《番外編第2話》 葬送の輝きの内に馳せるそれぞれの想い

 例え全てを命中させずとも! 拳銃使いの面子メンツけたレイの乱れ撃ち。二丁の拳銃が一斉に火を噴いた。両手撃ちなので必然的に手綱たづなを手放す危険すらおかす。


「ヒィィィッ!? な、何これェッ?」


 外れた銃弾が流れて女が潜んでいる木の幹をいくらかつらぬく。先頭を往く亡者達の手足を破砕はさいし、見事その進撃を防いでみせた。


 一方亀のように隠れたままの女からは、相変わらずのどうしようもない絶叫が続いた。


(……此方を向いたな。やはり奴等にはが存在する!)


「向かって来るぞっ、リイナ、ルシア!」


「了解ですっ!」


「言われるまでもないよっ! 風の精霊達、私達に自由の翼をっ!」


 ローダの呼び掛けに呼応し、勢いよく馬車から出撃してゆくリイナとルシア。ルシアが自分と妹分に、風の精霊術を付与エンチャントしたのだ。


 目に映らぬ翼を広げ、うるわしくも勇気ある女性二人が真っ先に、敵中のド真ん中に飛び込んでゆく。


 武闘派のルシアはともかく、元は司祭のリイナですら両拳を強く握った拳を上げて、背中合わせで凛々りりしく構える。


「ハァァァァッ!」

「ハッ!」


 まるで慈悲じひを持ち得ない拳を亡者の全身に浴びせ掛けるルシアは通常営業といえるのだが、なんとリイナですら、ほぼ同じような威力の拳を散らしてみせた。


 不死鳥フェニックスによる肉体強化を手にしつつも、武術の方はからきしで、持て余していた彼女だったが此処にはもう居ない。


 不死鳥の助けなぞ借りなくても亡者の身体に風穴を開けてゆく。最早これは司祭というより修道僧モンクに近い。


「良しっ! 俺達も往くぞ、ロイド!」

「お、おうっ!」


 片手剣ロングソードのローダに続けとばかりに馬上のロイドが気合で応える。手にした武器は短めのメイスだ。

 得物の長さこそ落ちるが、その分振り回しのしやすさに特化している。


 このメイス、先端にはハンマーのような重みと共に、小さいがナタの如き刃を秘める特注品なのだ。


 ロイドは自身の非力さをおぎなうべく、この武器だけにこだわり、これまで修練を欠かさなかった。


 だから亡者くらいに遅れを取るようなてつは踏まない。手首の無駄な力を抜いて武器の自重に任せたやり方を見出した。


 馬上の高さと勢いも存分に活かし続々とぎ払う。流石にローダには及ばないものの、この面々の足を引っ張らずにきちんと自身の輝きぶりを残していた。


 アドノスでの神がかった争いを生き抜いた彼等である。ただの亡者であれば、20だろうが30だろうが誤差にすら値しない。


 …………ただの亡者であればの話なのだが。


 あと相手は死してなおうごめいている連中だ。いくら打とうがバラそうが操る紐がなくともフラリフラリと立ち上がる憐れだが、少々厄介やっかい傀儡くぐつ達。


(……蒼氷アイスブルーの瞳の男……か)


 おぞましき彼等を見ながらローダが4年前に想いをせる。それは実に強靭きょうじん撤退退くことを知らぬ男。


 その名を『アスター・バルトワルド』という。


 どれだけ斬って捨てようが向かってくる亡者の群れをただの一人で取りかれた狂人のようになますきざ強者つわものであった。


 その壮烈そうれつぶりと、彼の相棒で葬送の歌い手である『ルリア・エインズワース』に付いた呼称が『防国ぼうこく双璧そうへき』であった。


 なれど哀しきかな、今や護る国自体が消えと化したむなしい結末までローダは知っていた。


「リイナっ、後は任せたっ! レイはリイナの援護えんごを頼むっ!」

了解copy!」


 一旦、昔の思い出を振り払うとローダは、リイナとレイに鋭い声で指示を送る。


 レイがリイナに喰って掛かろうとする亡者共に鉄のを喰わせて引き下がらせる。薬莢やっきょうが次々と宙を舞い、火薬の香りが辺りにただよう。


「……戦之女神エディウスよ、アン・モンド・プリート。この者達の魂を在るべき世界へ『救世サルベザ』!」


 戦之女神エディウスの奇跡………本来はゾンビなど魂を持たぬ者をそらへとかえ御業みわざだ。


 1年半前にフォルテザ砦を襲撃されたおり、ヴァロウズの屍術師ネクロマンサーであるノーウェンによって召喚されたジェリドの戦友バルトルトを葬送かえした術だ。


 果たして………リイナの救世サルベザは、此処の亡者達にも通用した。薄緑色の光がまるで蛍の光のようである。


 この国の青い、何処までも青い空に天へと帰る道を見つけたらしく、こぞって並びながら昇って消えた。


「終わったな、やっぱこの嬢ちゃんリイナには適わねぇ……」


「そ、そんなこと……ないです」


 役目を果たしてくれた相棒の銃口にフゥ……と息を吹き掛けておどけてみせるレイである。リイナが顔を赤らめて自身の未熟さをアピールする。


「いやいや、本当に大したもんだよ。ちゃんと我流じゃない武術をみがいてきただけのことはあるわ」


 ルシアがまるで争いなどなかったかのような優雅ゆうがさで自身の美しい髪をかき上げながらリイナのことをめちぎる。


 フォルデノ城内で武術家を育成している本物のムエタイ使いから、このうら若き少女が指導を受けているのを知っているのだ。


「そして実におごそかな葬送だった。アレなら亡者達の魂も浮かばれるだろう。本物の魂送り歌と踊りさながらって感じだった」


「ろ、ローダさんまで……からかわないで下さい………って、本物の魂送りを見たことあるんですか?」


 普段無表情が過ぎるローダでさえも、リイナの奇跡の結実けつじつを絶賛する。これはからかいの欠片かけらもなく真剣な思いからきている。


「あ、嗚呼………。もしかしたら見られるかも知れないな」


 ローダの応答には何やらあやしげな含みがあったが、それをどうこう言う者はいない。


「あ、あ、あ、ありがとうございましたァァァ………」


 号泣………あふれ出る嗚咽をまるで止めることが適わぬままの姿で、ようやく女がその姿をあらわにする。


 身長が低くベリーショートの黒髪、おまけに甲高い声も含めて子供に間違えられそうな人物であった。


「い、いや、無事で良かった。しかし何故こんな僻地へきちに独りだけでいたのかたずねても良いか?」


 泣いている子供を慌ててあやす大人のような口ぶりでローダが質問してみる。


「ひっ……ヒック、も、勿論何でもお答えします。わっ、私の名はリグレ。パルメラという、ひっ、人の護衛だったのですがァァ……は、はぐれてしまってぇぇ……」


「ちょ、ちょっと落ち着きなよアンタ………」


 変わらぬ嗚咽おえつ混じりの声で、自分の名前はおろか、主人であろう者の名すら漏らしてしまうリグレというこの女性。果たしてこれで護衛が務まるのであろうか。


 その目に余る痛々しさぶりに普段は、口の悪いレイですら持て余してしまう。


(………パルメラ? 何処かで聞いた覚えが。まあ仕方がないから探してやろう)


 ローダが自らの意識を四方へ飛ばす。リグレの意識を辿れば、その主人か彼女の同僚を見つけることなど彼には容易たやすい。


 ◇


「………聖なる浄化の焔フェアリー・シャイン!」


 丁度その頃、アスターとその一行が、亡者の群れを蹴散らした上で、まだあどけない少女の歌と踊り魂送りにより、無事に浄化を果たした処であった。


 美しい薄緑色の光の球が飛び出すのをその目に焼き付けたメル。「私は人でなく奴隷………」と言いよどんでいた彼女が初めて成功した本物の魂送りの瞬間である。


 昇ってくその光を見上げながら、今は亡きもう一人の双璧女性の名を、アスターの口が勝手につむぎ出す。


 だがさらにその時、視界の端々はしばしを流れる緑色の輝きに奇妙な違和感をいだく。葬送した魂と酷似こくじした光で在りながら、明らかなせいを感じた気がした。

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