《番外編第4話》 超えてゆく者達へ送る応援(エール)

 亡者達を葬送する魂送りが出来る14歳の少女メルと白猫の姿をしたジオーネ・エドル・カスードが対面を果たしていた頃。


 一人ローダは、揺れる焚火たきびの炎にたきぎをくべながら酒を飲み、夜空の星々と葬送おくられた亡者達の魂を重ねていた。


「………ね、ねぇ貴方ローダ。私、ちょっと不可解に思ってることがあるの………聞いていい?」


 そこへヒビキを寝かしつけたルシアが背後からやって来た。寝かしつけた……と言っても実は今のヒビキ、普段と段違いでを決め込んでいる。


 これについての理由は、夫妻双方共に何となく理解していた。


「嗚呼………何だ?」


「その顔は、私がもう何を聞きたいか判ってるよね……」

「…………」


「ジオのことよ。リイナのお母さんホーリィーン、そしてジオーネ。二人共、死んでいたにも関わらず、私とヒビキで底上げした貴方の力で、現世にその意識を投影出来た………」


 それは最後の戦いのおり堕天使化だてんしかしたルシアとまだ腹の内に居たヒビキによって、ローダの能力を底上げし、亡くなった者達とさえ会話を可能にした際の話だ。


 三人から放出された緑色の輝きから成る粒子が、リイナ等、生きている者達の祈り願いが声だけでなく、まるで魂をよみがえらせたかのように触れ合いすら可能にした。


「………それが何故、今になってこの俺の力だけでジオーネを再び呼び出せるようになった?」


「フゥ………そういうこと。それにリイナにしたって、たったの一年でさらなる不死鳥の扱い方すら身につけた力を他人に分け与えた。この異常とも取れる発達は何?」


 やっぱり夫には、既に自分の言いたいことが判っていた。知れ顔で言い当てられ、ルシアが思わず深い溜息を吐く。


 焚火の炎が彼女の息に呼応して大きく揺れる。


「………正直ハッキリとは判別出来ない。いて挙げるならジオーネの場合、リイナの心根こころねで未だ生きていると俺が想像イメージ出来るように成れた」


成程なる……ほど……」


 ローダが己の頭を指差してジオーネは此処で想像出来ると身振りジェスチャーを交える。けれどもその顔は今一つ冴えがない自信のない口ぶりだ


「だがリイナの新たな能力を説明出来るすべを、俺も持ち得ない………ただ」


「ただ……?」


 リイナの成長については正答を知らないと告げた後、笑顔に転じたローダが炎によって照らし出される。


 愛する夫の顔をのぞき込み、その笑顔の正体を知ろうとする緑色エメラルドの瞳にも炎の色が混じり、形容しがたい美しさをそこにたたえる。


「これだけは断言出来る。リイナは俺よりも若い、そしてジオーネという天才と一つになった。所詮しょせん俺は……俺と兄さんはいしづえに過ぎない。必ず追い越す者が現れる」


 ………追い越される。それはさびしい胸の内である筈なのに、この男は屈託くったくのない笑顔で白い歯を見せる。


 この女に取ってこの世で一番好きな可愛い顔なのだ。そしてどれ程優秀な画家が模写もしゃを依頼しても同じように胸打つ絵画が出来ることは決してない。


 自然と左側に寄り添い、愛しい者の肩に自分の頭をゆっくりと載せる。


「…………そうか、うん。そうよね、人間は進化するんだ。きっとこの先も」


「だな………俺達のヒビキみたいに」


 焚火をかこうには少々蒸し暑い熱帯夜なのに、火の暖かみとはまるで異なる、肩から伝わる夫の温もりがとても心地良い。


 加えて「俺たちのヒビキ……」という惚気のろけと親馬鹿を含めた物言いに、幸せで胸が一杯になるルシアであった。


 ◇


「ニャニャッ」

「シーっ、静かに。他の人は皆寝て………!?」


 同じ馬車の奥の方では、他の仲間達がスヤスヤと寝息を立てているのだ。突然の愛らしい来訪者は嬉しいが、疲労し切った連中への配慮をメルは忘れていない。


 けれどもそんな心遣こころづかいを吹き飛ばす出来事が眼前に現れて声を失う。


「だ、誰!? 一体何処から入って来たの?」

「………え、わ、私の姿が貴女には見えるのですか?」


 それは銀髪で白い司祭服を着た女性であった。歳は自分より少し上だとメルは感じた。けれど丁寧ていねいな敬語で応じられた。


 白猫の背後に突如、何処からともなく出現したのは一人だけはない。さらにスーッともう一人、長い金髪でブレザーを着た女の子も現れた。


「あちゃ~………不死鳥の力を使ったリイナさんまで連れて来ちゃったぁ……ま、良っかいっか


「いっかじゃないよぉ……ヒビキちゃん、あれだけ目立っちゃいけないってパパローダに言われてたでしょ……ハァ……」


 自分のひたいをピシッと平手で叩き、悪戯いたずらじみた舌を出すヒビキと呼ばれた少女である。


 その隣で呆れ顔のリイナが頭を抱えて溜息を吐いた。二人共、やたら流暢りゅうちょうに喋るが鏡像のように薄っぺらい。馬車のほろが透けて見えている。


「ニャッ!?」


 加えて白猫自身からも人影が立ち昇る。あどけない顔、自分メルよりも歳下そうに思えた。背すら小さいかも知れない。


 金髪と特徴的な色違いの瞳。頭からスッポリと被るように着ている緑色の司祭服が明らかに大き過ぎてサイズオーバーそでになっている。


「ありゃりゃ!? ま、まあリイナさんすら呼び込んじゃたんだから、当人猫の中身が出て来ても不思議じゃないよねぇぇ………」


 ヒビキが明らかにやり過ぎたという顔を隠そうとしない。だけど引っ込むつもりもないらしい。


(………に、二年振りのジオ!?)


(………これがエドルの大司祭、不死鳥フェニックスのジオーネ君かあ………)


(………子猫から人が三人も出てくるなんて、一体何が何やら。でも………)


 ヴァロウズ6番目の鬼女オーグリスであるセインと、戦って以来に見るジオーネに興奮を抑えきれないリイナ。


 一方、意識で感知こそしていたが、こうして姿を見るのは初めてのヒビキ。


 加えて言うまでもなく実はであったと知った驚きのメル。


 三人の視線がおさげな唯一の男の子に、自然と集中砲火を浴びせてゆく。


(((……………可愛いィィッ!)))


「…………えっ!?」


 三者三様である出会いの形だが、その姿に対する感想は、少しのズレも生じることなく完全に一致した。


 寝てる者を引きり出すのも奇妙な話だが、此処に4人目パルメラがいても同じ想いをいだいたかも知れない。


 暑い暑い、常夏とこなつのように暑い視線を感じたジオーネが思わず顔を引きらせた。


「と、とにかく皆を起こしちゃいけないから、表に出よっ」


 どうにかこうにか冷静な声を絞り出し、メルが皆をそううながす。


 背後の仲間がまだ寝ていることを確認しつつ、先ずは自分からソーッと馬車を降りるのであった。


 此処はメルの指示に素直に応じ、リイナ、ヒビキ、ジオーネの三人も下車を続けてゆく。もっともこの三人が出す物音は、白猫の歩く音と首輪の鈴くらいなものだ。


 シャラリ……。


(………っ?)


 その異様な音がかもし出す雰囲気ふんいきにリイナの顔が色を失う。


 メルの足元をギュッとがんじがらめにしている鉄製の足枷あしかせが奏でた重苦しい音。


 そんなリイナの視線を、痛いと感じたメルがうつむくのは仕方のないことであった。その変調を見逃す程、リイナは悠長ゆうちょうしてない。


不躾ぶしつけですが貴女のお名前を聞いても良いですか? さっきのやり取りでもう察したかと思いますが私はリイナ………リイナ・アルベェラータと言います」


「あっ、あっ、ご、ごめんなさい。余りに突然過ぎたから忘れちゃってた………。メル………です」


 いきなり足枷本題には触れず、先ずは作法から入るリイナである。


 これは育ちのしに関係なく当たり前の行動だ。笑顔で相手の緊張をほぐそうとする気遣きづかいも忘れない。


 一方自分の名前を答えるだけの至極簡単な作業に、少し後ろめたさを感じてしまうメルであった。

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