《番外編第5話》 好き(Like)と好き(Love)

 馬車から降りた4人の少年少女達。何となくこの人達の存在を皆にバラしちゃいけないことを察したメルが、なるべく目立ちそうにない岩陰へと案内した。


「………そ、それはそうと、あなた達って一体どう……いう………」

「「「あっ………」」」


 メルの突っ込みに冷や汗………いや、このからだで汗などきはしないのだが、心の中では「この状況……如何にして……」と慌てているのは間違いない。


 さらにこの異常事態に気づいた一人の剣士が物陰から足音を立てずに近寄ろうとしていた。蒼氷アイスブルーの瞳を光らせて、既に右手は剣の柄を握っている。


「………ッ! パ、パルメ」

「シーッ! 少し落ち着ちつきいな………」


 剣士の方は勿論アスターであり、その肩をガシッとつかんで止めたのは褐色かっしょくの肌と服装サリーがトレードマークのパルメラである。


 文句を言いたいアスターの唇に人差し指でふたをする。


「何故止める?」

「いや、子供相手に短気はいかんて」


 一人だけ剣を抱えたまま地面に腰を下ろして目を閉じていただけのアスター。気が抜けない野営である。有事の際には飛び出せるよう、決して準備をおこたりはしない。


 一方考え事をしていたパルメラの方は、馬車の奥の方でウトウトしてはいたものの、余り寝つけずにいた。


「訳を話すから此処からちょっと離れよ。こっちの声も届いてしまうわ。アレ、確かにあやしいけど子供同士のたわむれやから、そんなに心配することないで」


「………判った」


 パルメラにうながされ話を聞くことにしたアスターである。割合横柄おうへいな態度を取りがちな彼女ではあるが、決して迂闊うかつな人間ではない。


 自分アスターの介入を止めてまで言いたいことがある。それはメルに突如降り掛かった驚きを振り払うよりも重要なことらしい。


「………で、どうした、何があった?」


「いや、それがハッキリ判らへんからどうしよ思ってな。そしたらさっきの猫騒動やろ? ただのかんも混じってる話なんやけど………」


 それからパルメラとアスターは、馬車の影に身を潜めつつ会話を始めた。


 パルメラの話によると本日の早朝、彼女の護衛達は、自分達より先んじて山小屋を出発した。だがその内1名だけ行方知れずになったそうだ。


 ただそれに関しては驚く程のことではないという。リグレというこの護衛、これまでにも何度か同じような前科やらかしがあるのだという。


 何故そんな頼りにならない者を護衛任務に就かせているのか、アスターにしてみればそれだけでまゆをしかめる話題なのだが、それはまあ良いらしい。


 何とこのリグレらしき人物が、目的地であるリビドの街外れで倒れているのを見たという情報を夕暮れ時、偶然に此方を通りすがった商人から聞いたというのだ。


 それも命からがら辿り着いて行き倒れていた様子ではなく悠長ゆうちょうに木陰で寝ており、御丁寧に毛布すら掛けてあったらしい。


「……せやから、これは誰かに送り届けて貰ったんに違いないんやろうけど、見ず知らずのもんがどうやってリビドに向かってんのを知ったのやら……」


 身振り手振りを交えながら、独特のなまりで訴えるパルメラの表情は、いつになく真剣である。


「それは確かに妙だ。しかも途中ではぐれたヤツが俺達を追い抜いて、先にリビドに着いているなんて……空でも飛べなきゃ出来ない話だ」


 パルメラの話に耳をかたむけながら、岩陰に居るメル達への気配きくばりも忘れないアスター。眉間みけんしわが寄っている。


 これはかなり突拍子とっぴょうしもない話である。その目撃者商人は……どう逆算しても夕方より前の時刻にリグレを見たということになる。


「せやろっ? そしたらさっきのけったいな白猫や、なんや可笑おかしなことが続くなあ思うて………」


「まさかっ………繋がりがあると?」


 これには聞き捨てならないといった変化を見せるアスターである。直ぐに立ち上がろうと腰を浮かせる。


「それが判らんから、ちょっと落ち着こうな話を聞こうってことや。まあ、悪い連中には見えへんし、もし何かあってもアンタの剣ならどうにかなるやろ?」


 良いから落ち着けとばかりにアスターのそでを引っ張るパルメラである。メルの前では「自分のことだ、自分で決めろ………」と放任主義であるアスター。


(……………ちょっとでええから、私にも向けて欲しいわ)


 これは焼き餅という程、大袈裟な気分振れ幅の大きいものではない。ただ何かにつけてこうも、メル、メルとなれば女として少々面白くない。


「どう………だろうな………」

「えっ………」


 此処で普段は余りお目に掛かれない、この男の複雑そうな顔をパルメラは目撃する。


「まるで得体が知れないものをあの三人から感じる………。ただ、何処どこか懐かしい気も」


 緊張、苦悶くもんと共に平穏へいおんも混ざっている何とも形容しがたい顔だ。


 一体何が正解なのか判らないといった気持ちを自分だけに見せてくれた気がして、不謹慎ふきしんと知りながらも顔が緩んだパルメラである。


「アスター? なんや………らしくないなあ、何を言うてるのか判らへん」

「ハァ……俺もだよ」


 人は同じ気持ちを伝えるのに相手が替わると違う態度で示す生き物だ。増してや年齢や性別が異なればより顕著けんちょになる。


 この男、恐らく新しい相棒少女には決して見せられぬ想い表情を自分だけにはそのタガを外している。


 そう思えたらまんざらでもない気分にひたれるパルメラなのであった。


 さて………メルを含む4人の少年少女達である。中々気を赦してくれないメル。

 そんなメルに自分でも良く判らぬ親近感を覚えるリイナ。


(どうしてだろう………)


 最初はそう感じたリイナであったが成程と、直ぐにに落ちた。


「ご、ごめんなさいね。いきなりこんな出会い、ビックリして当然だよ。私達のこの状態をしっかりと説明するのちょっと難しいから………」


 機転を利かせたリイナが出来得る限り簡単に、自分達のことをメルに説明した。私達はこの場に居る訳じゃなくて、この白猫が映し出しただけの言わば映像。


 実際には少し西の離れた処に居るのだが、この白猫を通して貴女の声も聞こえていると言ってみせた。


「エイ……ゾウ…」


 ただ困ったことにメルは余り字を知らない。映像とは? 先ずはそこから入らねばならないのだが、向こう側が透けて見える今の状態が映像なのだろと勝手に咀嚼そしゃくした。


「何しろこうやってお喋りが出来るんだし、せっかく歳の近い女の子に出会えたのだから私、メルちゃんと友達になりたいっ!」


 これが掛け値なしのリイナの本音なのである。彼女はこれまで一回りも歳が離れている者ばかりを相手にしてきた。


 勿論ジオーネとロイドという相手は確かに存在する。けれど同性で歳の近い人とお近づきになることはほとんど皆無。


 約2年間、戦いに明け暮れて終わってみれば地元ラファン復興ふっこうというもっと気をつかう大人の仕事が待っていた。


 大人達に重宝ちょうほうがられ、当人も決して悪い気はしなかったが、14~17歳にして友達がいないというのは実に不幸辛い青春だ。


「歳………歳かあ。言われてみれば奴隷だった私を助けてくれた人、9つも歳が離れているの」


 実に単純な話であるが、メルがリイナとの接点を見つけられ、ようやく心の鎖がほんのちょっとだけ解ける。


「え、え、その人って男の人? ひょっとしてメルちゃんが好きな人ぉ?」


 恋バナが始まるのを感じ取ったヒビキが興味深々の顔で勝手に割って入ってくる。確かに女子定番の話題であるかも知れないが忘れることなかれ、彼女の実年齢を。


 この割り込みにメルの顔が紅葉したかえでの如く朱色に染まる。けれど同時に何故だか顔すらうつむき加減になり、そのまま落葉するのでないかとすら落ち込む。


「……好…き、なのかな………。わ、私ってずっと奴隷で言われた通りにやってきたから、この気持ちが良く判らない………の」


 これを聞いたヒビキとジオーネは首をかしげ、リイナ一人が優しく「うんうん」とうなずきを返す。


 ヒビキとジオーネにしてみれば"好きLike"という感情に理屈がいるのかさだかでない。


 だけど今や恋人がいるリイナにしてみれば、"好きLove"をただのノリと勢いだけに任せたくない気持ちも理解出来る気がするのだ。

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