《番外編第10話》身勝手な絶望を寄越す者

 荘厳そうごんなる魂送りによる葬送そうそうがその終わりを告げるかのように、洞窟内の輝きが失われ、再び闇が顔を出す。


「………お、終わったのか?」


 ―いや……まだ辺りに奴等亡者の気配を感じ……ッ!


 これで全てが終わったのか…一体誰に向けて何が終わりを迎えたのか。言葉足らずなロイドの確認。


 冷静さを取り戻し周囲の状況を確認しつつ、心の声コンタクトで応じようとするローダ。視界の片隅かたすみに、岩陰の向こうで倒れている人影を見つけ絶句する。


 何故絶句した? 自分がどう足掻あがこうとも、その者を救えないと絶望したからだ。


 見つけた人物の頭上から崩落ほうらくを知らせる岩が降り注ぐ寸前であることを察知。


 加えてさらに奥から出現した新たな亡者三体まで襲い掛かる直前をの当たりにしたのである。


 手持ちの得物、全てを動員しても上下二点同時をどうにか出来る気がしない。真なる扉想像の力は決して万能ではないのだ。


 あの者を救出する最善手さいぜんしゅを想像してる時間だけで全てが終わる。


竜之牙ザナデルドラ』のシグノから今さら力を借りた処で、竜騎士化し『転移の翼メッタ・サーラ』を行使する猶予ゆうよなどない。


 パキューンッ! パキューンッ!


 此処で少々間の抜けた銃声が二回同時で辺りにとどろく。


「ハァハァ……す、すまねぇ。からだの奴が勝手に反応しちまった」


 気がつくと肩で息をしているレイが二丁拳銃を構えて撃った後であった。派手好きの彼女にしては珍しく、相棒拳銃消音器サイレンサーを付けていた。


 ―………さっき皆の判断を信じるって言った。むしろ最高の反応だったよ。


 ローダが首を横に振りつつ最大級の賛美さんびを送る。


 レイがその上下いずれにも完璧に反応し、岩を撃ち抜き、亡者の足元を狙い、前進を止める神業かみわざを見事にやってのけたのだ。


 これを独断専行などと言うやからがいれば、そちらの方がどうかしていよう。


 ローダが無言のまま、脇差わきざしとダガーを抜き、残存する亡者を狩人の目でにらみを利かせ、神速の勢いで迫りゆく。二刀を逆手で握っている。


 ただでさえ狭い上にしかも崩落が始まっている洞窟内だ。これでは刀身の長さが強さに反比例してしまうので、この短い二刀を瞬時に選んだのだ。


 真紅に染まる刃を剣士ではなく、まるで拳士けんしの要領で幾度いくどとなく振り抜いてみせる。時間と言うにはまるで足りない秒にも満たぬ間にだ。


 恐らくガロウから勝手にうばった示現真打じげんしんうちの応用でチャクラを流しているのだろう。


 それにしても二刀の動きが余りにもはやく、彼を中心に赤い竜巻が出現したかに見える程だ。


 文字づら通り三体の亡者が、なますきざまれたのを皆が目撃する。


 あくまで亡者なのでこれで終わった訳ではないのだが、此処まで細かくされては、もうどうにもならないであろう。


 ローダが足元に前のめりで倒れている者に目を送る。全身を黒装束で包んでこそいたが、身体のなまめかしさから、女だと判断した。


「ちょっとっ、この状況どうする気っ!?」

「そうだぜ、向こうで騒いでる連中が、お仲間じゃァねえのかっ!?」


 ルシアとレイが肩を怒らせながらローダの背後へと入る。彼女等の口調が文句を帯びるのも仕方がない。


 レイの言う「お仲間……」とやらが、まるで助けに来る様子がないからだ。それ処か崩れゆく岩共が、さらに行く手はばみ始める。


「………問題ない。必ず助けは来る。だからそれまでこの者を守り抜く。ただそれだけのことだ」


 チラリッとそのお仲間らしい連中に目をくばってから、雪崩なだれゆく岩を馬鹿みたいに斬り刻むローダである。


 これは流石に全く無意味と思えるやり方だ。意識を失っているこの者を本気で救いたいのなら、サッサとかついでこんな危険な場所を早々に脱するべきだ。


 だけどもこの無愛想な男は、そんな選択肢は無いと体現たいげんするかのように赤い刃を振るい続ける。


 もしこれがローダではない他の誰かであったなら見限みかぎられるに相違そういない。


「ンもぅっ! 相変わらず………」

「………意味判んねぇなっ! その自信はよッ!」


 なかば焼けクソ気味に、ルシアも天井の役を成さなくなった岩を燃え盛る両拳りょうこぶしで殴りつける。


 加えてまゆり上げたレイが失われつつある道を片っ端に発破はっぱしてどうにかこうにか切りひらく。


 俺達は異端いたんな存在という縛りを完全に解き放ち、全力でもの言わぬ連中岩共を相手取る。


 えながら岩を砂へすルシア。邪魔っけなものサイレンサーはとうに打ち捨てたレイが、全火力をもっ削岩機さくがんきと化す。


 しかもこの三人がそうである故、ロイドとリイナも逃げ出すことを諦め、降り掛かる火の粉落石を打ち払うことのみに全集中するより他ない。


 ロイドが両の手に握る短いメイスをヌンチャクの如く振り回し、落ちる岩を蹴散らしゆく。リイナもきたえ上げたその拳で次々と打ち払う。


 傍目はためには鬼神と見紛みまごう動きなのだが、相手が石ころでは無駄遣むだづかいがはなはだしい。


 一体いつまでこんな修行僧のようなことを続けねばならないのか……。


(………来た!)


 ―………撤退だ。で洞窟を出るっ!


 最早影の存在であることを辞めたかにみえていたローダが再び接触コンタクトを使って音無しの伝令を申し渡す。


「お、おぃっ! 俺達だけって!? まだ助けとやらは見えてねえけど良いんだなっ!」


 今、こうしている間にも次々と岩が降り積もらんと迫っているのだから、レイの確認の声量トーンが上がるのも無理はない。


 ―………問題ない。


わあったよっ!」


 レイが「チィッ」を舌打ちしながら無言の一瞥いちべつをローダへ寄越よこすが、まるで相手にして貰えない。


 加えて俺について来いとばかりに颯爽さっそうと出口を目指す。もう黙って後追いをするしかない面々であった。


 ◇


「…………さあお行き、私のカード扉の力が生み出し可愛い亡者達子供達


 洞窟の入口付近を上から見渡せる位置に陣取る者が、炎すらも氷結するのではないかと思える程の目で見下している。


(奴隷の女、防国の………慈悲、友情、そして愛情ッ!)


全部ぜ~んぶどうでもいんだよッ! 二人共ヒキガエルみたくつぶれてしまえェェッ!」


 思いのたけを洗いざらい叩きつけると、その者は、この場に響き渡る程、声高らかに笑うのであった。


 その見下されている風景の側にいた二人の男女。何れも満身創痍まんしんそういの状態でフラリフラリと洞窟を背に、牛歩ぎゅうほの如く辛うじて歩んでいる。


 一応男の側が少女の肩を支えてはいる。けれど此方とて揺れ動くので、自然支え合う形になる。


「………。………な、何だアレは?」


 男が背中に異様な気配を感じ、ゆっくりと後ろを向くと土煙を上げながら此方へ向かって来る一団を見つけた。


 あの洞窟に潜んでいた亡者達だと勘繰かんぐっていたのだが、それにしては肌艶はだつやが綺麗過ぎる。一見生きている普通の人間の軍隊かに思えた。


 だけどその者共のまるで精気を感じない瞳だけは、亡者のソレと酷似していた。


 然も如何にも腕が立ちそうな騎士や、魔導士らしきローブに身を包んだ女すらも多く混在している。


 加えて殿しんがりには、人にこそ違いないが、自分達の数倍はありそうな巨人共が横に列を成しているではないか。


 こればかりは蜃気楼しんきろうか、疲労からくる距離感の乱れだと蒼氷アイスブルーの目をうたがいたかった。


 この金髪の男は剣士だ。これまでの人生に於いて吐き気をもよおす程、亡者共を斬り捨ててきた。そんな彼だが、こんな奇天烈きてれつな連中は全く見覚えがない。


「…………あ、アレは一体何なの?」

「アレは………恐らく亡者なものだ。これまでの亡者とは違う、だが葬送おくるより他はないっ!」


 けれどこれまで再三に渡り合ってきたこの剣士の瞳は消してたがえたりしない。


 この者達は彷徨さまよえるしかばね。見た目こそ綺麗だが葬送おくるべき側の住人であるとその肌で理解に至る。


「メル………離れろ」


 ボロボロの身体にむち打って少女から離れ、両手持ちの剣バスタードソードを抜く。


 羽根のように軽かった筈の剣が異様に重い。自然剣先が地面を向くので、杖代わりに成り果てる。


 この男の実力を以てしてもやれる気がしない。だけど自分達だけ逃げおおせても、街が奴等に蹂躙じゅうりんされることだろう。


 防国の双璧そうへきの一翼をになった者の責務として、せめて己が女神メルと街だけは守り抜いて導いて果てよう。


 決して悪い死に様ではない………そう覚悟を決めた刹那せつな、炎の翼を生やした獅子ししが雄叫びと共に目前に降り立つ。


 その背に薄い紫を帯びた聖職者らしい服をまとった銀髪の少女を乗せて。

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