第6話 ローダの指名した意外な相手

 竜之牙ザナデルドラを本来の白い竜シグノに還し「我をしろとせよ」と突然言い出したローダを誰も止めることが出来なかった。


 義父のサイガンが止めるのでなく「とにかくその手を握って応援してやれ」とルシアに告げた。


 ………ローダを応援、ならば手を繋ぐだけじゃ絶対に足りない。思考でなく身体が勝手に動いたルシアは、その豊満な胸に苦しむローダの頭をいだく。


 そしてルシアはローダの真っ白な意識の中へ潜り込むことが出来た。まるで既にシグノの白さに取り込まれてしまったかのような世界。


 けれどハッキリしたローダの意識が語る「シグノと対話がしたい、だからお前の力を貸してくれ」と。


 共に白い、何処までも白い空間を、意識だけの存在となって探索たんさくしたローダとルシア。


 先ずは白い羽が落ちているのをルシアが見つけた。白に溶け込んでいる小さな白い羽をよくも探し当てたものだ。


 この純白でけがれを知らなそうな物にルシアは引き寄せられたらしい。その羽を優しく大事そうに抱くルシアを見たローダは、これは自分には見つけられなかった気がすると、特に理由もなくそう思った。


 さらにこの白だけの世界にいて、強く強く黒を主張する存在に、今度はローダが引き寄せられた。


 ―これは………黒き竜ノヴァン欠片じゃないか、何故シグノの精神世界の中にお前が…………。


 それを拾い上げたローダが考えをめぐらせたが、答えは勝手に欠片を通して伝わってきた。


 ―そうか、成程……。主人であるヴァイロの魂の解放、あの世で子供達が………彼の弟子達が待っている。何だお前、随分と優しくて従順じゅうじゅんな良い奴じゃないか。


 ―うんっ、何だか可愛いね。


 ―判った、ではよ、お前達に俺の身体を貸そう。シグノ……お前を生んだ主人を解き放ち、そしてノヴァン………俺が必ずヴァイロを説得して見せると誓う。


 こんなやり取りを経て、ローダはシグノとノヴァンの体現者たいげんしゃとなった。青い目のシグノ、赤い目のノヴァン、毛髪が白と黒に別れたのもその名残なごりだ。


 彼は最早、白の軍団のリーダーを超え、黒の象徴さえも受け入れ、そのどちら側にも属さない生き証人と化したのである。


「ば、馬鹿なっ! 弟はあのマーダですら引き出せなかった竜之牙ザナデルドラの真実すらも! ………それにあの漆黒しっこくは何だ?」


 その様子を終始見てしまったルイスが、城壁外のローダ達一行にすら届く声を上げてしまう。

 皆がルイスの方を見上げる、それも堂々と全く物怖ものおじしない態度で。


「来たぞ兄さん、それに俺だけじゃない。さっき電磁砲レールガンの弾、弾き返されたろ? あれはこのルシアが拳でやったことだ。その後、砲台を即座に破壊したのがドゥーウェンだ」


「フフンッ」

「ゴホッ、ゴッホッ!」


 腕を組んで胸を張り、堂々と鼻を鳴らすルシア、流れとはいえ、かつては一応部下という立場であったドゥーウェンが戸惑とまどって、わざとらしく咳払いをする。


「それに城下町の可哀想かわいそう爆弾兵士は残らず、仲間達が消したぞ………しかも城すら軍艦の優秀な船員クルーによって最早廃墟はいきょも同然………」


 ―そして何より兄さんにも、恐らくマーダにすら見えやしない友達が、全てアンタの相手をするっ!


 ―友達? そんなものに何が出来るって言うんだい、第一そうやって他人を頼らないと何も出来やしないお前に一体何が出来る?


 ローダの両目が火のようにらめている、不意に接触コンタクトを使ってルイスを挑発し続ける。


 ルイスもわざとらしく接触コンタクトで返すことで対抗意識を燃やした目を向ける。


「おいでノーウェン、フォウ。もうこんなガラクタは用無しだ。もうフォルデノ王国にも………無論、彼等にも遠慮は要らない」


「………グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名において命ず。解放せよっ、我等を縛る星の鎖よっ、『重力解放ヴァレディステラ』」


 真っ赤に染まった大剣『紅色の蜃気楼レッド・ミラージュ』を抜いて指揮棒のようにローダ一行へ向けるルイス。


 その呼び掛けに応じて破壊された城壁の穴から、禍々まがまがしい女性の声が響いてくる。


 ヴァロウズ4番目の女魔導士フォウ・クワットロが金色のナイフ、コルテオを周回させながらゆっくりと浮かんでくる。


 さらにヴァロウズのNo1、すなわちルイスに次ぐ実力者であるノーウェンが、蝙蝠こうもりの羽を広げ、赤く長い爪を動かしながら空を飛ぶ。


 二人共、ルイスの前に陣取って冷たい笑いを敵へと向けた。


「何だァお前等っ! たったそれっぽちの数でこの俺達とやろうってのかいっ!」


 青い鯱ランチアが青い巨大なシャチに騎乗したまま、青いハルバードを三人の相手に向ける。


 確かにそうだ、此方は11名もいる。しかも無力な者は一人として存在しない。加えて赤い輝きアイリスを超えた緑色の輝きの恩恵おんけいすら得ている。


 負ける気がしないと感じるのが普通の状態だと言えよう。


「それは果たしてどうでしょう? 見えているものだけで早合点は危険だと思いますよ、せっかちなお兄さん」


「ジオ君っ!…………じゃない、ヴァロウズの鬼女オーグリスセインね。ジオ君に化けて出てくるなんて許せないっ!」


 小さな身体に見合っていない大司祭の衣装、幼い割に勇気と知性を兼ね備えた少年が浮かび上がってランチアのことを馬鹿にする。


 それを見たリイナの全身から炎が上がり、火の鳥の姿を成す。ジオーネは死んだとはいえ、その魂はリイナと共に在るから召喚出来る訳がない。


 今さらジオーネに化けて一体何を狙っているのであろうか。


「そこの髭面ひげづら、貴様日ノ本ひのもとの侍だな? 我が『氷狼ひょうろうの刃』との果し合いを所望しょうもうする」


河南士郎かわなみしろうだとやっどが? あの世で大人しくしゅうあの女あんおなごと仲良くしてれば良いしちょれば良かものもんを……」


 細身の剣エストックではなく、初めから青白く光る日本刀をたずさえてトレノ河南士郎がカノン以来に姿を現す。


 ガロウはトレノを本名で呼びながら不審を抱く。確かに士郎は言った「日ノ本の侍だな?」とまるで初見のような疑問符を以って。


 あの時、直接対峙たいじしたのはローダであるが、自分のことを知らない訳がないとガロウはかんぐる。


 これでも5人Vs11人だ、未だ数の優位こそ揺るぎはないが、先ずノーウェンの不死と異常な再生能力。


 フォウの暗黒神高位魔法が炸裂すれば形勢は大きく揺れるだろう。


 それに何よりルイス・ファルムーンである、フォルテザ襲撃の折には手の内を殆ど見せなかった彼が、マーダの中に潜む意識達を集めて開いた扉の力は計り知れない。


「フフッ、今の僕は不死です。そしてコレを使いますっ!」

「あ、あれは? やらせないはしないッ!」


 ジオーネに化けたセインは、右手の人差し指で印を結びながら、何かの詠唱を始める。

 セインが何を狙っているのかリイナにも想像が出来た、偽物のジオーネに飛びかかろうとする。


「邪魔はさせませんっ、『操舵ステア』!」


 セインはありったけのナイフを飛ばして、リイナを釘付けにする。全身にナイフが刺さったその姿は、まさに釘付けといったていだ。


 もっとも今のリイナは燃え盛る炎の塊、刺さったナイフ如き瞬時に溶解させたのだが不覚にもセインに時間を与えてしまった。


「セントモルトの火の力、命を燃やす始祖しその力。その力全てを焼き尽くし、やがて終焉しゅうえんは訪れる。さあ我をにえに燃えさかれ『フェネクス』!!」


 セインの頭上に燃えさかる火の鳥が現れる。なれど同じ火の鳥でもあちらは地獄の使い魔だ、取り込んだが最期、業火ごうかに焼かれてしまうだけだ。


 …………だがリイナは肝心なことを失念していた。


「不死の僕ならば、フェネクスすら操れる。本物の、そこで指をくわえて見ているんだなっ! 僕はこれから本物すら超えてみせるっ!」


 確かにノーウェンによって召喚されたセインは既に死んでいるのだ。けれどもだからと言ってフェネクスの炎に耐えるというのであろうか。


「さあ、俺達も始めよう…………!」


「ムッ!?」

「な、何だって?」


 ローダが竜之牙ザナデルドラを構えながら呼び掛けたその名に、耳を疑い狼狽ろうばいするノーウェンとルイスである。


 特に兄ルイスの動揺が治まらず戦いの最中だというのに、すっかり思考が停止してしまう。


 二匹の竜に身体を差し出してまで、自分ルイスと争える術を模索もさくし、遂にそれを見つけたきたというのではないのか?


 たまらずルイスの方から紅色の蜃気楼レッド・ミラージュを振りかざし、ローダに向かっていこうとした。


「ウグッ? な、何だと?」

残念ざーんねん、貴方の相手は、この堕天使ルシファールシアよっ!」


 ルシアが懐に押し入り、みぞおちを燃えたえぎった拳で殴ったのだ。そのルイスの目にすら捉えるのが困難な速度。止めることが敵わなかった。

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