《番外編第13話》天使の咆哮と女神の決意

 残光蒼月斬ざんこうそうげつざん…………アスター・バルトワルドが飛ばした剣圧が傀儡くぐつ共を瞬時に斬り裂く。その全てが致命の一打。


 首をねる、胴と腰を泣き別れにする、脳天から真っ二つにされたやからすら存在した。その数およそ20。


(………こ、これは。私はこの方の力量を過小評価し過ぎていた)


 その一部始終を目に焼き付けたリイナ。自分達ローダ側の陣営は、少々剣の腕が立つとか、上級の銃使いだとか、そこいらに居る強者つわものと比較出来ない高みにある。


 正直そう思い込んでいたふしがあったので、ついその物差しで、これから仮初一時的の仲間となる者の力を想像していた。これには心底申し訳ないと思った。


 バシュッ! バシュッ!


 アスターとメルの後方から何かが飛んできて、傀儡達の目に当たる。地面の色とは明らかに異なる黄色い土煙が舞い、彼等の視界をうばってゆく。加えて劣悪れつあくな悪臭までもが鼻をいた。


「アスター、メルちゃぁぁん! 大丈夫やったかあ!?」


 さらに二人を呼び掛ける大きな声。明らかに女性なのだが、そのイントネーションに鹿児島弁のガロウ程ではないのだが、少々特異なものを感じる。


「………パルメラ!? どうして此処に?」


「どうしたもこうしてもあるかい! 余りに帰りが遅いから、手近てぢかな連中引き連れて、迎えに来たんや。ところであの奇妙けったいなの一体なんや!?」


 馬を降りて肩で息をしつつパルメラと呼ばれた褐色の肌をさらした女。その「アレ」をうかがい息を飲みこむ。その手に変わり種の武器らしきものを握っている。


 どうやらその武器で狙いを定めるべく、馬から飛び降りるという派手な動きをしたようだ。


「ぱ、パルメラさん……それパチンコ……」


「メルちゃん、アホ言っちゃアカンで。これはなっていう立派な武器や。ほれ、こないしてな………」


 直径1cm程の枝分かれした木片に、厚みのあるゴムを縛り付けてあるだけの物をパルメラがやたらと仰々ぎょうぎょうしく説明し始める。


 それはリイナの目から見てもメルと同様、子供の玩具おもちゃパチンコなのだが、スリングショットという何とも御大層ごたいそうな名前も勿論知識の引き出しには存在する。


 スリングショット………ゴムを引っ張り、小石などを打ち出すだけの、使いようによってはただの玩具だ。


 だが別名ゴム銃などとされ、弾き出す物によってはそれなりの名前に違わぬ威力を誇る。特に巨大なものはカタパルトと呼称され、攻城兵器にすら成り得るものだ。


 けれど腕力が無く、大した弾を打ち出せないパルメラである。


 そんな彼女が傀儡の目に狙いを定めて打ち込んでるのは、細かく砕いたガラス粉と硫黄を混ぜて詰めた小袋だ。


 バシュッ! 


 こんなものが柔い目に飛び込んだら、かなり痛いだろうし、しかも硫黄の強烈な悪臭で我を失うに決まっている。


 亡者よりも人間の意識を残した連中なので、実に効果的な攻撃手段嫌がらせだ。


 それから「手近な連中……」と言った通り、パルメラ一人だけではないようだ。


 スキンヘッドで幅広の大剣ブロードソードを腰に差す屈強くっきょうな男や、他にも6人程の如何にもな連中が、我先とばかりに馬へむち打ち、荒野を駆けて暴れ来る。


 以前救ったパルメラの護衛の仲間も混ざっているようだ。


 パルメラの次に戦場へ辿り着いたスキンヘッドの男が特にしている。全身傷だらけだが、これぞ傭兵の勲章と言わんばかりに堂々としていた。


 だけど決して向こう見ずという訳でもなさそうだ。アスターの有効射程から辛うじて外れた傀儡に迫り、そのブロードソードを抜いて一閃いっせんの元に叩き伏せる。


(あの人も中々の手練てだれ。浮き足った相手だけを狙いまして撃ち漏らさない、如何にも仕事人プロって感じ)


「ガレッツォじゃないか!? お前まで何故此処に?」


「よお、相変わらず鉄砲玉してんのか? 何故ってそりゃあお前。『酒代だ』ってされた日にゃ俺は傭兵。その一杯のために剣を振るしかねえだろうが」


 アスターへそう告げると親指を上げ、ニヤリと笑うガレッツォであった。


(………もぅ、負けてらんないっ!)


「メルちゃん乗ってっ! 私達もやるよっ! 皆であの連中を挟み撃ちにしてから、一気に魂送たまおりで葬送おくるのよっ!」


 もうジッとなどしていられない。リイナが炎の獅子と化したジオーネの背中に飛び乗り、メルのことを誘い、その手を伸ばす。


「り、リイナちゃん!? の、乗るってに!? ………そ、それに私、魂送りの杖を無くしちゃったから………」


 メルがとても申し訳なさげに答える。確かにその手に握っていた筈の特徴的な杖が失われていた。


「………その杖とやらはコレか?」


 実に重苦しい雰囲気のメルと真逆な感じで、ローダが気楽にその杖らしき物をメルへと放る。


「え、ええ! な、何で?」


 メルの手元へ磁石でも付いているかのように飛び込んで来た魂送りの杖。それも間違いなく自分の物だと確信する。


「俺には物を再生実は創造出来る能力がある。ただ申し訳ないがあくまで再生………。その物に込められたまでは戻って来ない。恐らく何度か使えばくずれてしまう」


「……………」


 何やら気になる含みを持たせたローダの物言い。メルは手元へ帰って来た杖に、想いを寄せつつしばらく見つめた。


「わ、判りました! これなら多分大丈夫!」


「………見せて貰おう、新しき防国ぼうこく双璧そうへきの力を」


 メルの瞳から迷いが消え失せ、リイナの手をガシリッと握る。その手に引き寄せられ、馬上ならぬ獅子上の者と化した。


 それを見終えたローダ。次はメルでなくアスターの蒼氷冷静な瞳へ少々、挑発的な視線を送った。


「ビータ・ポテンザ、戦之女神エディウスよっ! 我に応えよ、この私の命の力、魂のらぎをこの者らにささげよ! 『魂の焔アニマザマ』!」


 己が信ずる神へ捧げし奇跡の祈り。成長したリイナの詠唱は、荘厳さに満ち溢れ、そのたぎる魂の炎がアスター、メル、パルメラやガレッツォにさえ飛び火する。


「こ、これは?」

「なんやこのたかぶり! もう何でも来たれって感じやわ!」


 アスターが己の拳に宿った確かな力を感じ、普段好戦的ではないパルメラさえもが自身の中から燃え上がりしものに興奮を覚えた。


くよっ! ジオッ!」

「ガオォォォォンッ!!」


 リイナとメル………守るべき主人と新しき女神を乗せて、雄叫びを上げながら炎の獅子が真っ赤に燃える翼をはためかせた。


 く……の言霊に込めた人形傀儡など全て捻じ伏せるというリイナの熱き決意血潮


 その気高けだかくも恐ろしき様子を見たガレッツォが思わず武者震むしゃぶるいした。


 炎の獅子は一度天高く舞い上がると炎を照らし紅色に輝く爪を出し、その獰猛どうもうたる手を振り上げて巨人族の傀儡へ向かい、天罰が如く振り下ろす。


「『爆炎を纏いロッソ…フィアンマし爪…クロウ』ォォッ!!」


 ズドォォォーンッ!!


 やられた巨人は脳天から足先まで完膚かんぷなきまでに切り裂かれた、すさまじき爆音と共に。


「な、何だあのデタラメな強さは!? あんなもん葬送おくるも何も、消滅しちまったんじゃねえのか?」


 これまで数々の歴戦を潜り抜けたガレッツォ。


 30代後半の彼ですら、これまでお目に掛かったことのないその壮絶そうぜつたる力に、開いた口がふさがらなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る