《番外編第11話》リグレット・バルバリア

 大商人パルメラの護衛の一人、リグレ。通称、泣き虫のリグレ。


 護衛のくせに気が弱くて直ぐに泣き出す所謂いわゆる問題児。それにも関わらずパルメラは、自分の命さえ左右しかねない護衛という重大任務に、何故彼女を登用したのか。


 先ずリグレは変装………というよりその場の雰囲気に溶け込める才能を持ち合わせていた。


 村娘、令嬢、マフィア………真なる彼女の顔を知っている者は、そうそういない。


 寄って相手が人間であれば大体は逃げおおせる。まれ素性すじょうを追求されようとも、泣いて泣き落としてその場をのがれた。


 要は何をさせても必ず生きて帰って来る。彼女のそんな能力をパルメラは重要視したのだ。


 …………と、まあこの説明だと、まるでパルメラがリグレに何かやましいことをやらせようとしてた様に受け取れなくもない。


 しかしあの裏表のない性格の彼女に、そんな悪巧わるだくみなどあろう筈がない。


 ただただ「必ず生きて帰って来る? それはもう御立派な才能やでっ!」こんな具合でリグレを拾って上げた好意に過ぎぬのだ。


 だがそんな雇い主であるパルメラですら知り得ぬリグレの本質………結論から述べよう。


 リグレは人とまるで変わらぬ容姿を持ち得ながら、実の処、人ならざる存在である。


 ◇


 7年程前のこと、この地に現れた例の


 そう……ローダ達が良く知り、アスター達はまるで知らないあの男だ。もっともこの頃の彼は、黒い剣士の姿ではなかったのだが。


 アドノス島を我が居城とし、やがて世界すらべようたくんでいた彼に取って、亡者が際限なく現れるこの大地は、少々邪魔っな存在であった。


「………おぃッ、貴様ッ! そうだ、みじめな足枷あしかせを引きっているお前だ……。自由が欲しくないか? 我が機会チャンスを与えてやろう……」


 声を掛ける相手は正直誰でも良かった。いて言うなら深い深い泥沼までちている者が良い。希望というえさを下げれば迷わず喰らいつくようなやからなら猶更なおさら良いのだ。


「我がさずけしこの遺伝子ナノマシン……もしコレを貴様が受け入れられるうつわり得れば、好きに出来る傀儡ぐくつを呼び出せる。どうだ? 操られるしか能のない貴様が、人形師操る側に成れるのだぞ」


 マーダの目論見もくろみはこうだ。亡者が湧いて出るこの地。いつしかそれらをたばね、自分にあだなす存在が現れるやも知れぬ。


 ならば毒には毒を盛ろう。亡者でこそないが、死した魂を身体毎召喚し、操りし者を此処にえ置く。


 一度は死した身の上には違いない傀儡共。だから違うしゅとして扱われる。寄って不審に思うやからは少ない筈だ。


 亡者と傀儡。似た者同士で在りながら、傀儡を使いし者は、欲にかまけて邪魔な亡者の方を討ち払うことであろう。


 そこへ悠々ゆうゆうと自分が現れ「我こそ貴様達に力を授けし真祖しんそである」と言い渡し、これを統治するだけだ。


 まあ………それとて綺麗な建前に過ぎぬ。この奴隷が遺伝子ナノマシンを受け入れられるか?


 もし駄目でも構いやしない。代わりはいくらでもいるし、むしろ数多くの実験をするのも一興いっきょうという身勝手な振る舞い。


 果たして実験は………成功したかに思われた。奴隷から見事傀儡師に昇格した女は、早速傀儡のおさを召喚した。


 それがリグレ………『リグレット・バルバリア』だ。この最初の傀儡ファースト・ロット、召喚士にだけは絶対たる服従ふくじゅういる。


 代わりにこのリグレ自身にも死者を召喚出来る手札チタジオーネと、加えて気に入らなければ消去する力をエリミナ秘めた手札ジオーネ………この二枚のカードが手渡された。


 これで亡者達と争う人形師が操るリグレ達による泥沼の戦争が幕を開ける………かに見えたのだが、元奴隷のこの人形師。


 リグレを精製するおり、加減知らずの力を使い、そのまま果ててしまったのだ。文字通り後悔リグレットだけが残留するという何とも皮肉な結果となった。


「………ククッ、失敗か。何ィ? 操る糸を無くした人形なぞに興味はない。精々せいぜい好きに振舞うが良い。我の気まぐれが貴様を消しに来るそのときまで……」


 こうしてリグレット・バルバリアは、ただのリグレという仮初かりそめの自由を得た。


 人形師が駄目になれど、傀儡リグレの方に亡者狩りの役目を押し付ければ話は済む筈なのに何故マーダは、そうしなかったのか? 


 同族嫌悪………。サイガン・ロットレンに造られし最初の実験体であった彼が、似た境遇きょうぐうのモノを自身が操るのを気味悪がったのだ。


 さて………捨てられし自由を与えられしきみ、リグレである。


 ならば好きに暗躍あんやくすれば良いのではないか? 残念ながらそうもいかない。さっきも告げた通り、リグレは人間ではない。


 人形師が造りし最初の傀儡かいらいは、限りなく葬送おくられるべき亡者の側に近しい存在だ。


 この地方には亡者を狩る剣士と魂送たまおくりをする者達が居る。このリグレとて、彼等が天敵となるのは例外でない。


 寄って常日頃から亡者と同列に葬送おくられる恐怖と背中合わせという奇妙な人生を送らねばならない。


 ………そんな惨めたらっしくとも、リグレは普通の人間人生演じ歩みたかった。


 虎穴こけつらずんば虎子こじを得ず。


 防国ぼうこく双璧そうへきとすらうたわれた無類の強さを誇る剣士。アスター・バルトワルドに近しい人物、商人パルメラに敢えてやとわれて監視しながら生きる道を選択した。


 それは余りにも迂闊うかつけ事ではないのか?


 しかしながら意外や意外、そうでもなかった………。


 何故なら双璧のである魂送りの女性を失った、の剣士なぞ、人間らしい意識を保っているリグレにしてみれば、取るに足らぬあわれな存在でしかなかった。


 ………片割れを得るそのきわまでは………。


 ◇


「あの少女ガキ、魂送りが出来るようになったらしいな。しかぁしッ! 必要な玩具を失ったァッ! それにあの剣士アスターも今ならボロキレも同然どうっぜんッ!」


 アスターとメル、未だ二人は自分達を見下してるリグレ黒幕に気づいていない。特にあのキレ者のアスターが………余程消耗しているとみえる。


 メキッ! メキッ!


 薄気味悪い音を立てながらリグレの姿が変化してゆく。口は耳の辺りまで裂け、鋭い八重歯やえばが生えてくる。


 耳がとがり、全身の肌が闇色へと染まりゆく。両のまなこが血の色と化し、完全に別の生物へと進化をげる。


 もうこれまでの知人から見つけれても、あの泣き虫リグレだとは判るまい。これが恐らく彼女本来の姿。能力もこれ迄とは比較しようがないのであろう。


 これは癇癪かんしゃくによる変身ではない。この機会にあの二人を消し、また自分は人間へと必ずかえる。その覚悟を決めた姿なのだ。


「……ムッ? な、何だあの燃え盛る獅子と、あの如何にも聖職者といった女は?」


 リイナの「リスベギリアト・フェニス………」という不死鳥フェニックスの力を分け与えし詠唱によって、再び炎の獅子ライオンと化したジオーネ。


 加えてその不死鳥使いマスター当人の姿にリグレが気付いた。


「も、もしやあの女すらも葬送そうそうが出来るとでもッ!? フンッ! あんな小娘が一人増えた処でありのようにつぶすだけさッ!」


 リグレが禍々まがまがしき邪気オーラをふんだんに巻き散らしながら、戦陣の最後尾へ回った。


「………あ、貴女はリイナさんっ!?」

(………こ、この間の白猫と来た連中か?)


「ふふっ、覚えていてくれて嬉しいよメルちゃん………そして貴方がアスター様ですね」


 驚くメルとアスターを他所に、戦場に似つかわしくない笑顔のリイナが、何気なく二人の背中に触れる。


 仕方のないこととはいえ、リグレは、この援軍の圧倒さを知らなかった。自分をこの世に産み落としたきっかけ教祖


 あのすら互角にやり合い、その闇から救済サルベージした彼等の強さを。


 そして最早虫の息とタカをくくっていた双璧そうへきの底力までも見誤っていた。

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