《番外編第12話》強者がみせる蒼い困惑

 満身創痍まんしんそういであるアスターとメルの二人に、司祭風の少女リイナとまるで得体の知れない炎の獅子化けたジオーネが合流した次第だが、この最悪化をくつがえすには未だ頼り無さげに思える。


(………ん?)


 けれどもアスターが背中から伝わる熱い何かを感じ取る。


(体力が……力が戻りつつある? まさかさっきのがそうなのか?)


 アスターが心当たりのある先程のとは……。

 そう、リイナが二人をただねぎらって背中をさすってくれた程度だと思い込んでた行動のことだ。


 炎のいやし手………不死鳥フェニックス無尽蔵むじんぞうな再生能力を術者が自己再生として他人へほどこすあの力だ。


 言葉はおろか、その片鱗へんりんすら感じさせない絶妙なる。これを初めて施術せじゅつした際には、ガロウ・チュウマを火葬したトドメを刺したのでは? と周囲を驚かせたものだ。


 ………それだけではない。


(……ワザとだな。こいつ、俺達を気遣きづかって、敢えて治癒ちゆ速度をゆるめてる……)


 数多あまたの死線をくぐり抜けてきたアスターを誤魔化ごまかすには至れなかった。バレてしまっては余計な気遣い。


 これは自分達が完全に上位と知覚した上で、相手の気分を害さないように配慮したって奴だ。


(…………! なんにせよ助かる)


 アスターは敢えてこの気遣いを許容すると決めた。大いにこの剣が振るふるえるのであらば、むしろ歓迎すべきだと切り換える。


「………竜之牙ザナデルドラ、『転移の翼メッタサーラ』」


 改めて覚悟を決めたアスターの前に白い牙のような刀身の大剣を軽々と片手で握る白い洋装の剣士が何処からともなく出現した。


 その姿を見たメルが堪らず腰を抜かして後ろに倒れてしまう。


「あ、アスター………こ、この人背中に白い羽根が生えてる。ひょ、ひょっとして天使ぃ!?」


 震える手でメルが指す。彼女の言う通り、白鳥の如きけがれを知らないような翼をさらしていた。


 アスターもその人差し指の先、目を凝らしながら視線を送る。蒼氷アイスブルーの瞳に驚愕きょうがくの血が通い、赤に変化したのではないかと錯覚さっかくするほどだった。


(お前………まさかあの時の!?)


 少々懐かしい記憶を辿たどるアスター。恐らく4年程前、自分が亡者達から救い出した、まるでなってない剣を振るう旅の男に違いなかった。


「違うメル。アレはただのだ。そうだな『ローダ・』」


 アスターが冷静をよそおいつつその者の名を確認する。が握るには相応ふさわしくない得物えものだと理解してはいるが、彼の左脳冷静さがそう発言させる。


 宙に浮いた相手は静かに首を横に振った。


「違う………間違っているぞ、アスター・バルトワルド。今の俺は………」


「………えろ炎の精霊ッ! 『炎の流星フィアカルティオォォ』!!」


 ローダが静かに「………ローダ・ロットレン」と養子縁組した証を告げようとした矢先、その連れがド派手に空で反転し、ほむらの飛び蹴りで巨人族とおぼしき者の首を一撃で墜とした。


 しかも何ということだろう。背中に赤ん坊を紐らしきもので背負せおっているではないか。


「………あ、アレだ。アレが俺の嫁、ルシア・ロットレン。背中にいるのは俺の子ヒビキだ」


「………………何…だと!?」


 ましていた筈のローダの顔が少々曇り模様へ変わる。(ルシア………やり過ぎだ)とでも言いたいらしい。


 これにはアスターの左脳堅物だけでは処理能力が圧倒的に不足している。嫁? 養子? ……に子供……!?


『男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よ』そんなことわざが脳裏の片隅かたすみにあったことを思い出すが、これはいくなんでも変化ふざけが過ぎる。


「いや、確かに俺は未だだ。それは間違いじゃない、俺の周囲仲間特異異常なだけだ。………立てるか? 驚かせて済まない」


 ローダは倒れた少女メルへ気を遣い、起こそうとする手を伸ばす。騎士見習いの方もとっくに卒業しているのだが、アスターに負けずおとらずの堅物かたぶつである。


 正式な騎士の称号を拝命はいめいする気すら起きないこの男は、恐らく未来永劫えいごうを捨てないだろう。


「こっちは大丈夫だ。──メル、立てるか」


「う、うん……っ」


 やはり金髪の剣士も相当な堅物に違いない。女神メルに伸びてきた手を借りず、自身の手をメルへ差し出した。


 まあ、それは別に良い………ローダが伝えたいのはこれからの戦い方だ。


「………リイナ」


「はいっ。亡者に長けたアスター様なら重々承知かと思いますが、あの異形の連中は亡者と似て非なる者です。亡者同様魂送たまおくりが有効ですが………」


 ローダの意志を汲み取ったリイナが丁重ていちょうな姿勢でアスターに戦術を告げようとする。


「………とは何だ?」


「えっと、彼等は亡者と違い生きる意志を持ち合わせております。つまり早い話が致命打ちめいだを与え………」


 そのとき、アスターにとって未知の敵との戦い方を示すかのように、聞き慣れない叫びが耳に飛び込む。


「………レイ、敵を蹂躙じゅうりんするッ!!」


 ズキューーーーーンッ!!


 此処で全く聞き覚えのない轟音ごうおんがアスターとメルの耳を容赦ようしゃなくつらぬいた。気が付けば傀儡くぐつ軍団の密集帯をその轟音と一陣の輝きが瞬時に道を切り拓いたではないか。


はええ話、ってから葬送おくりゃいいんだろォッ! 最高さいっこうに御機嫌だなッ! この電磁銃レールガンはよォォッ!」


 その切り拓いた道の向こう側、銀髪で如何にも暑苦しそうなコートを羽織った女がニヒルに笑いつつ、これが答えだと言わんばかりに此方を見ている。


「ヴァロウズのNo8、銃使いのレイ様だッ!」


 片目に装着したスコープをいじりながら誰も求めてない、これまたド派手な自己紹介だ。


 少し射程に微調整の必要性を感じたのか、スコープを調整しているのはそういうことらしい。


「………要は死人と判定出来る状態に追い込んだ上で魂送りをすればいッ!」


 レイが穿うがった処へ馬の速駆けでロイドが飛び込み、両手持ちのハンマーメイスで傀儡数体を蹴散らしてから離脱した。


「…………良く判った」


 この連中の戦いぶりを見せつけられたアスターが、自分も本来両手持ちのバスタードソードを右手に握り、蒼い目を光らせる。


 ブンッ!!


「………『残光ざんこう……蒼月斬そうげつざん』!」


 傀儡の軍隊の先陣目掛けて涼しい顔で愛刀を振るう。巻き起こす衝撃派ソニックブームがアッサリと数十体の敵を蹴散けちらした。


「………これで後は魂送り葬送するのみ………そういうことだな?」


「あ、は、はい。そう……です」


 やり切った顔ドヤ顔でリイナの方を振り返るアスター。タジタジでリイナは返事をするより他はなかった。

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