《番外編第6話》猫の知らせ

 奴隷であった人でなかった自分を救い、女神メルという名すら付けてくれたアスターを、果たして愛しているのか? 当人メルは少々自信なさげな顔つきである。


「好きなのか判らない? そんなの自分の想いに身を任せればいいだけじゃないですか?」


 最年少12歳のジオーネが直球でその想いをメルに吐露とろする。彼自身、生前は命懸けでリイナへそう接したことに何の後悔もしていない。


「だ、だって私……って字すらロクに書けない奴隷役立たずだったんだよ………」


「そ、それとこれとは………」


 初対面の相手に構わず両目をませるメルを見たジオーネが、思わずたじろいでしまう。子供の彼には少々荷が重そうだ。


「大体これまでずっとずっと(主人から)言われた通りに動くことしか出来なかったっ! だから人を好きになるってどういうことか判る訳ないじゃないっ!」


 メルが思いの丈を周囲に当たり散らす。続けざまに嗚咽おえつすら漏らし始める。


「メル………ちゃん………」


 掛ける言葉をどうにか手繰たぐり寄せようと懸命に頭を回すリイナ。

 けれどもこの場合、自分の小賢こざかしい言葉はかえって要らないと、ふと想い直した。


「うんっ、そうだね。アスターって人を好きかどうか、それはほかでもないメルちゃんにしか判らないよね」


「……………」


「親でも友達でも関係ない。メルちゃんの想いはメルちゃんにしか判らないの。ただ………ね」


 自分メルがたった今「人を好きになることが判らない……」って告げたばかりであるにもかかわわらず「メルにしか判らない……」と言われ、突き放された気分になる。


 そうかと思いきやあふれた想いを優しくハンカチでぬぐられたのち、リイナがそっと優しく自身メルの手を握り、胸の方へとあてがってゆく。


「どうしてこれまで出来なかった魂送りことが出来たのか? そこに答えはあるんじゃないかな………。貴女の背中を押したのに勇気をくれたのは誰?」


「うぅ、ううぅ………。そ、それは………」


 リイナから魂送りを無事に果たせた要因を問われ、メルの心に去来きょらいしたのは、蒼氷アイスブルーの瞳の剣士から貰った勇気である。


「まさか、ただ亡者達を葬送おくりたいという一心から頑張れた? そんなことはないでしょう?」


「………そ、そうかも知れないけど」


「貴女の此処は、きっと知ってる。頭だけで考えるから辛くなるんだよね」


 トクンッ、トクンッ………。


 脈打つ鼓動がただ自分を生かすための機能によるものだけじゃない気がしてくるのを感じ取るメル。此処に居るのは私一人だけじゃない?


「何だっ、今の声はっ! 何があったっ!?」


 メルが強く投じた心音こころねの叫びが、馬車で寝ていた他の護衛達を起こしてしまったらしい。


「あっ、まずい。私達もう行かなきゃ、ごめんなさいメルちゃんっ」

「ま、待ってっ!」


 他の護衛に見つかっては流石に言い逃れが出来なくなる。リイナ達三人が慌ててその場を去ろうとした処、メルが咄嗟とっさにリイナの腕をつかんだ。


「ま、また………える、よね?」


 さびしげな表情をリイナ達に寄越よこすメル。それを微笑と共にリイナは受け止めた。


いたい………そう思ってくれたら必ず。少なくとも私はそう思っているよ、じゃあねっ!」


 そう言い残すとリイナ達は元の白猫の中にかえり、闇夜の中へ姿を消した。

 然し実の処この白猫、その後も遠巻きにアスター等を追跡し続けたのである。


 ◇


 それからしばらくの間、ジオーネにアスター達の追跡を任せたローダ達一行を乗せた馬車は、未だリグレを救ったその場から動く気配すらみせていない。


「ねえ、この辺りって本当に秋なんだっけ? 何か暑くて仕方がないんだけど………。で、これから一体どうするつもり?」


 ルシアの訴える通り、今日は何故だか異様に蒸し暑い。一行は風通しの悪い馬車の中に身を潜めている。

 普通にしているだけでも不快であるのに、5人もすし詰め状態なので、さらに酷く悪化していた。


 薄着のルシアがその不快さを隠す気がまるでない。シャツを構わずバタつかせ、自分の大きな胸元蒸し所に風を送ろうとしている。


 そのあられもない姿、見て見ないフリをしているロイドとリイナの目がバチバチに重なってしまう。リイナのキッ! とした顔に泡を食ったロイドが背中を向けた。


本当ほんっとあっついわねぇ………。川が在ったら水浴びしたいよぉ………」


「ルシアお姉さま。これは余り言いたくなかったのですが………」


 もう一言告げねば我慢がまんならない。元来ルシアお姉さま肯定派のリイナであるが、この時ばかりは眉間みけんしわを寄せている。


 ルシアの「水浴びしたい」という台詞にビクリッと反応するのを止められないロイドが、自身の心の弱さを張っ倒したくなった。


「え、なあにぃ?」

「御結婚されてから、だいぶおろそかルーズになってませんかっ!?」


 相変わらずのボーッとした顔で受け答えするお姉さまルシアと視線は合わせず、強い口調のみで訴えかけるリイナである。


「へっ? 何の話ぃ?」

「………御自分の格好をよおく見返して、く・だ・さ・いっ!」


 リイナの言う「そういう処……」が本当に理解出来ないようだ。完全に立腹した妹分リイナが気持ちの丈をぶつけてゆく。


「えっ!? あ、あーっ、。家じゃこんなだから、何とも思わなかったよ」


「「えぇ………………」」


 思わぬルシアの返しにリイナとロイドの妄想が余計な仕事をはかどらせる。


 ローダさんとの日常がこうなの? 今度は思わずその旦那様ローダに視線を送るが此方も素知そしらぬ顔である。


((………も結婚したら、こんな風になっちゃうの!?))


 将来の結婚生活に一抹いちまつの不安を感じるリイナとロイドであった。


「この周辺は知っての通り、亡者が際限さいげんなく現れる。この際限なくというのが気掛かりだ。だからもう少し滞在して、それが扉に関連してるか探りを入れたい」


 リイナとロイド、若い連れ添いカップルの感じ方など何処吹く風といったローダが真顔で告げる。


 こういう場面の空気をえて読まないのか、あるいはそもそも読めないのか。ともかく気遣きづかうつもりは皆無のようだ。


「あの坊主猫ジオーネから何か気になる話を聞いてないのか?」


 此方は拳銃の手入れをしながらのレイである。やはり軽装には違いないのだが、武器の手入れに余念よねんがないからなのか。


 不思議とルシアのような男の気をまどわすような空気をかもし出してはいない。


「……今の処、彼等が動いたという話は聞いてない。ただ墓を荒らされているという少々気になるうわさがある程度だ」


「墓を荒らすっ!? 随分軽々しく言うが俺は気に入らねえな………」


 予定調和の如く、ボソリッとローダの口から出た言葉。その内容がレイの正義感を大いに逆撫さかなでしたらしく、銀髪の奥に潜む眉が吊り上がる。


 隣のルシアが、こんなレイは珍しいと感じ、緑色の大きな瞳をことさら丸くする。普段のレイは飄々ひょうひょうとした存在といった印象イメージが色濃い。


 けれども彼女の昔の仕事は警察官、正義感は人一倍強いのだ。人生というみそぎを終えた死体にむち打つやり口に此処まで腹を立てているのだ。


「………それもどうやら若い女性の墓ばかり、ジオも聞きづてらしいから詳細はあくまで不明だ」


 飄々としていると言えば、ジオーネからの報告を語り続けるローダの方は、全く以ってゆらいでいない。


「もしその噂が仮に正しいとしてだ。この間やり合った連中亡者達は、野郎も女も関係なかった筈だろう?」


「そうだ………。だから必ずしも関連があるとは限らないという話だ」


 レイの言っていることは正しい、なのでローダは、まだ慌てる時間じゃない。そういう気分で落着き払っている。


 ―………ローダ様。


「ん、どうしたジオ」


 不意にローダの心へ投じられたジオーネからの接触コンタクト

 丁度ジオーネからの報告について話をしていただけに奇妙な重なりタイミングだとローダは感じた。


 ―どうやら亡者達から、とある剣士を救ったようですね。


「……名前も場所も知れないのか?」


 ―これ以上近寄ったら、また(ヒビキちゃん)なんで………。


 亡者達、墓荒らしの噂、そして剣士………。所詮しょせん全てが点であり、繋がりの線など見えやしない。


 けれどもこの偶然の重なりに何かあるんじゃないかと勘繰かんぐりを入れたくなるローダであった。

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