第9話 ヒビキ誕生
フォルデノ城に
此処は小さな漁村、エディン自治区エドナ村にあるロットレン夫妻の小さな家屋。そう、ローダとルシアの新居である。
仲間達からは、便利でアクセスも都合が良いフォルテザに住む事を強く勧められたが、二人は
満月の夜、夫ローダは、不安そうにベッドの脇で、妻ルシアの手を握っている。
ベッドの上では、ルシアが必死の
これまで
後は、医者とリイナが同じ部屋へ加勢に来ており、兄ルイスは、隣の部屋でただウロウロするだけである。
「ま、全く! 冗談じゃないッ! こんな痛みまで
語るまでもないがルシアは、産みの痛みに大層苦しんでいる最中なのだ。
自分を創った
確かに大変いい加減で
余りに当然過ぎる馬鹿げた話、彼は男だ。
それにも関わらず創り出した娘に生みの苦しみを与えるとは理解に苦しむ。
加えてどれだけ意識の共有が出来る
(
ローダにも同様の素朴な疑問が浮ぶが、それを口にした処でどうとなる訳でもない。
とにかく医者に一任するしかない。こんな場合、大抵のどんな良夫も無力なものだ。
(間もなく僕も、フォウと一緒に同じ思いをするというのかっ!?)
ルイスが床に座り込んで、親指を
およそ8時間が経過して、ようやく
この家は村の端で、両隣に家はないのだが、それでも近隣の住民が、その声を確かに聞いたと、翌朝訪ねて来た程であった。
リイナが慣れた手つきで赤子を産湯で洗うので、医者は大層驚いた。
ルイスがソーッと部屋の引き戸を開けようとしたが、ピシャと閉じた後、真顔だけを隣に
「……ルイスお兄様。まだ
ラファンの『森の天使』は、この手の対応すら熟知していた。やはり机上のみならず実際に修羅場を体験しているとしか思えない。
ルシアは産後の処置が終わると、とてもとてもくたびれてこそいるが落ち着いた顔を取り戻した。
一方ローダは、リイナから事前に教わっていた首の座っていない赤子の抱き方を、
(な、何だよ……
その温かさ、柔らかさ、これまでに感じた事がない経験がそこにはあった。
彼は、扉の力で他人の経験から学習している筈なのだが、これでは無と同義だと思い知った。
こう言うと大変な
だから「貴方の子供ですよ」と告げられても、どうにも
加えてこれまでに見た事がない妻の様子を目の当たりにした直後なので、心の切替がとにかく
(これが命、この子が俺の……)
(あらあら、あれじゃどっちが子供だか判らないわ………)
母に成れたルシアは、横になったままの姿勢で、視線だけを向けて苦笑した。
実際に男はいつになっても子供が抜けない。これから大きな子供と小さな子供を相手にしなければならない人生が待っているのをルシアは、まだ判っていない。
「はい、そろそろママの隣で寝かせてあげて下さいね」
次はローダがリイナに
そんな大きい子供を
「もう良いですよ、あ、そのおしぼりで、しっかりと手を
ようやくリイナの許しが降りたルイスは、ガバッと立ち上がると言われた通り、実に
未だにオロオロ泣いている弟。ヒビキのとても小さな手に自分の指を握らせている
(僕は
「そ、そうだ結局の処、ヒビキちゃんは、
「可愛い女の子ですよ、ルイス叔父様」
叔父さんと呼称されたルイスだが、最早構まうことなく質問を投げる。「ルイス叔父様」と強調したリイナがニヤニヤしながら応えた。
ルイスがこの質問をするのは無理もないこと。彼は意識の中だけで14歳になって会話したヒビキのことなど知らないのだから。
「そ、そうか。先ずは、無事出産おめでとう。処でヒビキって確か…」
「そう、日本語で声や音が伝わる事を指す言葉だ。
「成程……そのサイガンが名付け親らしいね。お前もそれが良いと思った訳だ?」
ルイスの方は、これから生まれてくる子供
兄貴に質問されたローダは腕を組み、暫く頭の中で整理してから答え始める。
「そうだな……まあ文字通りに良い響きだと初めは思った。正直その程度の気分しかなかったよ。だけどフォルデノ城で笑い合えた時に確信した」
弟の言葉は、返答として不足していると感じたルイスが小首を
「あ~、あのさ、あの皆の笑い声。あれがさ、とても心に響いた感じがして心地良かった。世界中の皆にこの響きを届けられたら……って思った次第で」
「だからヒビキらしいよ。貴方の弟らしい御大層な話でしょ?」
義妹の言葉にルイスは、笑いを禁じ得なかったが、リイナに静かにする様に
「何だよ、馬鹿にする事ないだろ」
「いや、済まない。馬鹿にはしていないさ。ヒビキ、良い名だよ。日本びいきのお義父様もさぞお喜びになるだろう」
ルイスの
「……本当にやるんだな?」
「嗚呼……もっともアテにしてるのは、リイナ司祭様だ。本当に頼まれてくれるのか?」
ルイスが真剣な顔つきになって何かを再確認する。ローダは、既に依頼済の事を改めて問う。
「勿論……と言いきりたい処ですが、
「それはご心配には及びません。何しろ普通の女性を
上半身だけ起こして胸を大いに張るルシアが、その驚かせたい相手の方を向く。他の連中もそれに釣られた。
見られている主は、これから起こる在り得ない出来事に引きずり出されるなんて夢にも思っていない筈だ。
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