最終部『それぞれの明日(未来)へ』

第1話 自分で開けなかった最後の扉

 ローダ達の完全勝利で幕を閉じたこの争い。そしてローダの兄、ルイス・ファルムーンの意識が帰って来た。


 二人共々全身にガタがきている。仰向けに倒れたまま当分動けそうにない。


 ローダの勝利を手放しで喜ぶ仲間達ではあるのだが、竜達に身体を差し出して、扉の力も使い果たした。


 おまけに疾風の使い手全細胞の活性化で全身を酷使し過ぎた。リイナの不死鳥フェニックスによる炎の癒し手自動回復も断たれた。


 後は時間が解決してくれるのを待つ以外の選択肢がない。泥だらけの地面の上でまさに泥人形のように不動を続けるしかないのだ。


「………あ、貴方ローダ


 勝利の喜びに駆け寄ってきたやからを押し退けて緩慢かんまんな動きでルシアがようやく愛する夫に手が届く位置までやって来られた。


 サイガン・ロットレンが創りし人類を超越した存在である彼女であっても、体力気力共にほとんど残ってはいなかったのである。


 戦いでのダメージよりもむしろローダの頭脳による処理能力を肩代わりした疲労の蓄積ちくせきが尾を引いている。


 普段は元気を取柄とりえにしている彼女なのだが、ローダの頭側にへたり込むと膝枕ひざまくらをしてやる提案しか引き出しがない。


「………ごめん、なさい」

「何故、謝る?」


 うつむいたままつぶやくルシアにローダが疑問を投じる。最後にマーダの腹を殴った時も同じように謝罪し、同様に相手から不思議がられた。


 堕天使ルシファー化したルシアが、マーダの力をぐ。


 他の連中がワザとゆるやかに動くことでマーダを釣るえさになる中、彼女だけがあの瞬間だけ全速を出してせる。


 これは他ならぬローダがさずけた作戦だから、ルシアは何も間違っちゃいない。だから謝る理由などないのだ。


「………な、何だろう。彼を殴った時、これまでと違う罪悪感を感じたの。何故と聞かれても自分でも良く判らない……」


「………そうか。ま、とにかく色々と苦労を背負せおわせしまった。此方こそ申し訳ない」


 未だ俯いたままの姿で不明瞭ふめいりょうな返事をするルシアに対し、ただ上を見上げたままの恰好かっこうつかない状態でローダが返すオウム返し。


 感謝には感謝を、謝罪には謝罪を返す………。飾り気を失ったローダらしい言動に少し救われた気がするルシアであった。


「良いのよ……貴方の背中は私が守るって約束を果たせたことには満足しているのだから」


 元来のローダ・ロットレン……いや、出会ったばかりのローダ・ファルムーンは、そういう不器用な男であったし、実は今でも変わってなどいない。


 元・暗黒神ヴァイロの印象であった交渉術ネゴシエーションの達人などという小細工をろうする男ではないからこそ、ルシアは愛しているのだ。


 実の処、ルシアの謝罪の理由をローダの方は、何となく察していた。それは同族に対するあわれみだ。


 マーダもルシアも元を正せば、サイガン・ロットレンが創りし人造人間。マーダが生み出されたからこそ、ルシアとて存在し得る。


 けれどもその同族の成れの果てを送る最大の功労を成し得なければならない。勿論彼女にとっての最大目標は、ローダとの幸せな時間を勝ち取ることだ。


 その希望が彼女の意識の大半を占めたので、マーダに対する罪の意味が判別出来なくなった。おおむねそんな処であろう。


「………苦労を掛けたな。処でのだな、お前の兄は」

「えっ………それってどういう………」


 マーダとルシアを創った根源こんげんとも言うべきサイガンが皆をき分け、うら若き夫婦の会話に割って入る。神妙しんみょう面持おももちでローダに訊ねている。


 その台詞を聞いたルシアがぐったりした首を思わず持ち上げた。彼女には理解出来ていなかったことを、この老人は、どうやら知っているらしい。


「嗚呼………目覚めた。人と認められしマーダが最後の鍵になったようなものだ」

「はぁっ!?」


 ローダのつぶやき声の応答に、ルシアの驚愕きょうがくが折り重なりを見せる。


 周囲の連中もどよめいている。なおサイガンの場合、知覚した訳ではない。状況証拠から確信を得たに過ぎない。


「やはりな………これで全ての辻褄つじつまが合う。ルシアよ、お前とて気づいておかしくない話だ。約束された神童しんどうなぞ実はいない、つまり何れも資格があったローダもルイスも可能性があった


「あっ………アーッ! そういうことかぁ!」


 ルイス・ファルムーンの意識にローダと共に押し入って「実は弟なんていなかった。二人共、お母さんから見れば長男第一子だったのよ」と解釈した自分が何故真理しんり辿たどり着けなかったのか? 


 悔しさを地面に幾度いくどもぶつけるものだから、泥水が辺りに飛び散って皆が嫌な顔をする羽目になった。


「こ、コラ止めんか、みっともない。戦いに集中していたお前と違い、私には俯瞰ふかんの時間が在ったに過ぎぬ………」

「ムーッ……」


 子供のように膨れっ面になるルシアをサイガンがなだめる。サイガンが「私はまた途轍とてつもない罪を重なる……」と大いになげいたあの間際まぎわさとったのだ。


 マーダが人間の心に目覚める可能性を排除し消してしまえば良いと思っていた罪深き自身を呪ったのである。


「………私とルシアを連れた三人でマーダの意識に入ったその後、お前はそれを確信した。そうだな?」


「その通りだ。そもそも兄さんは、一度マーダの意識を乗っ取った時、不完全と言う割に、力を選択出来る扉を。それにも拘わらず完璧でない扉とは意味が判らない………」


 そうなのだ、今さらこのローダの言葉を解説するのも、しつこいが過ぎる話だが、本来の不完全な扉の力というものは、一つしか得られない。


 ルイスがマーダのことを支配したおり、兄がいくつかの能力を持ち合わせていたのは、過去に他人から奪取だっしゅした力があるからだと勘違かんちがいさせられた。


 いや、それは実際に正しい。そうやって得た力も確かにあったが、世界の時間軸を好きにしたり……アレは間違いなく真なる扉でなければ出来ることではない。


「全く……少し頭をひねれば判り切った事。ほぼ完全な扉であった、後はマーダの意識を消してに認められて完璧に自分のものにするだけの話だった」


「だけど兄さんには、その方法が思いつかなかった。何せ人の話を聞かないからな………」


 此処でローダとサイガン両者が深い溜息を吐く。だけど溜息の意味合いが異なる。


 サイガンは、これ程単純な答えを導き出せなかった愚かな自分に対してである。


 一方ローダは、その言葉通り……高い能力を持ち合わせながら、マーダの心と向き合えなかった兄に他ならない。


「そこで貴方ローダが助け舟を出すことになった? もぅっ! 自分で開けないから開けて貰ってOKとか意味判んないんですけどっ!!」


 いよいよルシアの憤慨ふんがいが頂点に達し大噴火である。皆に届く声高こえだか容赦ようしゃ無用に怒鳴り散らす。泥跳ねさせる愚行ぐこうは、どうにか踏み止まることが出来た。


「……み、耳が痛いな。いや情けない兄だと僕も思う」

「確かになッ! だっせぇな大将ルイスッ!」


 そこまでルシアが大きな声を出さずとも、すぐ隣で寝ているのだから当然鼓膜こまくに響いている。


 苦笑を禁じ得ないルイスだが、首を曲げて謝罪するだけの力が此方とて残っていない。


 二丁拳銃のレイがちょっと昔の馴染なじみということなのか、どちらかと言えばルイス側の方に立っているくせに一瞥いちべつ寄越よこした。


「お止めなさいっ! ルイス様だってボロボロなのよっ! 本当に本当によくぞ御無事で………」

「フォウ………君の方こそ無事で僕は心から嬉しい」


 最後の最期でヴァロウズの実質No1となった女魔導士フォウは、語るまでもなくルイス側でその愛しい手を取って肩を震わせ、むせび泣きしている。


 敬愛けいあいしていたマーダは最早戻って来やしない。だけど腹に宿やどした我が子の親であるルイスは無事に帰って来られた。


 正直複雑な想いも在りはしたが、大人の女になった自分を受け入れたのは、間違いなくこの男にる処が大きい。


 とにかくマーダを失った以外、この戦いは無事に終わりを迎えた。誰しもがその安堵あんどで緊張の糸が解れ切っていた。


 争いの終結を祝福するかのように、雨を降らした黒い雲がゆっくりと晴れてゆく。


 きっとまたもや残念な争いは起こることであろう。このアドノス島以外にも扉の力を欲する者が現れる。それが必ずしも世間で語る処の正義に与するとは限らない。


 けれども差し当たっては、一息ついて良い筈だ。そんな気分に浸っている緊張の抜けた最中に於いて事件は起こった。

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