第10話 召喚

 ローダ達4人のたくらみ、決行は翌日の昼頃にしようと決めた。ルシアの産後の状況も確認しつつ、皆、少し休むべきだろうという話になった。


 リイナはルシアに付き添う意味もあり、ルシア、リイナ、ヒビキで寝室、ローダとルイスは、リビングを選択した。


 特に触れる程の事までもないが、ルイスが「僕はせめてソファーでないと寝られない」と、我儘わがままを言い出したので、家主が床の上で寝る底辺を味わう羽目になった。


 もっともローダは、長旅で何処でも寝れる男だから特に気にも留めない。


 一方ルイスは、マーダとして生きていた頃も良い思いをして王の寝室で寝ていたから譲れなかった。


 陽はあっという間に昇り、直ぐに翌日の昼が訪れた。リイナがルシアとヒビキの面倒を見ながら、御丁寧ごていねいに軽食まで用意してくれた。


 間もなく16歳を迎えるこの少女は、本当に頼りになる。


 ルシアが「産後で心細いし、しばらく家にいて欲しいな」と軽口を叩く。やんわりと、そして少々恥ずかし気にリイナは断るのだ。


「そ、それが、家にはジェリドと……そ、その私の彼氏ロイドも住んでます。それにディオルの復興ふっこうもまだまだこれからなのです」


 これには皆、驚いて暫く声を失ってから、質問攻めとなってしまった。


 彼氏、同棲どうせい、我が街の復興。この少女、一体どれだけのモノを抱えているのだろう。


 ルシアも「暫く面倒を見て欲しいなんて、罰当たりなことを言った」と謝罪せざるを得なかった。


「と、処で頼んでおいて今更なんだが、こんな家に呼び出したりしたら、も、はしないのだろうか? それとも……」


「それなら心配に及びません。姿こそ火ですが、私とに全てお任せ下さい」


 家主ローダの心配を他所よそに、笑顔で小さな司祭リイナは、ローダの手を両手でギュッと、力強く握って返答した。


「では……始めます。集中するので、皆さん……どうかお静かに」


 寝室から運んできた遺影サイガンの前で膝を付いて、祈りを捧げる体勢を取る。その手にジオーネから引き継いだ首飾りを巻き付けていた。


「ヴァーミリオン・ルーナ、くれないウィータ。賢者の石がその真の姿を現す。炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀くじゃく。我に応えよ、『不死鳥フェニックス』」


 リイナが小さな声で詠唱したそれは、まごうこと無き不死鳥の召喚術だ。


 だが同じ召喚でも戦う時のそれとは、まるでおもむきが異なっている。


 目前に小さな炎の渦が出現する。さらに火の鳥の形を成すのはいつも通りだが、これも小鳥の様に小さかった。


 リイナの緊張感が他の三人にも伝わって、思わず息を飲む。


「此処からが本番です………ジオ、私に力を貸してね」


 一度、ゆっくりと全ての息を吐き切ってから、心中にいるジオーネ・エドル・カスードに言霊ことだまを込める。これはリイナに取っても初の試みなのだ。


「マラビータ・アニーマ、黄泉よみの国の魂よ。天国パラディソの扉よ開け、我の呼び掛けに応じよ………サイガン・ロットレン」


 遂にリイナの詠唱が完結した。恐らく心中のジオーネも、共に同じ事をしてくれたに違いない。


 小鳥の様な火の鳥がゆっくりと、その姿を変化させてゆく。


 先ず人の両脚が現れて、腰、腹、胸、両肩、両腕、最後に頭に当たる部分が形成され、人型の炎に変化した。その異様さを感じたのか、寝ていたヒビキが目を覚ます。


(………お願いっ!)


 目を開けてその顛末てんまつを見ていられないルシア。ただひたすらに祈りをささげた。


(……来いっ! 頼むっ! 戻って来いっ!)


 対照的にローダは一部始終を決して見逃すまいと、その黒い瞳を大きく見開く。


(来るんだ叔父上おじうえ、貴方の子供達と、可愛い孫が此処に居るのだっ!)


 ルイスは、弟、義妹、そしてめい、三者三様を見渡しながら、その想いを炎の人影に流し込む橋渡し的ルータ的な気分である。


 やがて炎が治まってゆく。代わりに人の肌色が、徐々にあらわとなってゆく。全て肌色に変化した時、そこには確かに我々の知る老人が立っていた。


「………こ、これは何だ? どうした事か?」


 出現したサイガンは大いに戸惑とまどいながら、自分の全身に目をくばった。

 

 全てが終わった気配を感じ、目を開いたルシアであったが、全裸の父を見て、すぐさま両手で目をおおう。


「サイガン様、大変な無礼をお許し下さい。私が不死鳥の力で、貴方様を現世に引っ張り出しました。まだ身に起こったことを咀嚼そしゃく出来ないと存じますが、どうぞ、そちらの服をお召し下さい」


 リイナがこの中で最も冷静に、びと服を着る様にサイガンへうながす。バスタオルで前を隠す気遣きづかいも忘れない。


「お、おぉ、これは大変済まない……」


 サイガンは精一杯に頭を回転させつつ、先ずは言われた通り、そでに手を通した。それから見覚えのないの家の中をグルリと見渡す。


 ローダが両膝をガクリっと床に落として泣き始めている。


 ルイスが驚きと歓喜かんきが入り混じった表情で此方を凝視ぎょうししている。


 ソファーに座ったルシアは、何かをとても大事そうにかかえていた。


「ま、まさか………その赤子はまさかっ!」


 とても緩慢かんまんな動きで脚を動かし、ルシアのいるソファーへ向かう。加えて娘の腕に抱かれているとても小さな赤子をのぞき込んだ。


「ほ……ら、ヒビキ、おじいちゃん……です……よ」


 母親になったばかりのルシアが、ヒビキに祖父を紹介する。その目にめた涙をもう止めることなど出来やしない。


「そ、そうだ。ヒビキ、この人がお前のおじいちゃんだぞ」


 ルシアの言葉にローダも我に返り、全く同じことをぎこちなく繰り返す。


「ほら、こうやってまだ座ってない首を支えながら抱くのよ。判った?」

「あ、あぁぁ……」


 娘から孫を抱く様に促されたがこの爺、オロオロして涙があふれるのをどうにかするので手一杯。まるでなっていない。さらに全身の震えも治まりそうにない。


 とてもとても危なっかしい手つきで、ようやくヒビキを受け止めた。


 けれどヒビキの方が突然大きな声で泣き出してしまい、オロオロに拍車はくしゃが増すのをどうにも出来ない。


「ハハハッ、これは滑稽こっけいだ。あれほど聡明そうめいだった賢者様が、本当にただの爺だね」


 吹き出さずにはいられないルイス。孫とはこれ程までに人をものなのかと思った。


「あーっ、ビックリしちゃったねぇ~、ママの処に戻ろうね」


 とても泣き止みそうにないヒビキを、父から引き取るルシアである。


「………義父さん、ちょっとだけ良いか?」


 初対面の孫を取り上げられた義父に声をかけるローダ。少し家の外に出る様に促した。


 今日は天気も良く春先の割には少々暑かった。エドナの海は、とてもおだやかでキラキラと水面みなもが輝いている。


「ローダ……お前が考え、リイナの力で此方に呼んでくれたのだな」


「義父さんが死んでから、扉のスキルでどうにかならないものか、色々と思案した。実はどうにか出来そうだと……だけどそれを行使するのは何か違うと感じた」


「………うむっ」


「だからリイナにお願いして不死鳥の力を借りたんだ。しかし以って数時間の命、それでも長い方らしい」


 相変わらずの真面目くさった顔つきで頭を下げる。それを受けたサイガンは、満足気に微笑みながら首を振るのだ。


「それで良いのだ。自分達の願いを叶える為だけにその力を行使したら、私は大いに怒り狂った。その様子だと、あれから扉の力を使っていない様だな」


「……この力は次の災厄さいやく、それもこの力がどうしても必要な相手にだけ使うと誓った」


 右拳を握り締めて息子は、力強く応える。まさに満点、正答だと老人は満足する。


「そうかそうか………ただヒビキを見せて貰えたこの幸福だけは、甘んじて受け入れたい。それにルシアの生殖機能が無事なようで良かった」


「それなら心配ない。アイツ、陣痛じんつうとか要らない。馬鹿じゃないのかって、昨夜はもう大騒おおさわぎだったよ」


「な、なんとっ? では生後1日と経っておらんのか!? もう少し落ち着いてからでも………」


 ごく自然なサイガンのリアクションに、ローダが少々呆れ顔で応じる。


「俺もそう言ったんだがアンタの娘は、言い出したら聞かない……だろ?」

「ハハハッ、違いない………」


 そして二人の親子は、顔を見合わせて大いに笑った。

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