第3話 やり残した争いの火蓋

 サイガン・ロットレンの全身が、もう救いようの無い処まで腐敗ふはいが進行していたことを絶望の内に認識した連中。


 その原因は扉の力をんがために自らに人体実験を繰り返した代償だいしょうであった。


「…………元より先生は、この争いに於いてローダさん、貴方の剣に刺されながらマーダの意識を消去フォーマットしてくつもりだったのです」


「……そ、そんな事って。だってあれ程ヒビキが生まれるのを楽しみにして……」


 自分だけは前って告げられていたドゥーウェン。ただ彼も此処まで切迫せっぱくしているとは認識し切れていなかった。


 義父の悲しい事情を知って途方とほうに暮れるローダである。「ただのじじいに成り下がりたい………」と以前、確かに聞いていたから余計に納得しかねる。


「余計な心配を掛けたくなかったのだな……男の強がりってやつだ。判らんでもない」


 ローダより7歳年配のガロウが冷静な顔で告げる。この青年よりは、年寄りの強がりを判った風な口を利く。


「な、納得しろって言うのかガロウッ!? き、気づいていればもう少しだけでも(寿命を)伸ばせた筈だッ!」


「ローダ君……それはエゴが過ぎます。先生は、この戦いで死ぬことを甘んじて受け入れた。むしろ望んだのですから………」


「クッ!」


 今度はローダがガロウに詰め寄ってゆこうとするが、ドゥーウェンは、現実を他人がじ曲げようとする横暴おうぼうさを静かに伝える。


 理解出来ても納得出来ないといった態度でローダが歯軋はぎしりしながら顔をそむけた。


 この現実を受け入れるのに苦心しているのはローダとルシアだけではない。皆、何とも言い難い顔つきで押し黙ってしまった。


「……い、一体何をそんなにさわいでおる。300年以上寝ていたとはいえ、ワシは充分生き過ぎた。それにだ……最初の扉を息子ローダが、己が創った幸福ルシアと結ばれつつ開いたのを見届けられた」


「だ、駄目ですサイガンさん、動かれては………」


 そんな重苦しい空気を、これより死にくことが運命づけられている老人の口が打ち破る。


 必死に上半身を起こしながら未だ強がりを止めようとしない。喋る度に口から吐かれる赤いものをリイナがいちいちき取ってやる。


「それ処か二人目の扉を極めた男すら見られたのだ。とんでもない果報者かほうものだよ……ルイス・ファルムーン、どうか我が息子を支えてやって欲しい」


「ぼ、僕は………僕にそんなことを頼まれても返答に困るよ……」


 ルイスは、自分の力だけで扉を開けなかったことに負い目を感じている。だから期待されても……といった様相で視線を交わそうとしない。


「み、皆の者も本当に済まなんだ………。進化を押し付けるという何とも度し難いものナノマシンと人工知性を私は残してしまった。本当に大変なのは恐らくこれからだと言うのに………」


「そうだな………。これから世界中に扉の力を持つ者が名乗りを上げる。しかも善人とは限らない。途方もない置き土産だよ、これは」


 死に際の懺悔ざんげに対して返したのは赤い鯱プリドール凛々りりしい声だ。彼女は死す者への同情ではなく、葬送そうそうする者達のこれからを案ずる。


「……そ、その通りだ。だから死罪とて割に……」


「だがお前さんも同じ人間だ。人とて自然が生み出したもの、ならば自然の成り行きとしてアンタの進化とやらを請け負うのも、これまた在りだ」


 サイガンが「死罪とて割に合わん」と自らを断罪するのをさえぎるかのように、プリドールが笑ってみせた。


「だな………流石ラオ守備隊副団長だぜ。言葉の重みが違うねぇ。おぃ、爺さん。小難しいことは俺には良く判らねぇ。だけどな、これだけは誇ってきな」


「…………?」


 青い鯱ランチアがプリドールの言う事に逐一頷いた後、伊達男だておとこ気取きどりながら続けてみせつける。


 サイガンが怪訝けげんな顔をさらしてしまう。


「アンタが此処に残した此奴等だけは、未来永劫えいごうを任せ切って良いってなッ! 俺を含めてそんな覚悟を持ってる馬鹿共だッ!」


 まるで自分が先陣リーダー気取りで皆を「馬鹿共」と身勝手にくくる。つき合わされた連中の態度は悲喜ひきこもごもである。


(未来永劫………か。そうだ、だからこそ私は後悔の念がぬぐえぬのだよ……)


 実に複雑な想いを顔に出してしまう老人である。この輩、困ったことに自分達のみならず、血を受け継ぐ者達ですら伝承でんしょうしかねない。 


「ふぅ………。むしろこれからが真なる終わりなき戦いという訳だね。………ローダ・


「ルイス………ファルムーン?」


 もういい加減判り切ったことを深い溜息と共に告げるルイス。ユラリッと立ち上がると弟ではない、一介いっかいの剣士と認めた上でにらみつける。


「僕達はやれる、このあわれな老人にそれを見せつけないといけない」


「当然だ………それにどちらが本物か、しっかりきざまなければ終われない」


 ルイスの言葉のはしにその目的を見出したローダも、よろめきながら大地を踏みしめ仁王におうと化した。


「新たな時代を創った男サイガン・ロットレンが息子にして、至高の女、ルシアの夫、ローダ・ロットレン……」


 義理の父の栄光と、人間を超えた完璧な自分の女を、まるで手柄てがらのように名乗りに入れるローダ。


 腰に残っていた武器の内、想いのたけを切れ味にする片手持ちの剣ロングソードさやごと投げ捨て、残った脇差わきざしだけを抜く。


 加えてだんまりしたまま、空いた左手を広げ、ハイエルフの男に向ける。言葉を全く交わすことなくレイチは、自分のダガーを投げて寄越よこした。


「その兄にして神童と言わしめた使い手であり、暗黒神ヴァイロの魔導を伝承するフォウの男。ルイス・ファルムーン……」


 今しがた兄であることを捨てたことを言った割に、この優秀な男ローダにマウントを取るべく自分が神童であることを誇張こちょうする。


 さらに最高の魔導士となったフォウを挙げつつ、その手から金色のレイピアを受け取るルイス。


 互いに最大の得物えものを惜しげもなく捨て、最軽量でかつ最も扱いやすいであろう武器を迷いなく選択した。


 至極当然のことだ。サイガンのお陰でようやく立てる程には回復出来た。だが残しているのは、精々それだけなのだ。


「「………く」」


 脇差を右手、借りたダガーを左手逆手に構えるローダである。対するルイスは、最軽量な部類のレイピアを敢えて両手で握り、中段に構える。


 何れも相手に対し敬意と払いつつ、無駄な動きの一切を自らに禁じている。「征く」という宣言にすら声を張り上げることなく、力を溜めて出方をうかがう。


 先程迄の二人の争いは結局の処、マーダに邪魔された格好になってしまった。つまりは、やり残した争い。


 やはり若くして近衛このえ騎士となり天賦てんぷの才をふるったルイスか、あるいは見習い騎士という平凡にくっすることなく、努力を惜しまず竜にすら認められたローダか。


「な、何も満身創痍まんしんそういの状態でやらなくても………」

「全く………男ってどうしてこうもきそいたがるの? 馬鹿バッカみたい」


 とにかくリイナは、この二人の状態を案じている。どう考えてもまともに戦える状態ではない。


 一方ルシアがヤレヤレと肩をすくめて首を振る。けれどかつてローダとジェリドが、ガロウの強さについて語り合っているのを、うらやましいと感じた戦士としての血も流れている。


 だからこの二人の剣士の主張も決して判らなくもないのだ。実際、呆れた態度の顔はゆるんでいた。


「………今、やるしかないのですよ。私みたいに死することが良く判らない者が言ってもまるで重みがありませんが………」


 そんな血の繋がりがない姉妹の肩を後ろからポンッと叩いて締めくくったのは、長い金髪を揺らす、とても好戦的は言えないベランドナであった。


 確かに彼女の語る通り、サイガンという自分達を此処まで駆り立てた存在に、己の強さを見せる機会チャンスは、もう二度と巡ってこないのだ。

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