第6話 本質に老人が笑う

 技を繰り出す瞬間だけ、己の扉の輝きを発しながらやり合う両者。

 これまでとは、また異なる力の使い方を周囲に見せつけるローダとルイス。


 再び脇差わきざしとダガーの二刀に返ったローダと、金色のレイピア1本に此方も返ったルイス。


 加えてそのまま制止した時の中を探り合いしていた二人であったが、此処でローダが変化を付けてきた。


 右手の脇差も逆手握り、言わば彼の持つ刃先は、何れも自身を向いている状態となった。


 さらにその剣を握る両拳で、まるで拳闘士の如く相手に殴り込みをかけてゆく。腕を振るう時だけ、例の緑色の光が散る。


 まるでガロウの示現我狼じげんがろう櫻打乱麗おうだみだれ』に酷似こくじしたやり方でルイスに押し迫ってゆく。


 相手側のルイスにしてみれば刃より先に拳が届くのだから、いっそのことレイピアで受けてそのまま斬って捨てれば良い気がする。


 だがルイスの危険を察知さっとする何かがそれをこばんだ。避けることに注意を払いながら、相手が大振りになった処へレイピアを叩きこもうという腹づもりか。


 それから突っ込んで来た拳の後ろに切れ味鋭い刃物の軌跡きせきが付いて回るというのは、少々やり辛さを感じた。


(………これならっ!)


 ローダが右拳に腰のひねりも加え、少々大振りになった処をかわした。これでルイスがローダの右真横を陣取れた。ローダの右手は脇差日本刀なので片刃。


 返す刀があったとしても両刃じゃないから、飛び込んでも斬られはしないと踏んだ。


 そこへレイピアの三段突きを赤い輝きを帯びた状態で放つ。最低でも相手ローダの右肩はいただくつもりだ。

 三段突きだが、素人が見る分には、一度の突きに映る程に速い。


「グッ!? ば、馬鹿なッ!」

「…………」


 けれどルイスの狙いは完全にアテが外れた。それ処か自身の腹の皮一枚を、何か酷く熱いものに斬られた感覚を受ける羽目におちいってしまった。


 驚愕きょうがく屈辱くつじょくが入り混じる叫びをあげて、腹を抑えて一歩後退したルイス。


 一方裏をかいたローダの方は、だんまりしたままポーカーフェイスである。


 ローダの右肘みぎひじから赤くたぎる針状の物が突き出していた。

 これはルシアも使ったヒートニードルと同じたぐいのものであり、小手の中に格納してあった暗器である。


「る、ルイス様ァッ!」


 腹から血をれ流し苦悶くもんの表情を浮かべるルイスを見て、愛するフォウがくずれた顔で叫んでしまう。当然の反応だろう。


「………フォウ、男同士の戦いに口をはさまないでくれ。僕はまだ戦える」

「し、しかしっ!」


 実に痛々しいが恐らく内臓には達していないのであろう。むしろその目には、さらなる決意がみなぎっている。


 フォウとて一級品の戦士を愛した女である。胸中こそ穏やかではないが、それ以上しゃしゃり出る無礼はしない。


「それにこれで終わったなどと思われては腹立たしいからねッ!」

「…………っ!?」


 次は傷を負ったままのルイスの方から向かって往く。両手で握っていたレイピアを左片手に握り直し、ローダに向かって半歩踏み込む。


 片手握りとなったことで、その分、全身を使えるのでリーチが伸びたレイピアがローダに襲い来る。


 だがそれでも切っ先は、届かないと受けるローダの方は踏んでいた。


「グワァッ!? な、何だと?」

「フフッ……。ようやくその驚いた顔を引き出せたよ」


 今度こそローダの右肩に深々とレイピアの鉾先ほこさきが突き刺さった。けれどレイピアそのものは、ローダの目算もくさん通り届いてはいない。


 現に右肩から血を噴き出しているというのに、レイピア自体が刺さっていないのだ。

 だけどもやられたローダ自身は、流石に何が刺さったのか理解していた。


 レイピアの剣先から赤い輝きが伸びて光の剣を成し、それが自分をつらぬいたのだと。


 ローダ自身、初めてマーダと戦ったおり、折れたロングソードを赤い輝きでおぎなって民衆軍側で初の怪我を相手マーダに負わせた。


 アレと同一のことを今度はルイスがやってのけた。結果だけならただそれだけのことであった。


 ルイスがお構いなしに再びローダへ突きを見舞う。今度は赤い輝きがさらにリーチを伸ばす処を観ている誰もが確認出来た。


 光の集合体で出来た剣、こんなものはかわす以外の選択肢など在りはしない。観ている連中の誰もがそう確信していた。


 ブンッ!


「な………に!?」

「成程、あのビームの刃を形成けいせいしている正体が判ったよ……」


 驚いて目を見張みはっているのは、元二番目の学者であるドゥーウェンだ。


 続いてやり合う二人の様子からに落ちた態度で口を開いたのは、命が今にもきそうなサイガンであった。


 ルイスの赤い光線ビームで延長された刃は、ローダの左肩を狙っていた。右の次は左も落とし、攻撃不能にして勝利を我が手にという意志を載せた一撃。


 だがローダが逆手に握ったダガーが下から跳ね上げ、これを阻止そししたのである。


 もう言うまでもないだろうが、此方のダガーも光を帯びていた。緑色の輝きをだ。


 けれど光と光、これが交わった処で互いの動きを止めることなど出来る筈がない。だからドゥーウェンの方は、想像の上を往かれて驚く羽目になる。


 然しこの光、もし物質が放つものだとしたら………。この輝きの本質は、互いからあふれ出すナノマシン達が輝いていたのである。


 無数のナノマシン達が収束しゅうそくして刃を形成したのだ。よってそれらがぶつかり合い、まるで通常の剣による争いと同じ結果が生じた訳だ。


 薄れゆく意識の中でもこれを認知出来たサイガン。彼の立場であれば、判ることがむしろ必然と言えた。


 扉を開いた者達が出すこの特有の輝き。これがそれぞれに意志を持つナノマシンであれば、相手の意識に入り込めたり、死した者すら具現化ぐげんか出来るのも説明がつく。


「………ま、アレだ。まるで何処かで粒子アニメみたいだのう」


 独りサイガンは、そう告げると思わずクスリッと笑ってしまう。かつて若き日の自分があこがれつつ視聴していた空想上の物語。


 それを自分が創ったAYAME達が形にした。これが笑わずにいられるものか。とどのつまり人間が創ったモノが、憧憬どうけいした世界を構築しつつある。


 ……人間は何処まで行っても所詮しょせん人間なのだな。


 ただ漫画もアニメーションも表現出来ない老人が、死に際で形に残せたことが嬉しくもあり、子供染みてるとも感じたことで笑わずには、いられなかったのである。


「んっ?」

「………死に際に笑うとは。遂にほうけが始まったのかい?」


 サイガンの様子に気付いたローダとルイスが不審ふしんいだき、それを顔に出す。


 人と判り合おうとする先駆さきがけの両者が、此処に至り、その創造主とも言える人物の考えが透けて見えないとは、何とも片腹痛い話であった。


 何れにせよ両者共々深手を負った。それを自身の人生に対する手土産にしたい老人の命も間もなく尽きる。


 最後の最期の戦いも、遂に最終回の様相ようそうていしてきた。

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