《番外編第7話》ひとそれぞれの形(あい)

 虫の知らせならぬ、の知らせから翌日の朝。大抵誰よりも早く目覚めるローダである。


 今朝とて同じく夜明けと共に目覚め、火起こしと簡単な朝食の用意をしていた。


 彼がファルムーン家の息子であった頃、朝の剣稽古げいこをすべく早起きする兄ルイスに続いて自分も起きようと、それなりに頑張っていた。


 その時の生活リズムが自然と続いているのかも知れない。


 ただ……今朝は大した差もなく、もう一人ムクリッと起きてきた。


「………何だ、めずしいな。ロイド」

「お、おはようございます……」


 そう、ローダの次に起きてきたのは森の天使リイナの彼氏、ロイドである。ローダは振り返りもせずに随分無愛想ぶあいそう挨拶あいさつを交わす。


 返す刀………とは余りに言葉が鋭敏えいびんであるが、若いロイドの返答も何処かよそよそしい雰囲気がある。


 そのままローダの隣へ静かに座るロイドだが、しばらくだんまりの時間が続いた。


「あ、あの………」


 我慢がまんし切れず負けて先に口を開いたのはロイドである。まあ大抵いつもこんな様子だ。


「………何だ」


、何で未だに監視させてるんですか? また娘さんヒビキが出て来るかも知れない危険までおかして」


 実にもっともらしいロイドの質問、確かに何一つ間違ってなどいない。


 ヒビキが例の力を使ってまた一騒動ひとそうどう起こす危険性をはらんでいるし、ローダが意識を拡大さえすれば大抵の人間の行動は察知出来るのだ。


「………そんなことか、正直な話、余り大した理由じゃない」


 ローダが食パンを返しながら返事をする。「そんなことか……」と告げた顔が少々不審ふしんいだいている。


「あのリグレの主人パルメラと共にいたアスターという男。かつて俺がこの地を訪れた時に少々世話になったんだ」


 このローダの返答、此処まではロイドもさっしが付いていた。パルメラという女性を発見した際、確かに「アスター……」と口にしていたのも覚えている。


 だからこそ余計に答えとして不足感がいなめない。


「そ、それじゃ………」

「昔のよしみで気になっただけだ。それに彼程亡者達とやり合っている男はそうもいない」


 ロイドが「答えになっていない」と続けようとした処に声を低い声を被せてゆく。


「あっ………」


「………だから俺の気にしている亡者の出所でどころとやらに一番近い存在かも知れないというただの勘働かんばたらきだ」


 ローダの答えを察したロイドに対し、さらに無遠慮を載せてゆく。流石にロイドも二の口が告げなくなる。


 ただそれはそれとして思わず口をとがらせてしまう。


(もっと普通に優しく言ってくれたらそれで良いのに……)


 正論をキツメに言われると、人間どうしようもなくなるものだ。ローダ当人にしてみればいつもの無愛想だが、受ける側は出来過ぎる人間の嫌味を感じる。


 しかし実の処、それだけの理由ではない。ローダという男に対する面識が未だ浅いロイドには判り得ない訳。単純にアスター達を心配視しているのだ。


 胎児たいじだった娘から「とんでもなくお節介焼きのパパ……」と評される所以ゆえんがこの辺りに存在する。


「………早起きしてまで俺に言いたい本音は、そんなことじゃないだろう」

「えっ?」


 両面が狐色に焼きあがったパントーストを目前に突き出され、大いに戸惑とまどうロイドである。


「お前が本当に話をしたいのは、の方じゃなくて彼女のに居る方だ。大方おおかた俺が呼び出したのを見て、忘れていたのに思い出したと文句を言いたい」


「………っ!」


 これを聞いたロイドの顔色が急激に変わる。一番痛い脇腹わきばらを突かれ、若さが暴走を始めてゆく。


「相手は少年………増してや魂だけの存在。そんな小さいことにとらわれてどうする」


「小さいっ!? リイナとあのジオーネって子は、心と心で繋がっているんですっ! 文字通りの一心同体っ! これを気にせずにいられる方がどうかしてますっ!」


 ずっと落ち着いた口調のローダに相反あいはんして、早口でまくし立てるロイド。もう何が正しいとかどうでも良い。


「ローダさんも見たでしょうっ!? いぐるみにジオーネが宿やどった時のリイナの反応笑顔をっ! 燃え盛る獅子ライオンを抱き締めたあの表情をっ!」


「………ロイド、待て、良いから先ずだまれ」


 此処でローダの表情から急に色が失われ、泡を食った感じでロイドを制しようとするのだが、まるで耳に入らない。


「いいえ黙りませんっ! リイナの中には彼が生涯しょうがいいているんだっ! 貴方に僕の気持ちを判る訳がありませんよっ!」


 バチーンッ!!


 ロイドは視界が真っ暗になり、脳を揺さぶられ気が動転する。俗にいう頭を星が回っている状態だ。折角せっかく焼いて貰ったトーストを皿毎落としてしまう。


 意識すら飛びそうになるのをどうにか抑えると、目前に平手で自分のほおを殴った相手リイナ悲憤ひふんの涙を浮かべて立っていた。


「馬鹿ッ! 普段からそんなことを思っていたのっ!?」


 思い切り啖呵たんかを切るリイナ、普段から理知的な彼女がアンタ呼ばわりするのは珍しい。逆説すれば、それ程ロイドに心を開いているともいえる。


永久生涯取り憑いてるっ!? 良くもそんな酷いことを言えたものねっ! それもこれから終わりの見えない人生を生き抜くローダさんの前でッ!」


「はぁっ!?」


 驚きの視線をローダとリイナに向けるロイド。彼とて想像を具現化ぐげんか出来る扉の力は理解している。


 けれどもこの話は初耳であった。言わば永遠に老いることのない力を手に入れたようなものだ。


「よ、よすんだリイナ。俺のことはどうでも………」


「いいえっ、止めませんッ! この人はねっ! 死ねないお姉さまルシアと一緒に永久を生きられるよう扉の力に祈りを込めたのっ!」


「なっ………」


 心なき者が知れば、その地獄よりも、永遠の若さを追い求めて付け狙うことだろう。だからこそローダは、この話を余り拡げようとしなかったのだ。


 そんな裏の事情を知っているにもかかわらず、理性のせきが外れたリイナの訴えは留まる事を知らず、ひたすらにあふれ続ける。


「お姉さまと共に扉の力を悪用しようとするやからを監視し続けるいばらの道を選んだのよ………判らないでしょうね、自分の幸せしか考えられないアンタにはっ!」


「リイナ、それは俺達が勝手に決めた道だ……」

(それにいくら何でも言い過ぎだ)


 たまらずローダが止めに入ろうとする。それは自分とルシアという実に特異な二人だけが選択出来るやり方だ。


 この若い青年にその覚悟を押し付けるのは、余りにも無茶が過ぎる。


「大体ジオだって本当は天国のお母さんの元へ帰りたいのに、な私のために此処現世へ残ってくれたのよっ!」


 青い瞳から涙を、普段はそれ程大きく開かない口からは唾を散らしながらロイドに対する罵倒ばとうは止まない。


「アンタなんかもう知らないッ! いっそのこと亡者にやられてしまえば良いんだッ!」


 散々き付けたリイナは、焚き火をあおった風のように走り去る。憤怒ふんぬ悲哀ひあいの入り混じった顔で。


「リイ……ナ……」


 立ち上がり止めようとしたロイドであったが、全く声にならなかった。そのまま力無く崩れるようにローダの隣に再びしゃがんだ。


「……済まない、俺が余計なことを口走った」


 これはローダの本音から出たび言である。少々人の心が判った気になり出たごとがロイドの琴線きんせんに触れ、引っ込みをつかなくした。


 その上、リイナの暴走すら引き出してしまったのだから申し訳ない気分で一杯になった。


 だけど………それでも言いたいことを伝えねば人を動かすことは出来ない。


「だがえて言わせて貰う、正直お前も悪い。その黒いメイスきざんだ想いが、覚悟が、ジオでなくてお前を選んだ……」


「………っ!」


 相変わらずボソリと言いよどんだようなつぶやきが、若い青年の過敏かびんな心を大いにはじく。音が外に漏れる程にロイドが奥歯を噛みしめた。


「それが判らない程ロイド………お前は馬鹿じゃないだろう?」


 ロイドの黒くて少々いびつなメイス。自分にしか出来ない流儀でリイナと生涯支えるのを誓ったのは、誰でもない彼自身なのだから。

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