第4話 刹那

 ローダとルイスの雌雄しゆうを決する戦いが幕を明けた。誰の手も借りることなく、こうして相対あいたいするのは、実の処これが初めてなのだ。


 お互い水を打ったかのような静かなる立ち上がり。恐らく無駄な動きが出来ないのだから至極しごく当然といえる。


 そもそも剣術を競う場合、大体こういうものである。ローダとトレノ士郎がやり合った際もそうだった。


 すきを探りつつ、チェスや将棋の如く頭の中では、既に静かなる争いが始まっているものだ。


 余程の自信を秘めてなければ、先手が詰まれることが多い。

 ガロウの扱う一撃必殺の示現流じげんりゅうや、暗殺剣のようなたぐいでなければ、先に出した剣を受けられ、返す刀で早々に決着がついてしまう。


 所謂いわゆる、後の先というものだ。


(………だがどうするのだ? 二人共相手を殺す気はない筈だ。指でも斬るつもりか?)


(けどよぉ、これ殺る気でいかなきゃどうにもなんねぇ………)


 戦斧の騎士バトルアックスジェリドと二丁拳銃のレイが、こんなことを考えている。


 もう風の精霊術『言の葉』などで互いの気分を伝え合うことなど出来ないというのに似たような思いをかかえていた。


(……普通に考察すれば圧倒的にローダ君が不利。何しろ二人の得物に差が在り過ぎです。ルイスの金色のレイピア、あれはコルテオってナイフを自在に引き寄せる)


 ドゥーウェンが女魔導士フォウに対して思わぬ苦戦を強いられたフォルテザ襲撃の時を回想する。


(……問題は、あのお身体でコルテオをまともに操れるものかどうか)


 これはその金色のナイフ、コルテオの持ち主であるフォウの気分だ。コルテオには人の魂が込められているとはいえ、勝手に攻撃をしてくれる程、万能ではない。


 フォルデノ城の戦いに於いて、彼女はこれを敢えて使用しなかった。機会がなかったとも取れるのだが、自分は後方で魔法による支援にてっすると決めていた。


 だから未だ6本のナイフは、彼女のももにベルトで固定されたさやに収まったままである。


(………来るっ!)


 などとローダが感じる間もなく、両手中段突きでルイスのレイピアが迫り来る。これを逆手に握ったダガーで受けようと試みる。実にセオリー通りな対応。


 けれど攻め手に走ったルイスは、これを途中で止めて振り上げる動作に変える。軽量武器なのでそれなりの使い手であれば、誰でもやれそうな変化だ。


(………やはりな、だがっ!)


 最早これしきの剣術に動じる程、ローダは甘くない。後退ではなく敢えて身体毎ブチかましを狙いにゆく。


 もしレイピアの鉾先ほこさきが彼の何処かをつらぬいたとしても、そのまま押し切り二刀で斬り掛かれば如何ようにも出来る。


 増してやレイピアとは先端が最も攻撃性を秘めた剣、要は突きが最大火力だ。


 柄まで細い両刃が在るのだから、斬り裂かれることも念頭に入れる必要はあるが、鉾先から柄の間をむし使い物にならないデッドスペースと割り切れば良いのだ。


 けれどもそんなのは初歩の内、このルイスにそんな手落ちが在ろう筈がない。


「グッ!?」

「まだまだだよ………」


 ルイスは、既に飛び込むローダを計算に入れていた。寄せて来るローダの腹にカウンターになる飛び膝蹴ひざげりを見舞ったのだ。


 未だ自分が上とばかりにニヤリッと笑うルイスであったが、彼は彼で相手をめ過ぎていた。


 膝蹴りでもだえて動きを止めるかとタカをくくっていたのが不味まずかった。苦悶くもんの表情で在りながらも、ローダがそのまま地面を蹴って押し倒しに打って出たのだ。


 しかも左手逆手に握るダガーで右肩下を貫かれた。仰向けに倒されるルイス、このままでは勝負すら決まり兼ねない。


 だがルイスとて組み伏せられる不利さを充分に認知している。惜し気もなくレイピアを離すとローダの胸倉むなぐらつかみ、巴投ともえなげで難を逃れた。


 投げ飛ばされたローダ、押し倒されたルイス。何れもダメージを負ったまま即座に立ち上がろうとするだが、先に倒されたルイスの復帰がほんの幾分いくぶんか速い。


 再びレイピアを拾うかと思いきや、さやだけを握り締めてローダが完全な構えに戻る間隙かんげきすらうばいにゆく。


 たかが鞘と馬鹿には出来ない、次はローダの方がマウントを取られ撲殺ぼくさつされかねない。


「ムッ!?」

「………勝ちを急ぎ過ぎだ」


 冷静を帯びたローダの台詞がルイスの耳と胸を突く。


 ローダは立つ優位性を捨て、敢えて座った姿勢からの蹴りでルイスに対抗した。


 剣技だけでなく、体術もキレがある。何よりもその思い切りの良さに、ルイスは己の甘さを思い知った。


 母国で共に稽古けいこをしていた時の優位性は、完全にいっしたことをようやく肌で理解した。これは恐らくそこで見守る女武術家ルシアを見て覚えたのであろう。


 慌てて上位を取ろうとしたので、まんまとその足払いに引っ掛かり、逆に自身が倒される羽目におちいる。


 先程まで立つのがやっとであった筈の二人が見逃せない攻防戦をしている。周囲の連中にしてみれば信じ難い鬼神同士の戦いに見える。


 然し冷静に振り返れば、両者共々実に泥臭いやり取りをしているのだ。やはりこれが今やれることの限界なのか?


 扉の力、竜から借りた力。自身の中に取り込んでいた能力者達の力を存分にふるっていたこれまでを知っているので感覚が麻痺まひしているのかも知れない。


 例えばドゥーウェンやフォウが感じていたルイスの優位性、自在に空を駆けるコルテオですら現時点ではなりひそめている。


「おぃっ、斧のオッサンジェリド。この先どうなると思う?」

「これはまた実に応答に困ることを………。判らんよ、何も。そもそもこうして二人が再び争っていること自体想像を超えている」


 青い鯱ランチアから「オッサン…」と呼称され少々複雑な顔を見せるジェリドが腕組みしながら不愛想に応じる。


 けれど無理もない。勝敗の行方も、これが本気なのかどうかすら百戦錬磨ひゃくせんれんまの彼にも、想像などつく訳がない。


 中年呼ばわりされたことに対する意地悪などでは決してない。


「………あったまかてぇなぁ。これだからおじさんはいけねぇ」

「な、何だとっ!?」


 肩をすくめてヤレヤレと首を振るランチアである。真面目に答えたら小馬鹿にされたジェリドは、流石に「おじさん」を聞き逃し出来ずにまゆを寄せる。


「そらあ根拠こんきょなんかありゃしねえよ。……けどな、このまま終わるタマじゃねえだろ二人共な」


「ふぅ………」


 ニヤニヤしたまま戦局を見つめながら勝手に自己解決してしまったランチアに、ジェリドは溜息以外の応答を知らなかった。


 さてさて逆転に次ぐ逆転………。足を絡ませ倒れそうになったルイスだが、ならばとばかりに自重を載せた左拳を落そうとする。


 されど体術に於いてはローダの方が上かも知れない。それすら読んでいたのか逆に腕を取りにゆく仕草を見せる。


 これにひるんだルイスが遂に冷静さを欠いてしまう。実はフェイクであり、一瞬上げた両手を今度は地面に叩きつけ、逆立ちのような格好で蹴りを見舞った。


「や、やってくれるっ!」

「…………」


 さっきの仕返しとばかりに腹を蹴られたルイスの端正たんせいな顔がゆがむ。ボールのように宙に舞い上げられた。


 やった方ローダは、何も発せず顔色一つ変えやしない。このまま重力任せに落ちてくる処へ、どんな攻撃コンボを加えるのが合理的か考えている。


 このローダの冷静クレバーぶりには、勝手に格闘術の先生にされたルシアですら息を飲んだ。


 さあ相手が落ちてくる………。空を自由に出来るすべがないのだから、此方はルイスを如何ようにも出来る。


 そう思い込んだローダを迂闊うかつだと責めることなど誰にも出来る訳がないのだ。

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