第7話 決着

 ローダの炎の爪ヒートニードルで腹を斬られてしまったルイス。そのローダの方は、光の束ビーム刃で長さをおぎなった金色のレイピアを右肩に受けた。


「……ろ、ローダッ!」

「る、ルイス様ぁッ!」


 その痛々しい愛する両者を黙って観ておれずに、遂に悲痛な声を上げる金髪のルシアと黒髪のフォウである。


 此処まで互いを殺すことなく、ようやく辿り着けたのである。よもや間違い行き過ぎを犯すとは思っていない。


 けれど、そもそもやり合う以前からボロ雑巾な二人だったのだ。それがこれだけ張り合っているだけで危険なのも確かだ。


 このおろかな男二人の無事を祈っているのは、二人の美女だけではない。


 短めの金髪をらしながら目をうるませるルシアにも、長髪の黒髪を地べたにらし、したたかに涙を流すフォウにも、それぞれ約3ヶ月の命が宿っている。


 まさかはらんでいる子供達が、父親同士で殺し合ったことを知ろうものなら、扉を開いた人間の進化なんて、どうでも良い酷い話とちてしまうに違いない。


「………だ、大丈夫だ、ふ、二人共」


「父さんっ!」

「さ、サイガン殿っ! だ、だけどアレでは………」


 そんな未だ母に成りきれていない二人へ声を掛ける老人サイガンが一番、危うい息を切らしている。


 最早吐血したものをぬぐうことすらあきらめ、リイナに支えられながら最期の命を燃やしていた。


「………お、お前達が心の底から愛した男共だ。そ、そこまで馬鹿では、な……い。ただもっとズダボロになって帰って……来る、から、はぁ………受け止めてやれ」


「…………う、うんっ」

「…………は、はいっ」


 サイガンにさとされた女二人、涙混じりだが強くうなずき、再び自分の男達に視線を戻す。


 一体何を仕出しでかすかは不明だが、次が最後の一手になる。いや………なって欲しい、なって下さい、どうかお願いします………。


 ルシアもフォウも、互いのへ祈りを捧げた。


 他の連中は、声を出すのもはばかって固唾かたずを飲んでただ見守っている。


「ま、まさか僕を此処まで追い詰める………とは」

「ま、負けは……しないッ!」


 次が互いに最後の手出し、だから様子をうかがいつつ慎重に手を出してくる。少なくともルイスの方はそう決めつけていた。


 だがローダの方は、惜し気もなくその最後の攻撃ラストアタックを仕掛けてきた。


 ルイスが相手をあおっているのか、あるいは本気で驚いてるのか、どうも要領を得ないことを告げた後、「負けはしない」の勢いに任せて先手を放つ。


 逆手で握った右の脇差わきざしつかでまたも殴るような一撃。ただこれまでと異なるのは、その柄から緑色の光で構成した刃を拳と共に振るったことだ。


 とてもコンパクトに素早く振り抜いたのである。この二人の争いで最速だと思える程に。


(……しまったっ!)


 これにルイスが金色のレイピアで斬り結ぼうとする。いや、正確にはそうせざるを得ないと感じ、仕方なくやっている。


 ローダの右をレイピアで抑えたが最後、次は間違いなく左のダガーで勝ち確の攻撃を仕掛けて来るに決まっている。


 けれどもこの右はかわすことが出来そうにない程に迅速じんそくだ。ルイスに取っての後の先を封じるための会心の手出しだ。


(え………)


 その刹那せつな、自身のレイピアにし掛かる筈の重みが完全に失われ、ルイスの気が動転する。


 脇差の柄から伸びていた筈の光の刃が、フッと姿を消してしまったのだ。

 防御一辺のためだけに剣を出していれば良かったのだが、相手の攻撃を抑え込もうと力を込めて振り下ろそうとしていた。


 それ程にローダの右は神速と認識し、必要以上に力を込めてしまったのである。


「グハァァッ!?」


 全身をばねにレイピアを全力で振り下ろしたルイスの首が下がる。それも丁度ローダが振り抜こうとしている右拳と柄の所へ。


 後はもう自然ナチュラルなカウンターだ。柄の重みも加えたローダの拳が、ルイスの綺麗に整った顔を大いにゆがませる。


 然も運悪く柄の先が顎先あごさきとらえ、頭蓋ずがいに浮かぶ脳をこれでもかと揺さぶった。


 拳闘を得意とするルシアですら、思わず自分の拳を握り締め、相方の勝利を確信した。


 余りにも天晴あっぱれな一打であった。首から身体毎噴き飛んで、成すすべなく地面にダウンしようとするルイスである。


 だが勝利の一撃を決めたローダ自身も苦痛の表情で倒れてゆく。やられたルイスが仰向あおむけになるその上へ、おおかぶさる感じでうつ伏せにだ。


「ろ、ローダッ!」

「る、ルイス様ッ!」


 これはもう勝負あり。流石に助け舟を出しても構わぬというか、そんな深い考えより先に身体が勝手に反応し、二人を救いに駆けるルシアとフォウであった。


 自分まだこんなにも動けたの? それぞれの反応速度と身のこなしに驚くルシアとフォウ。互いに愛する男を受け止める。


 フォウがルイスより先に倒れる筈の地面に滑り込み、その上に絡まるように往くかにみえたローダの間に、ルシアが割って入ることがかなった。


「………よ、よくもよくもだましたなっ!」

「……だ…ま……した?」


 フォウに受け止められたまま、かなりみっともない様子で、大いに文句を垂れるルイスに対し、ルシアに支えられたローダが身に覚えのない疑問の顔を向ける。


「だってそうじゃないかっ! あの柄から伸びた光の刃で斬り付けた後に左のダガーで二段構えっ! そう思い込ませるための布石じゃないかっ!」


 したたかに殴られ口から血をき散らすのもお構いなしで、苦情を吐き捨てるルイスである。どう転んでも負けなのだから、これは格好がつかない。


「しかもそう思わせておいてから光の刃を消して殴るッ! 何てふざけたな勝ち方を演出するんだっ!」


「………………違う」

「何が違うっ!」


「あの光の刃は、あれ以上出していられなかった………」


 勝利したローダの声の方が余程小さく、勝者らしくない態度だ。負けた腹いせに怒るルイスの方が余程勢いがあった。


 けれど相変わらずのボソッとしたつぶやきで真実を聴いたルイスの顔が途端とたんにどんよりと曇り、鋭かった目からもすっかり生気が失せてしまった。


「た、ただの………ぐ、偶然の重なりだって言うのかいっ?」


 フォウに支えられながら、グッタリと全身の力が失われてゆくルイスである。それに対し、これも頼りなくコクリッと無言でうなずきだけを返したローダだ。


「ぐっ………。こ、これ折れてるな」


 此処で気が抜けてようやく気がついたのか、殴った自分の右手が骨折したことに気づいたローダであった。


 サイガンの予言通りにズタボロになった二人を一斉に笑い飛ばす周囲の連中がいた。


「お、お前本当ホンットに天然の塊みてえな野郎だなァァッ!」

「ま、らしいっちゃあらしいですねっ! 然しラストで一番すさまじいのをっ!」


 腹を抱えて引き笑いしながらローダの事を指差しているレイの銀髪が大きく揺れ動く。

 息をするのも辛そうである。


 いつの間にかその隣にいたドゥーウェンも同様だ。闘いの場に相応ふさわしくない黒いスーツ姿を着崩してしまう程に。


 ローダとルイスを心底心配しているルシアとフォウ以外が皆、これ迄溜まりに溜まった緊張を噴火の如く、一斉に吐き出した。


 死に際の老人を支えるリイナですら、自分の不謹慎ふきんしんさを覚えながらも身体を揺すって笑うのにあらがえない。


 ―嗚呼……皆、笑っておる。これ以上の幸福なぞ在りは……しな…い…。


 老人は全てに満足し、黙って静かに逝くつもりだった。だが当人すら知らないうちに接触コンタクトを発動し、心の声を遺言にした。


「と、義父と…う……さん?」


 気づいたローダが顔を上げ、声の主を丸くなった目で見つめる。

 皆の笑い声もピタリと止んで静寂せいじゃく悲愴ひそうがその場を一気に支配してゆく。


「「父さァァァんッ!!」」


 血の繋がりがない義理の息子と、やはり血は異なる創られた娘が号泣のうちに葬送した。

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