《番外編第8話》銀同士の馴れ合い

「………彼氏ロイド喧嘩けんかしたァ!?」


 リイナがロイドと喧嘩し、一方的に突き放してから数日の朝。馬車の中で二度寝をしていたレイがリイナによってり起こされる。


 二丁拳銃という超攻撃性にんだレイが銀髪の17歳リイナ・アルベェラータへ向ける何とも形容しがたい顔。


「何故ソレを俺に話す? そこは乳デカ姉ちゃんルシア・ロットレンの出番だろ?」


 本心を正直ストレートで投げ込んで相手の出方をうかがうレイ。成り行きとはいえ自ら幸せを殺害した自分に相談されても態度に困る。


「る、ルシアお姉さまは、何て……いうか、その……既に落ち着いちゃった勝ち組って気がしまして………」


 物凄く申し訳ないといった表情を見せるリイナである。とても失礼なことを訊ねている自覚はある。「落ち着いちゃった勝ち組……」の対極。


 言わば恋愛を捨てた人負けを選んだ女、酷いことを口走っているのだが、他に話を出来る人がいないと彼女は判断してしまった。


 喧嘩した当人ロイド、そこに居合わせた火種ローダは最早論外。旦那ローダと行き着いた人妻ルシアですら………。


「………ったく。んで、消去法で俺って訳か」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい本当に………」


 寝起きで乱れた頭をきむしりつつ、面倒臭めんどうくさいという態度を隠す気すらないレイである。


「いや、まあ……その、アレだ。俺は嬢ちゃんとロイドって奴の間柄あいだがらは良く判らんが、方がいくらかマシだろうな」


 苦笑いしながら如何にも銃使いらしい言い草で応じたレイに、陽が差したように明るい顔を見せるリイナ。レイが「此処馬車じゃ話しづれぇ……」と表に誘う。


 レイが案内したのは子供でも足が底に届きそうな小川だ。


 その川のせせらぎと新しい朝を迎えた喜びを伝え合う小鳥達の声に耳をかたむけるだけで沈んだ心が楽になりそうな場所だ。


 先にレイがその川淵に腰を下ろし、冷たい流れに素足を突っ込み、自分の隣に座るように地面を小突く。リイナは全く逆らわず、水飛沫しぶきを上げないようソッと座った。


 それからリイナは幼馴染おさななじみの彼氏への想いを静かに語り始める。


 初めのうちは顔を合わせず遠慮えんりょがちであったが、逐一ちくいち丁寧ていねい相槌あいづちを打ってくれるレイの反応に口の滑りが良くなっていった。


 レイは自分の反応に正直驚いている。硝煙しょうえんと血生臭さが混じった毎日であった最近の人生。


 まさか恋バナなどというを心地良く受け入れている状態に。自分にもまだこんな受け皿が残っていたのを嬉しく思う。


「………ウーンッ、そうだなあ。確かに嬢ちゃんの言いたいことは判る。自分の中に住んでる子供ジオーネ嫉妬しっとするのは肝っ玉が小せえよな」


 川の流れに足を遊ばせながら腕組みしてレイが言う。


「………そ、そう、ですよね」


 自身の気持ちを肯定された。此処は安堵あんどの笑みか、改めて判らず屋ロイドへの対抗心をあらわにするかと思いきや、歯切れの悪い返事をするリイナ。


 後ろ髪を引かれたようなその顔に、銀髪の銃使いは隣人りんじんの本音を見つけ思わず目を細める。


(成程……。やっぱ此奴子供ガキじゃねえよな。それに多分相手ロイドの方もな)


 レイがこの心地良さの本質にようやく気づく。ただの女子トークを楽しんでる訳じゃない。


 頭の良い立派な大人女性と同調シンクロ出来ているから楽しいのだ。年齢の差など些末さまつなことと捨て置ける。


「なぁ、。喧嘩は好きかい?」

「嫌いです、コレで殴るのも、口喧嘩すら………」


 リイナが自分のを見つめながら答える。レイは「ちょっと失敬しっけい」と目覚めの1本煙草に火を点け、吹かし始める。


 嬢ちゃんを珍しくリイナと呼称し直したこと。そして隣で煙草を吸う行動理由すらも、立派な大人と認識したがゆえだとレイは勝手に結論付ける。


「嗚呼………普段拳銃コルトを相棒なんて言ってる俺ですら実は嫌いだ。だけどよ………」


「………?」


 レイがリイナの青い瞳をのぞき込み、右手を銃に見立てたもので狙い撃つ仕草を見せる。普段は喧嘩っ早い女だが、戦いなんぞ実は嫌いだと言い放つ。


「好きな野郎、あるいは好きになりたい奴と喧嘩やるなら別の話だ。ぶつかり合うことすら出来ねえ奴に心をゆるせるなんて、そんなもんはうそだ」


「………っ!」


 まるで本物の拳銃に眉間みけんを打ち抜かれたような顔をするリイナである。しかも判り切っていることを言われただけだ。


「増してや恋慕れんぼする男女だ。他人同士が一つにってえのは、そういうのも全部ひっくるめて気持ち良いって思うかどうか………違うか?」


「………っ!? え、あ、は、はい………そう、ですね」


 此処でレイが意地の悪い顔つきで大人のを入れてゆく。顔を瞬時に真っ赤にしたリイナがうつむくのだが、恐らくしまったことだろう。


「良いね、良いねぇぇ青春って奴は。今どきはアオハルって言うんだっけか?」

「………っ!」


 レイの拳銃拳の銃は、この悩める女子の心を、或る意味本当に撃ち抜いて余りあるものであった。


 顔が火種になった程に燃え盛っているリイナの肩をポンッと威勢いせい良く平手で叩いたレイである。


 要するに喧嘩というよりロイドとリイナに取って大切なスキンシップ乗り越えるべき話に過ぎなかった。


 肩を弾いたレイの平手が背中を押してくれたように感じたリイナであった。


「………ンッ? ンンッ!?」


 此処でレイが妙な声を発したのでリイナも釣られて同じ方を見る。そこには破天荒はてんこうと言うべきか、或いは如何にもと言うべきか………。


 金髪で全裸の女性が川の流れに逆らって、大いにバタついているではないか………。


「な、何をやってんだ。あの乳デカ姉ちゃんはっ?」

「お、お姉さま………。幾ら暑いからってまさか本当ホントに………」


 レイが「アチャー……」って言いつつ頭を抱える。リイナもこの間「ルーズ過ぎる……」と釘を刺したばかりだというのに。


「あらっ? 随分珍しい組み合わせじゃないっ! ホラッ、二人もおいでよ。お風呂入れてなかったから気持ち良いよぉ!」


 然も川岸にレイとリイナを見つけたルシアが全くので手を振って誘いすら入れてきたではないか。


「うっし、俺等も行くかァッ!」

「えっ? ええええっ!? きゃあぁぁぁっ!!」


 ザブンッ!!


 威勢良く川に落ちた二人分の音と水飛沫が上がる。レイがリイナの腕をガシッとつかみ、強引に川へ道連れにしたのだ。


 至極当然、着衣が役に立たなくびしょ濡れになった。レイがその役立たずを脱ぎ捨て川岸に放り投げる。


 そのまま「そうら、裸の付き合いだっ!」と、如何にもそれっぽいことをわめいてリイナの服も有無を言わせず脱衣させたのである。


「おぉっ! リイナ、お前着痩きやせするタイプかっ? 思ってたより持ってんじゃねえかっ!」


「や、やめて下さいよっ、恥ずかしいっ!」


 レイにそのを指差され、両腕でそれを隠して浅い川にその身をうずめるリイナである。その恥じらいが実に愛らしい。


「へへっ、これじゃあの野郎ロイドが取られたくないのもうなづけるわな!」


「………っ!?」


 此処から大人女性が童心どうしんに返り、大いにはしゃぐ時間が始める。それはそれは眼福がんぷくな光景であった。


 処でこれ程さわいでおれば、この男子禁制のに気づかない道理がない。


 ―………平常心、平常心、要は風呂に入っているようなものだ。


「ローダ先輩、心の声コンタクトがただ漏れですよ」


 知れ顔をよそおうローダに、ジト目で突っ込みを入れるロイドである。


 こんな平和なひと時にその後、途轍とてつもない情報が舞い込むことなど知るよしもない一行であった。

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