《番外編第3話》 過剰なる追跡"者"と少女の邂逅

 メルの葬送が無事に成功をおさめた最中、ローダが一人、途方もないを見たといった顔をしていた。


(………あ、アスター・バルトワルド!? まさか彼も同伴どうはんとは?)


「ど、どうしたの貴方? 酷く驚いた顔して………」


 夫が余りに複雑な顔色で自分の黒い瞳を手でおおっているものだから、隣にいる新妻ルシアが不安気に声を掛けてゆく。


「あ…………い、いや、何でもない。おぃっ、リグレ。お前の主人……パルメラらしき人物を探知した」


「えっ………ほ、本当ホントですかァァッ! ぶ、無事で良かったァァ……」


 変わらずの泣き虫顔で主人の無事にほころぶリグレ。無事も何も、此方の使えない護衛の方が余程あやうい。


「こんな嘘をついて俺に何の得がある? リビドって街に向かっているな。当初の約束通り、そこで落ち合う手筈なんじゃないのか?」


 見つけた連中から得た情報意識を伝えながら不思議そうな顔をするローダである。


 よくよく考えてみたら可笑おかしな話だ。確かに先方に万が一という事態も無きにしもあらずではあるが。


(………実は合流する気がなかった逃げ出すつもりだった? いや、流石に考え過ぎか………)


 いっそのことリグレの深層意識すらのぞいてしまえば済む話なのだが、そこまでする義理も目的も見出せなかった。


「………リイナ、頼む」

戦之女神エディウスよ、この者等に心安らかなるときを『天使之休息レソデンジェロ』」


 ローダが「頼む」と真顔で告げただけで、その意志をみ取ったリイナは、戦之女神エディウスへの奇跡を捧げる。


「あっ、あ、あ、………あれ?」


 突如リグレがクラッと意識を失い、固い地面にうつ伏せで倒れそうになる処をロイドが支え事無きを得る。


 リグレを交易町リビドまで運ぶだけなら何も眠らせる必要はない。部外者には余り見せたくない力を行使こうししようといった処か。


「………AYAME Ver2.1アイリス


 加えてローダが緑色の輝き真の扉の力を使うべく、最早言う必要がない言葉をおごそかに告げた。


 リイナが懸命になって綺麗にした例の白猫のいぐるみをギュッと胸にいだいている。ローダの散らした光達がそれをグルリッと取り囲む。


「…………ニャオォォォンッ!!」


 ただの縫いぐるみであったソレが、同じネコ科でも百獣の王ライオンみたく大袈裟おおげさいななきと共に解き放たれるその目を開く


 リイナの胸から跳び出すと、力強く地面を4つの脚で踏みしめ、全身をブルブルと震わせた。


「……リスベギリアト・フェニス、さあ私の中の『不死鳥フェニックス』よ、その翼を与えなさい」


 さらに詠唱を続けるリイナ。不死鳥という言葉ワードが混じっている位なのでそちらにちなんだ力であることは想像に容易たやすい。


 だがこれまで耳にしたことがない内容であり、何しろリイナが「…与えなさい」と告げたことが少々異質。目覚めた白猫へ自分の右手を向けているのだ。


「ニャオォォォンッ!!」


 白猫に天から一筋の赤い光が降り注ぐ。大きく開いた口で嘶き、自らを鼓舞こぶすると純白であった全身が炎をまとう。


 次第にからだ大きく凛々しくなってゆく。


 ネコ科の猫であった筈のソレが、やがて本物の獅子ライオンの如きサイズに姿を変えた。加えてキマイラのような翼すら背中に生えてきた。


っ!」

ひっさしぶりですね!」


 燃え上がったままの背中を意にも介さず抱き締め、再会の喜びを全身で表現するリイナである。


 当然のように互いの名を呼び捨てるのをの当たりしたロイド本彼が、ほんの少し不機嫌な顔になった。


「再会の喜びの処をすまないがジオ、この娘リグレを此処から東方とうほうにあるリビドという街の外れに運んでくれ。くれぐれも目立たないようにな」


「はいっ!」


 頼り甲斐の塊と化したこのジオーネには有り余る依頼内容であろう。いて言うなら「目立たないよう………」の方が難しい。


「その後は若干西方せいほうへ戻り、猫の姿へかえってからアスターという男が居る連中に探りを入れて欲しい、金髪で蒼い目の剣士だ……やれるな?」


了解copyニャ………じゃない、了解copyです!」


 猫癖の語尾をハッと改め、返答を言い直す。YESをcopy態々わざわざ言う辺り、レイのやり口を気に入り真似してるに違いない。


 グッタリしているリグレを無造作に乗せたジオーネが炎を翼を広げて青い空へと駆け昇ってゆく。


 そこへ自分ローダが与えたものではない緑の輝きが衛星のように取り巻いたのに気付いた。


(ハァ……、ヒビキ………)


 父が気付いた時にはもう手遅れ………まあ何を言っても曲げない処なんか、自分と瓜二つなのでどうしようもなかった。


 ◇


 同じ日の夜………無事リグレをコッソリとリビドに送り届けたジオーネ。


 ローダの指示を忠実に守り、アスター・バルトワルドとその連れ、メルや褐色の商人パルメラ等の一団を見つけていた。


 昼間、魂送りをやり遂げたメルは、馬車の中で安らかに眠っている。


 煮え切らない蒼き瞳アスターと、未だ元・奴隷という負い目を背負うメルの背中を押したい。


 聞こえは良いが、そんな理由で未成年メルに酒という大人の薬悪戯を仕込んだのが、ニヤついているこの女、パルメラなのだ。


 お陰でようやくメルは、アスターの武骨な手に自分の手を重ね合わせ「私が眠るまでそばにいて……」と14歳なりの勇気を絞り出すことが出来た。


 白猫となったジオーネが、人に気づかれないよう、抜き足で忍び込む。既に夜半を過ぎて、他の者達も旅の疲れと相重あいかさなり、睡魔に取りかれていた。


「ン………」


 一方、酔いに任せての睡眠というものは実の処、浅いものだ。誰よりも先に寝ていたメルが月明りにいざなわれ、馬車の中でその小さな躰をゆっくり起こす。


 チャラリ………。


「…………」


 彼女の足元で無粋な音を奏でる楽器の正体は、元・奴隷の証である頑強がんきょう足枷あしかせと鉄のくさりだ。


 それらは今のメルにとって忌々いまいましくもあるが、お陰で希望アスターを見つけるきっかけにもなった。


 けれどそれは仕えし者が入れ替わっただけ? 誰かを頼りたい従っていたい……どうあらがってもそんな奴隷根性が頭をよぎる。


 アスターへの想いが好意であるとするのならば、この重い足枷すらこもった契り指輪にすら感じてしまう……。


 チリンッ。


 メルの足枷と明らかに異なる軽やかな鈴の音が、馬車の外から聞こえてきた。


「あれれ? 可愛い子猫ちゃん……何処からまぎれて来たのかな?」

「ニャア……」


 地面にチョコンと座りメルを見ている白い子猫の首輪の鈴が奏でた音であった。夜空に浮かぶ白い月に負けぬ程、白い毛並みを輝かせている。


 メルが両手を差し出し「おいで……」と誘うよりも先に猫の方が、軽快な足並みでピョンと馬車の中へ飛び込んで来た。


 この白猫、語るまでもなくジオーネが化けた姿だ。


 完璧に猫を演じきっているので隠れているより、むしろさらに人なつっこくじゃれることで、メルの警戒心を解こうという魂胆こんたんである。


「わわっ!?」


 思っていたのより早く自身の元へ飛びつかれたので狼狽うろたえながら、後ろに倒れてしまうメルであった。


「ニャッ」


 ちょっとやり過ぎではないか? そう思える程、猫が初対面の少女に猫撫で声を出しながら寄り添ってゆく。


 尻尾しっぽをブルブル震わせるのも、相手に好意を持ってる証。此処までは可愛い子猫と少女がじゃれ合うごく当たり前の光景であった。

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