第5話 成長し合う両者

 ローダが宙に蹴り上げたルイスが落ちてくるのを手ぐすね引いて待ち受ける。さらにローダの攻撃ターンが続くと誰もが思っていた次の瞬間であった。


「なっ!?」


 もう今にも自分の手が届く位置まで相手が落下してきた処で、不意に赤い輝きを散らしながら視界から完全に消え失せた。


 これにはローダだけでなく観戦していた誰しもが驚き、声を失う。気が付けばルイスは、50m程遠方へ移動を終えて着地していた。


 赤い輝き………例の扉を開いた時のソレと酷似こくじしていたが、ルイスの身体からその輝きは失われていた。


(気の所為せい? だけど今の移動速度の説明が付かない………)


 二人の体力がサイガンのお陰で回復したとはいえ、そんな余裕があるとは到底思えないリイナである。


 けれどもあの人智じんち超越ちょうえつした力を使わないと、今のルイスの動きに納得のゆく説明が付かないという矛盾をはらんでいるのだ。


 ローダの方は、慌てず騒がずダガーと脇差わきざしを拾ってから、ゆっくりと再び間合いを詰めていく。


 ルイスの方も沈黙したままそれを待ち続ける。此方も金色のレイピアを何時の間にやら拾い上げていたようだ。


 二人共、何もなかったかのような真顔だ。周囲の連中の方が余程緊張の色が隠せずに思わず息を飲んでしまう。


 ガシャーンッ!


「………なっ、なんじゃとっ!?」


 真横に振るったローダの脇差とルイスのレイピアが斬り結んだ時の音が周囲に鳴り響く。それも互いにただの剣戟けんげきではなかった。


 この場で最も死に近づいている老人サイガンは確かに見た。二人共、それぞれのを放ちながら繰り出した斬撃ざんげきであるということを。


「…………」

「…………」


 当人達はやはり無言で顔色一つ変えてはいない。そして剣を繰り出していない時は、輝きもなりを潜める。


 次、ローダが右斜め下から脇差を振り上げるも、ルイスが反応してレイピアで抑え込む。その刹那せつな、ローダの逆手に握るダガーがルイスの首元目掛けて振り下ろされる。


「……ヒィッ!」


 とても手心を加えているとは思えぬ攻撃にフォウが悲鳴をあげるのを止められない。


 しかし何時の間にやら彼女の足元を離れた金色のナイフコルテオがそれを防いだ。革製かわせいさやを突き破って飛び出した1本が、ルイスのことを守り抜いた。


 ただそのまま宙に浮いているのかと思いきや、攻撃を防いで直ぐに地面に落ちた。


「………流石だよ、よもやこの僕と同じ真似が出来るなんて」

「………自惚うぬぼれじゃないが先に扉の力を開いたのは俺だ」


 ようやく二人が口を開く。ルイスが相変わらずの高慢こうまんな態度で弟を辞めた者を一応たたえる。

 言われた方は、顔色を全く変えずに不愛想ぶあいそうに応じる処もこれまでと変化がない。


 そして互いに少し時間が欲しくなったのか、一旦後ろに下がりバックステップでまたも不動の構えに立ち返る。


「こ、この二人間違いない………。戦いながら己に流れるAYAMEを書き換えておるっ!」


「そ、それに少しでも身体への負担を減らすべく、必要時だけその能力を開放している!?」


 この二人の所業しょぎょうを見てれば数値化など必要ないとさとるサイガン。


 やり方こそ不明だが、それぞれのAYAMEOSをアップデートしながら戦っていなければ説明が付かないのだ。


 加えてローダのAYAMEの底上げ役をしていたルシアも、この奇妙な争いのカラクリを肌感覚で理解した。


「さあ、続きをしようか………」

「言われるまでもない」


 この二人、もう外野は蚊帳かやの外に置いている。あくまで自分が上であることを証明せずにいられないルイス。


 もう独り立ちをしたことを完璧に証明したいローダ。サイガンがく前に自分達の強さを見せて安心させたい?


 そんな高尚こうしょうな考えなど、この二人には存在しない。きっかけこそ、そうだったかも知れないが、戦っているうちに失せてしまった。


「サイガン様、この二人早く止めさせないと余りにも危険過ぎますっ!」

「………残念ながらそれは無理だ」


 元々人を救うことを生業なりわいとしているリイナに取って、この戦いは理解の範疇はんちゅうを超えている。


 それをこの連中で最も聡明そうめいだと認識しているサイガンに進言しんげんしたのだが、意外過ぎる返答であった。


「リイナ、二人は戦いながら急速に成長をげている最中だ……戦う者に取ってこれ以上の愉悦ゆえつはない」


 そこへ父ジェリドが割って入り、肩に手を置き穏やかに説いてきた。けれどやはり納得出来やしない。


「で、でもっ!」

「理屈じゃないのだよ。せめてお前の信じる神に祈ってはくれまいか、二人の無事を」


 ジェリドとておろかな行いであるのは重々承知している。だけど戦士として、もし自分が同じ状況に置かれたとしたら、この戦いの連鎖れんさから抜け出せないであろう。


「…………」


 リイナは半ばあきれ顔で両手を組んで、言われるがまま祈りをささげることにした。

 もっとも自分が信仰しているのは戦の女神だ。ほどこしは期待薄ではないかと思った。


 次はローダの方から攻勢に転じる。二刀の優位性を活かすのかと思いきや、ダガーを突如ルイスに向けて回転を付けて投げ入れた。


 これをルイスはレイピアで弾かずに最小の動きでかわして見せる。


示現真打じげんしんうち、『櫻華おうか』ァァ!!」


 脇差を敢えて両手で握り、最上段からの面打ちを放つ。自分に出来る最高の破壊力を秘めた攻撃に渾身こんしんを込める。


 これをルイスはレイピアで見事に受けきってみせた。脇差という武器の重みを活かせていないとはいえ、赤いチャクラを流しているのに細身のレイピアで止められた。


「あ、アレを受けきれるだとぉっ!?」


 示現真打の発案者であり、本来の使い手であるガロウですらこれには唖然あぜんとする。彼的にもローダの櫻華おうかは完璧で非の打ち所がないものに思えた。


 ルイスという男の技量も凄いが、折れずに受けられる細身の剣の硬さにも驚かずにはいられない。


「クッ!」

「甘い、甘いよ。僕がこんな打撃全振りな剣に負ける訳がないじゃないか。それにダガーを投げたのは、僕がレイピアで弾いた処を斬ろうって実に見えいた動きだよ」


 ローダの「クッ」には少なくとも二つの意味合いが込められている。一つはルイスに指摘された通り、きょを突いた攻撃を完全に防がれたこと。


 ただ裏腹にルイスならこの斬撃を躱せるに違いない。だから殺すことなく打ち込んでゆけるという計算があった。


(………この打撃、これが示現か。このレイピアでなければ折られていたし、手に伝るしびれがどうかしている。お陰で反撃に転じられなかったじゃないか)


 実はしたり顔のルイスとて、こんな複雑な気分に駆られていた。それに彼だってローダを殺そうなどとは考えていない。


 彼の場合、純粋な剣技に於いては未だ自分の方が優れているという自負がある。だからこんな戦いにきょうじてみよう思うに至った。


 だがローダが思いの外、純粋に強い剣士になっていたし、剣を交えるのが異様に楽しい。天才過ぎて母国では、満足出来る相手が皆無であったから、これは判る話だ。


 ローダが再び脇差を右手1本で握り、左掌を広げハイエルフのレイチに無言で要求する。ヤレヤレといった気分でレイチは応じ、もう1本のダガーを放った。


「またそのいびつな二刀を繰り返すのかい? 奇抜きばつな剣は基本が出来てこそ真価しんかを発揮するものだよ」


「………能書のうがきは要らない」


 同じ映像を繰り返すかのように再び戦闘態勢に入る二人。もうどちらがどの様にして勝つのか誰にも想像出来ない領域に達していた。


 少年時代、ローダは弱者であった。騎士の学校時代にも、ルイスを求めて一人旅をしていた時も、勝負にすらならなかった。


 同じ歳の頃のルイスは強者で在り過ぎた。だからやっぱり勝ち負けに意味を感じられなかった。


 今、目前にいる相手。互いに乾いていた勝負をようやく出来る相手にめぐえた。


 それがまさか尊敬していた兄と、可愛がっていた弟になろうとは、思いも寄らなかった。

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