出で立ち。と自身を呼称してるがまぎれもなくそれは少女であった。


「ラァァァァァァァッ!!!」


 地面に仁王立ちで、腹から巨大な声を出すヒビキ。その名前に捻りがないと言われそうなほど響き渡る。


「馬鹿ッ! いきなりやるなッ!」


「うぉっ!?」

「み、耳があァァァッ!」


 耳をふさぐという準備行動さえ与えられず、一方的に巻き添えを食ったレイが文句を告げる。ガレッツオや他の連中からも悲鳴が上がった。


 ―な、何だってんだッ、この餓鬼ガキィッ! 直接我の中に飛び込んで来るッ!?


 リグレットの中にひそんでいた傀儡達。宿主の指示無しで、勝手にうごめき至る所で浮かんできた。


 それらが全身へ及んでいるので、不気味さの頂点を極めた怪異かいいがいずる。


「オラオラオラオラオラオラッ!!」


 耳の痛みなんぞ構ってらんねえとばかりに、レイが可愛い相棒銃器達を次元転移で無数に繰り出し、慌てふためく連中の眉間みけんという眉間を撃ち抜いてゆく。


 先程、ローダの剣を弾き返し、ルシアの拳すらも防いで見せた輩と同じとは思えぬ程のもろさである。


「あ、そこの可愛い女神様メルには、を上げるよ!」


「え…………わ、わ!?」


 ルシアが悪戯いたずらじみた表情でメルに上げた。メルの足枷あしかせを取り巻いたのは土の精霊達ディアマンテだ。


 ディアマンテ………かつてルシアの拳をダイヤの如き強固なものに変え、その余りの硬さ故に、使ったルシア自身が腕の骨を折るという失態しったいを犯した。


 その後、漆黒しっこくの軍艦『ネロ・カルビノン』での戦いにいて、その強固な拳の影だけを飛ばすというアレンジで復活させた。


「さあ、メルちゃん………だったよね? 靴飛ばしをする感じでそのまま足を蹴り出してごらん!」


「く、靴飛ばし………こ、こうかなァ!?」


 ブンブンッ!


 ルシアに言われたことを一応意識しつつ、メルが利き足を振り抜いてみる。確かに履いてる靴がすっぽ抜けた感じで足枷の影だけが飛んで行った。


「うわぁぁっ!?」


「あちゃァァ~…………流石に狙いが定まんないかあ…………」


 だが残念なことに鋼より強固と化した足枷の先に居たのはロイドであった。どうにか避けて事無きを得る。


「こうかな? 違う………? こうだ!」


「うわぁぁ!? やめやめっ!! もう、滅茶苦茶メチャクチャだよ………」


 せっかく貰った力である。どうにかならないかと、その危険な香りただ幾度いくども試すメルである。


 その度にロイドの頭上に爆弾が降り注ぎ悲鳴を上げつつ逃げる羽目におちいった。


っ! 無鉄砲にやっては駄目、身体の力はあくまで抜いてやるんだよ!」


 リイナが再び焔の獅子ジオーネの背中に乗って空へと舞い昇ろうとする。肉体強化を果たしたリイナだ。このまま黙っている訳がない。


「り、!? 何処へゆくのぉぉ!?」


 火の粉を巻き散らしながら舞い上がる友達に向けてメルが叫ぶ。メルの立場にしてみれば、置いてきぼり感のさみしさがある。


 けれどリイナは、それすらも知り抜いた上で敢えて置き去りにすると決めた。これから自分は、あの強大な敵と直にやり合う。


 そこへメルを付き合わせようとは幾ら何でも踏ん切りが付かない。万が一………何てことがあるかも知れないからだ。


 しかもそんなことを判った上でのことなのか? リイナの大好きなルシアお姉さまが、敵に近づかなくても攻撃が出来る超が付く強力な飛び道具を与えたのだから。

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