《番外編第14話》 例外なく戦え!

 戦之女神エディウスの司祭リイナと、足枷奴隷を捨て魂送りが使える亡者送りが出来る少女メルを背中に乗せた炎の獅子ジオーネの化身が、前脚の一振りだけで傀儡くぐつの巨人を文字通りした。


「な、何だあの無茶苦茶な奴は………」


 いつにも増してまゆひそめるアスター。戦うことを本業としているガレッツオとて目を見張る。


 元々戦闘を生業なりわいにしてないパルメラ、メル辺りに至っては、最早驚きを表現出来る言葉すら持ち得ない。


 味方ですら恐れる圧倒感………余りにも強さが過ぎる。亡者だろうが屈強くっきょうたる傀儡だろうが、いく雁首がんくび揃えた処で意味がないと思える地元陣営アスター達


 増してや傀儡達の背後から子持ちの女武術家ルシアと、彼等が見るのは初めてあろう電磁ライフル使いレールガンのレイ


 一見非力な馬上の少年ロイドに思えた者ですら、物怖ものおじ処かたくみに立ち回っている。


 そして炎の獅子を従えた少女リイナとて、絶対的何かを秘めているに違いない。さらに此奴等を操ると豪語する白い翼を背中にたたえたこの男ローダ


 どうしようもなく途方ない連中………此奴等本当に味方で良いのか?


 何ならこの傀儡共を倒した後、自分達に降り掛かる火の粉次の敵ではないのかと邪推じゃすいしてしまう程だ。


 轟音ごうおんを引き連れ地面に降り立った獅子が傀儡共の中心で、猫のようにじゃれ合いを始める。ライオンと言えば一応ネコ科の動物だ。


 けれどもそんな常識を吹き飛ばす程に相手達を蹂躙じゅうりんする。正直全く可愛げのないである。


「………め、メルッ!」

「メルちゃん、後ろっ! 力を抜いて利き足を突き出してぇ!」


 だが宙ではなく地面にいる訳で、多勢の傀儡とて手が届く存在となった。メルの背後から棍棒を振り上げ襲い来る戦士風の相手に気づき、アスターが絶叫する。


 同じくリイナとてソレを察知、加えてメルに力のこもった声で指示ゲキを飛ばす。


「え………ウワァァ!?」


 慌てて身体毎振り向くメル。相手は獅子の背という背丈せたけのハンデを埋めるべく跳び込んでいる。


 リイナの指示を遵守じゅんしゅしている余裕など在りはしない。

 これはただの偶然、ブンッと勢い良く振り返ったものだから宙ぶらりんであった右脚が、足枷ウエイトと共に投げ出された。


 バキッ!


 しかし偶然にしては出来が良過ぎやしないか。結果振り抜かれたメルの右脚が、迫り来る敵の腰の辺りを打ち砕く。足枷黒鉄の重みがこうそうした。


「な!」

「えぇ!?」


 その結果に驚きが隠せないアスター。自身のに目を丸くするメル。だがリイナの方はさも当然と少し微笑む誇る


(………そんなを普段から付けているんだから当然当然。後はその脚力を活かすだけ)


「メルちゃん! 足場の良い地面に降りて戦うよっ! 背中は私が絶対に守るから大丈夫、蹴り出す時と戻す時さえ力を入れて、後は自然に任せればうまくやれるよっ!」


「う、うん!」


 この戦場で最も乱戦を極める場所へ、一見か弱き二人の少女が降り立ち互いの背中を預けてゆく。


 リイナの実力を知る者なら安心して見ていられる光景だが、1ヶ月以上付き合いのあるアスターにして見れば絶対に在り得ない愚行ぐこうに映る。


(戦う? あのメルが!?)


 しかしそんなパートナーの心配を他所よそに、己が女神メルかつてない驚きをまざまざと見せつける。


 手練れ風の相手こそリイナが機転を利かせて取って代わる。


 けれど肉体的にも精神面にいてもメルを縛っていた筈を足枷を武器に転嫁てんかし、堂々と渡り合っている。


「そうっ、良い調子だよっ! 出来れば地面を踏み込む軸となる足に力を入れるのも意識して!」

「うん!」


 実に意気溌溂いきはつらつと戦場で演舞えんぶする二人の少女。まるで手慣れた相棒バディのようだ。


「………むしろ俺がメルのだったのか……?」


「それは考え過ぎだバルトワルド。それより此方に迫る敵を足止めするのが今の俺とお前の役目だ」


 アスターの脳裏に飛躍ひやくし過ぎた想いがぎる。それを聞きつけた舌足らずローダが、ボソリと否定し、目前の敵へと注意をうながす。


「………炎の精霊達よ、あの者等の得物にたぎる力を与えよ!」


 此処で中低音のいさましいルシアの声が戦場へ響き渡る。


「うおっ!?」

「な、なんやコレぇ!」


 ガレッツォの幅広の大剣ブロードソード、パルメラが握るスリングショットが火に包まれて思わずひるみそうになった。


 それは言うまでもなく、アスターの両手持ちの剣バスタードソードとメルの足枷にもした。


「お前の嫁は武術家じゃなかったのか……?」


「………武術を精霊術でさらに昇華しょうかさせるのが彼女だ。しかも出会った時から何ら変わりはしない。さっき炎の蹴りをお前も見た筈だ」


 愕然がくぜんとしながら質問するアスターに対し、もう諦め顔のローダが応じる。今さら目立ち過ぎだと言った処で後の祭りだ。


「なんやなんやコレェ! めっちゃイカしとるやないかい!」


「同感! たぎる魂に燃え盛る俺様の剣! これ程スカッとするいくさは知らねえ!」


 パルメラはスリングショットで放つ弾を石ころや鉄球に換え、矢継ぎ早やつぎばやに撃ち込んでゆく。飛んで往く弾の方とて燃え上がっていた。


 ガレッツォも燃える剣を両手で振るい、次々と相手を掃討そうとうしてゆく。如何にも正統たる騎士といった風情ふぜいやからすら、相手にもならないという手応えを抱いた。


 付け焼き刃である筈のメルの足技とて、赤く燃える足枷との相乗効果でさらに際立きわだつ。枷が武器へと革新かくしんたる進化をげた。


(………ハッ!?)


 心地良く友達と二人で敵を殲滅せんめつしていたリイナであったが、視界の端に自分達の手足では及ばない所で魔導士らしきフードを被った女が何かをくわだてているのが映る。


(手に持っているのは……ひょっとして符術ふじゅつたぐい!?)


 自分の迂闊うかつさを呪うリイナ。間違いなく詠唱なしの魔術が此方に飛んでくる。それも自分よりも力の弱そうなメルを狙って。


 ヴァロウズNo9の黒き竜『ノヴァン』とやり合った際、自分のおごりがまねいた危機ピンチを思い出し歯軋はぎしりする。


 思ったそばから符が宙を舞い、いかづちらしきものがほとばしる。


 リイナはせめて身をていしてでも、メルの避雷針ひらいしんになろうと決めた。


 そんな刹那せつな、不意に投げ込まれた見覚えのある1本のナイフ。続けざまに馬上の男が割って入り、魔導士の女をハンマーメイスで打ち伏せた。


 符術から生じた雷は、先に投げ込んだナイフに落雷し、事無きを得た。


「………頭も、そして身体すら切れるのに、そういうとこは直らないのな」


「ロイドっ! い、言われなくても判ってるよ! ………でも、ありがと」


 未だれ違い中の連れ合い恋人同士。互いの声がはずんでないのがその証拠だ。


 だけども頼り甲斐がいに溢れた救い援軍には、むくれながらも歯切れの悪い礼を告げるリイナである。


 新しい友達の朱に染まったほおと、この二人のやり取りを見たメルは、血生臭い戦場に於いて不器用な温かみを感じ少しだけ顔をほころばせた。


 だが気を抜くにはちょっと早計、気が付けば三人の頭上に翼を生やした女が二人、普通の手であったものが猛禽類もうきんるいの鋭き爪に変化している。


 ただの人間の女にふんした鳥人間ハーピーが手ぐすねを引いて、すきうかがっていたのである。


「くッ! させるかよォ!」


 お次はリイナに警告を促したロイドが身体を張る番だと覚悟する。られると感じ、咄嗟とっさに目を閉じてしまった。


 ズダダダッ! ズダダッ!


 うなる銃声と硝煙しょうえんの香りがただよう。頭をはちの巣にされた鳥人間ハーピー達が、力を失い地面に落ちた。


「おぃッ、っ! それからっ! 戦場ではさむと死んじまうぞッ!」


 二丁拳銃コルトガバメントに持ち替えたレイの手厳しい指摘。しかしのことも、ちゃんと名前で呼ぶ辺り、この旅で二人を大人と見込んだ優しみが存在した。


 一方、少々置いてきぼり感のあったアスターとローダの二人。しかし巨人族の中でも一際、大きいとおぼしき者が、街側此方へ切り込もうと地響きを上げて迫りつつあった。


「あの大きいのを俺達だけでやる………」


「………問題ない」


 余計なことを語らぬリーダー格の二人。巨大な恐怖と対峙するのに、いささか気合が足らないように見受けられるが、これが平常運転だから仕方がないのだ。


 ローダは白い刀身の竜之牙ザナデルドラを両手で握り、アスターの方は、いつもの両手持ちの剣バスタードソードをこれも両手でつかんで構えを取る。


 全く違う人生を歩んでいる両者が、重なり合って見える瞬間であった。

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