第2話 限界を尽くした者の末路

 皆が全てを出しくしてグッタリとしている最中、余裕を残した者が一人だけいる。


 この中の最年長………、あ、いや、エルフ族の年齢は最早数え方が異なるとはぶかせて頂く。


 60歳の足音がそこまで押しせまっているサイガン・ロットレンである。


「皆、難儀なんぎだのう………。どれ、ちょっとやるかな」


 例の見えないキーボードを叩き始める。カチャカチャ叩く都度に光が飛び散るアレである。


 あくまで「てやろう」であり「看てやろう」とか「診てやろう」などとは決して言わない。


 当然である、医者でも看護師でも司祭ですらないこの男が出来ることは、人間を数値化した結果をに過ぎないのだ。


「あ、過度な期待は、せんでおくれよ。我はお前達の状態を客観視して、少しでも楽になる方法を告げるに過ぎん」


「そ、そんなことが出来るのですね。流石です………」


 周囲の連中の視界に入らないキーボード、それは百歩譲るにせよ肝心の視覚用モニターは一体どうなっているのだろうか。


 戦の女神エディウスの司祭であり、不死鳥フェニックスの伝承者でもある言わばいやしの申し子と言えるリイナが、複雑な顔を器用な老人に向ける。


 未だ命あるものを数値化していることに、どうしてもうとましく感じてしまうのを避けられない。そんな自分を子供だと思う。


 老人は若過ぎる天才から嫌味を言われたことを知りつつも受け流しながら笑みをこぼす。


 加えて「お前さんが回復の奇跡アンチマジックシェルさえ使えればが解ければ、ワシなど足元にも及ばん」と年のこうで返してみせた。


(………先生、大丈夫なのだろうか。そんな無理をしてまで)


 ドゥーウェンだけが、実の処ってやつを知覚している。けれども彼とて身動き一つ出来やしないので手伝いフォローが出来ない。


(………むぅ、やはりローダとルイスの身体の酷使こくしが度を越えておる。これで良く持ちこたえたものだ)


 サイガンがこの戦いの中心人物二人の状況を確認しながら舌を巻いた。筋肉の断裂だんれつ、疲労の蓄積ちくせき、何処を取ってもにわかに信じがたい。


 ルシアという最高傑作さいこうけっさくを創った彼だからこそ、余計にそう思えるやも知れぬ。


「どれ、せめて立って歩ける位には何とかしてやろう。マーダの奴からヒントも貰ったことだし………」


 キーボードを叩く音がさらに凄みを増してゆく。何しろ人間という千差万別せんさばんべつな生き物をデータ化し、その応用から人工知性の元になったプログラムの基礎をほとんど一人で開発した男だ。


 今回最後の争いに於いて確かにローダは、尋常じんじょうじゃないことをやってのけた。

 ルシアとヒビキに頼ったとはいえ、亡くなった者の意識と語り、剣を交差させる度に相手の意識と通じるなんて途方もない。


 ただそれでもこの老人サイガンの懐の奥深老獪さには未だ至っていないかも知れない。こうして今もたった一人で10人以上の人間達の状態を数値化して確認している。


 然も「視るだけ………」と言ったそばから「立って歩けるように………」などとほのめかす。


 やはりとんでもない能力スペックほこじじいだと言わざるを得ない。


「い、一体何をされるおつもりで………」


「リイナよ、言ったであろう。マーダの奴がやったことを、私も試してみたくなったのだ。言うまでもなく過度な治療はしないし、そもそも出来んがの」


 これだけ手掛かりを与えれば、頭の良いリイナには充分過ぎた。皆の身中に潜むナノマシン達を操って、最低限の治療をほどこそうという次第だ。


 悪さをしようって腹じゃないのだからリイナも押し黙ってそれ以上は何も言わない。


 でもどうしても顔が曇ってしまうのだ。考えようによっては細胞の活性化をうながして回復を速める術も、人をいじくっているという点に於いて大して変わらぬ気もするのだが。


「…………おっ?」

「おおっ、こ、これは素晴らしい。こんな力を秘めていればあのマーダですら、貴方を目の敵にするのもうなずける」


 ローダとルイスの二人が自分達の身体の異常回復に気付き、各々が声を上げる。

 ゆっくりと身体を起こし、わずかであるが活気の戻りを実感する。


 特に無口なローダと対照的にルイスが実に嬉々たる声で以って感動をあらわにした。


なあにめても何も出やせん………………」

義父さんサイガン?」


 ルイスの喝采かっさいに苦笑いだけで応じたかと思いきや、自らの胸と口を手でおおうサイガンの変貌へんぼうぶりを不審に感じたローダの顔色が変わる。


 ………バタッ


「お、お父さんっ!?」

「お、おぃ! どうした爺?」


 何とサイガンは、前のめりで地面に倒れてしまったではないか。これに驚く娘のルシアと一応弟子みたいなものであるガロウが驚き、駆け寄ろうとする。


 けれどそれらを実に冷静なリイナが割って入ることで邪魔をする。勿論嫌がらせのたぐいではない。


 この天才少女は、その倒れっぷりにとても嫌なものを感じた。不用心に動かしてはいけない。命の危険を想定したのだ。


「………こ、これは……吐血が酷い」


 周囲が見守る最中、慎重にリイナが倒れた老人の状態を触診しょくしんなどで探っている。


 外面こそ大したことないのをよそおっているが、サイガンの内臓が手のほどこしようがない辺りまで酷い状態であることを即座にさとった。


「………り、リイナ?」


 何かとても重苦しい事情が起きていること位は、判ったつもりのローダである。けれど無言のリイナに首を横に振られ、想像以上の様相であることを思い知った。


「すい……ません…。もし仮に私の生命之泉プリマベラが使えるまでたもってくれたとしてもこれは治癒ちゆ出来ません。サイガンさんの身体は、私の治癒に耐えられない」


 うつむいたままの姿勢で診断結果を伝えるリイナである。そして自分の未熟さを歯痒はがゆく思う。またも気づいてやれなかった。あの少年ジオーネの時と同じように。


「……は、ハハッ…嘘だろ?」

「ひ、ヒビキが生まれるのにまだ7ヶ月、違うッ! あと7ヶ月しかないのに……そんな」


 ローダが途方とほうれた顔でボヤく。ルシアは、何とリイナの胸倉むなぐらつかんで凄むという稀有けうな行動を取るのだが、掴まれた方は目を合わせない。


「……7ヶ月はおろか、あとって数時間……。そうですねリイナさん」


 ドゥーウェンの助け舟に目をらしたままの敬意をそこなった態度で、コクリッと力無く頷いたリイナである。真顔だった。


「ドゥーウェンッ! アンタ知っててどうしてッ!」


「と、止めようがなかった。この人は私が気付いた時、既に無茶をし過ぎていたのです……」


 リイナをグッと突き放すと次はドゥーウェンの胸倉を震える手で握るという愚行ぐこうを犯すルシア。


 ドゥーウェンは、分別のつく大人の男性だ。喰って掛かるルシアを真っ向から受け止めて答えを解き明かしてゆくのである。


 サイガン・ロットレンが抱いている無理矢理扉を開いて得たのであろう数々の能力。


心の束縛マインド・バインド

心の繋がりリンク・マインド

心の結束マインド・コネクト

心の壁マインド・シェル


 このうちいくつかは二度目の封印を解く際にローダにも渡った力だ。

 心に端を発した能力だから不完全な扉使いは、一つしか力を選べないというルール遵守じゅんしゅしているかに思えるがそうではない。


 風の精霊術の能力をローダに渡したのも、ただの元システムエンジニアである老人が成したことだ。


 そして何より重要なこと………ルシアという恐らくこの世で最も完璧な人造人間をしてしたのも彼である。


「…………何故ただの老人がこれ程の能力を得られたか? 前にもお伝えした通り、私と先生は出来損ない不完全な扉の人体実験を自分に強行しました………」


「ま、まさか………そ、そんな無茶な………」


 重苦しいドゥーウェンの打ち明けを聞いたローダが崩れ落ちる。


「そうです、先生は私をはるかにしのぐ勢いで自身に対する人体実験を幾重いくえにも繰り返した。それも私すら知り得ない処で。理解した時には既に手遅れでした」


 今度はローダが地面に拳を幾度を叩きつけることになった。何が扉だ、判り合おうだ。


 互いと和解する処か、身近な義父の秘め事すら理解してやれなかった自分の軽薄さを大いに呪うローダであった。

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