《番外編第9話》全てを赦す女神の演舞

 ローダ達一行が探索たんさく目的という手放しでは楽しめないこの旅路にいて、一時の休息バカンスを楽しんだその日の夕方の出来事だ。


「………何っ! 場所は? ………嗚呼、判った。その姿じゃ大した戦力に成り得ない。俺の意識を辿りながら此方へ合流するんだ」


 これから緩々ゆるゆる夕食ゆうげでくつろぐつもりであった連中にの間に緊張感が入り混じったローダの声が飛び込んで来た。


「………い、一体どうしたの?」

白猫ジオから何か良くない知らせですかっ?」


 ヒビキと遊んでいたルシアと、夕食の準備に必要な水を運んで来たリイナが質問を浴びせてゆく。


「すまない、夕飯は携帯食で済ませてくれ。説明している余裕がない。今すぐ此処をつ」


 ローダが緊張の面持ちで素早く自分の馬のくらへ装備を積んで支度したくを遂げる。周囲の連中も慌ただしく動き始める。


「それ程まで急ぎなら空を飛んで行く?」


「いや、それは止めておこう。確かに急ぐべきだが、この地に於ける俺達は異端いたんな存在。余程でない限り、手出しはしない」


 ローダの機敏きびんな動きように、ルシアがより速い移動手段を提案するも、否定されてしまう。


「ヘイヘイ了解copy。ま、あわてずさわがす、優秀なリーダー様にしたがおうぜ」


 自分等のリーダーによる矛盾むじゅんな指示に敢えて無条件で従う動きを見せるレイ。体に付いた砂埃すなぼこりを払い自身もサッサと馬上の人になる。


 ルシアとリイナが不思議そうな顔を見合わせるが、二人も直ぐに切り替え身支度を始める。


 ロイドは終始無言で準備を整えている。恐らく未だ彼女リイナとの仲違なかたがいを解決出来ていないのであろう。


 そんな時は悩むよりも身体を動かさねばならぬ理由にしたがう方が、むしろ気楽というものだ。


 秋口のの訪れは早い。然し彼等は奥深いアマンの森ですら、あかりに頼らず駆け抜けたのだ。


 月明り、夜空にまたたく星々、風向きや周囲にただよ匂いの移り変わり気持ちの悪さすら導きの手段になることを、これまでの経験で知覚しているのだ。


 闇夜の荒野をまるで忍びの如く進軍する彼等。レイが思わずニタリッとえつひたる。


 ローダが告げた「異端な存在……」を此処に集う皆が体現たいげん出来ていることにレイは気持ちの良さを感じ、思わず笑ったのだ。


 流石に馬車の駆動音や、ひづめの音くらいは聴こえてきそうなものだが、それすらも音無しである。


 さっきルシアが「空を飛ぶ?」と進言しんげんしたが却下された。でも実の処、ほんの指関節一つ位、彼等はいるだ。


 結局の処、ルシアが駆使くしした風の精霊術のなせる技巧ぎこうなのだが、決している訳ではない。


 ローダから飛ぶことを否定されても瞬時に内容を咀嚼そしゃくする。加えてこの状況を至極当然とばかりに受け止めてしまうやからである。


 秋の夜風と頼れる仲間達の当たり前が、かつて孤独であったレイの心を満たしてゆくのだ。


 やがて道が良くなり視界のはしに街灯りが映えるのだが、先頭で風切るローダは、敢えてそれらに頼らない方へかじを切る。


 きっと損な遠回りをしているであろうが、誰一人としてこれで間に合わなくなるとは微塵みじんも思っていない。


 ―………到着した。皆、馬から降りて一旦足を止めろ。


 ローダの接触コンタクトによる指示が一行の心に響く。結果、やはり彼等は間に合っていた。


 洞窟らしき暗闇の中へ消えてゆく剣士らしき者の姿が見えた。自分達が遅刻はおろか、そもそも間に合ってる取り合えず必要ないことを安堵あんどした。


 そのまま微動びどうだにせずしばらく様子をうかがったのち、一番夜目の利くルシアが慎重に慎重を重ね、洞窟の入口へ近寄る。


 中に入った者が奥へと進んだと知るや、片手で仲間達へ合図を送る。侵入OKのサインである。


 ちなみにルシアを始め、全ての者が黒いマントで完全に全身をおおい隠している。これで洞窟の闇にまぎれれば影ですら無くなるだろう。


 ―………これは人工的な洞窟らしいな。

「その様ね………さっきの人が貴方の言ってた例の剣士?」


 引き続き会話に心の声コンタクトを使うローダと、風の精霊術『言の葉』で音にすらならない声を届けるルシア。


 これ程まで隠密おんみつけたやり口が出来る輩は、そうそういないであろう。なお言の葉は、言うまでもなく他の者にも付与エンチャントしてある。


 ―そう、アスター・バルトワルドだ。彼が間に合ったからには遅れを取ることはない。


 蒼氷アイスブルーの瞳の剣士の力量を、まるで未来を見通したかの如く信用しているローダのこの発言。


 この男の口下手は、結局直っていないが黒の剣士マーダとの戦いに於いて絶対的信頼を勝ち得ている。


 寄って彼が「アスター・バルトワルドが居れば問題ない……」と告げさえすれば、それが不退転ふたいてんの正解に成り得るのだ。


「………ウワァ、此奴はヤベェ。あの腐った連中亡者共匂いであふれかえってやがるぅ」


 レイの方は、所謂いわゆる本物の異臭いしゅういだ訳ではない。ただあの泣き虫女リグレを救った際の匂い感覚反芻はんすうしている。


 因みにとは勿論レイの嫌味ブラックユーモアである。


 ―………それだけじゃないですね、女の人匂いがやたらとを突きます。


 リイナの肩の上定位置に戻った白猫ジオーネが何やら怪しげなことを心の声コンタクトに載せた。


「………まあ、それは取り合えず蚊帳かやの外に置いておきましょうか。それよりローダ兄さま、私達の助けが必要ないのなら………」


 ―………胸騒むなさわぎがするんだ。やがて良くないことが起きる俺達が必要になる、そんな気がしてならない。


 白い子猫ジオーネが言う「女の人らしき匂い……」を何故か不快に感じたリイナが上手く話をらす。


 すると心の声を聞かずとも判る程に、嫌な思いを珍しく顔ににじませるローダの姿があらわになった。


 この大地に来て初めて見せる不穏ふおんな態度だ。


 ―とにかくこのまま慎重に中へと進む。基本身勝手な行動はしないでくれ、だが………。


 この土壇場どたんばにして、心の声色に含みを持たせるローダに対し、皆の頭に見えない疑問符が浮かぶ。


 ―………だがイザというとき、皆の判断がたがえるとは少しも思っていない。


 ローダからこの一言を確かに聞いたと感じた連中が、不謹慎ふきんしんにも思わず笑みをこぼしてしまった。


 仲間達は心底嬉しさを覚えたのだ。真の扉使いなどという手の届かない場所へ飛び出したかに思えた我らがリーダーが自分達をアテにしているという本音がだ。


 一行の結束が増した処でさらなる奥へ………誰もがそう決意し歩み始めようとした刹那せつな、洞窟の奥からソレは大いに響き渡った。


「………照らし出せ──『聖なる浄化の光フェアリー・シャイン』ッ!!」


 まだあどけなさを残す少女の声で在りながら、神々の御告げすら想像させる神々こうごうしさもからませ、皆の聴覚………いや心に直接込んで来た。


 加えて何か多数の者共が一斉に倒れるような音と共に、温かみを感じる光があふれ出る湧水わきみずの如き、いやしをいだいて流れ出てくるのを感じた。


「………こ、これは、っ!?」


 完璧なる隠密を決め込んでいた筈のローダの口から、それは驚きをって送り出された。


「………こ、これが魂送たまおくり。な、何て荘厳そうごんなのかしら」


 戦の女神エディウスの司祭、今や最高司祭に匹敵ひってきすると言っても過言でないリイナは、初めて見る魂送りに自身の認識を改めさせられた想いがした。


 黄泉の国にすらかえれないあわれな魂を葬送おくる。それは闇深き者共のざいゆるす、言わば神の手。


 圧倒的な上からの力で罪人を裁くのだと思い込んでいた。実際には全てが正反対であった。


 亡者達が正義か悪かなど、まるで問わない。何もかもを安らぎで包み込み、天国エデンへ導く女神メルの歌と踊り……。


 そう……文字通り葬送おくる者と葬送おくられる者の歓喜かんき演舞えんぶが見える気すらした。


 同時にリイナが確信に至る。あのメルって女の子は、やはり揺るぎない愛を持っている………でなければ少なくとも自分には説明がつかないと勝手に決めた。

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