第7話 暗黒神の子供達

 ようやく辿り着いたフォルデノ城………尊敬していた兄ルイスが謎の失踪しっそうをして以来、このアドノス島に渡り数々の戦いや邂逅かいこうを経て、兄と剣で語り合う機会を得られた。


 それにもかかわらずローダが指名した相手は屍術師ネクロマンサーのノーウェンであった。これにはノーウェンもルイスの方も全く合点がゆく筈もない。


 ローダが竜之牙ザナデルドラの柄を握り締め、ノーウェンへ向け早速剣を振るってゆく。

 上段、中段、下段、突き、ありとあらゆる剣技を駆使するも、この道化師ピエロのような相手は、両手の指に生えた真っ赤な長い爪で全てあしらう。


「流石に元・魔法剣士、剣ですらないそんなもので渡り合うか」


「扉の騎士よ、貴様一体何を狙っている? 俺をいくきざんだところで勝利は永遠に得られないことを知っているであろうに……」


 ノーウェンにはもっと言いたいことがある。この相手の剣から全く殺気を感じない、早い話がやる気がないのを判っているのだ。


 剣士が果し合いをする際、"己が剣で語り合おう"と告げることがあるのだが、だからと言って実際に剣を交えることと、口で討論するのはまるで異なる。


 だがこのローダという男の剣が自身に触れる度に、己の気持ちを探られているような感覚におちいっている。


 それもマーダによって造られし屍術師ネクロマンサーノーウェンの意識ではなく、マーダ……今はルイスの中にとらわれし暗黒神の真祖しんそヴァイロ・カノン・アルベェリアの方を狙われている気がしてならない。


 ―………ヴァイ、随分と可笑しな恰好かっこうにされてるな。


 ―………全くでございますわ、私とリンネが愛した男がまさかこんな姿に。


 ―………本当ホントだっせぇよな、俺達命すら張ったってのに。


 ―………そんな爪では剣すら握れぬ、紅色の蜃気楼レッド・ミラージュが泣く。一番弟子の俺ですら見たくもない。


「ハッ!?」


 …………ま、待て、今の声は一体何だ!? 何故お前達の声がこの男を通して聞こえる!?


 在り得ない、信じられない………。驚きの余り、爪裁きが鈍って赤い爪をローダに折られてしまった。


「き、貴様っ! これは一体何のまじない………!?」

「やあ、久しぶりだねヴァイ………」


 ヴァイとはヴァイロの愛称である、そして遂に声どころか150年前に死んだ筈の若過ぎる妻の姿すら現れた。


 緑色の髪に緑の瞳、真っ白なワンピースを好んだ享年きょうねん18歳の娘。リンネである。

 否応いやおうなしに150年前のはかなき思い出が蘇る………。


「カノンとは闇、そして闇は罪。さらに闇を率いて戦い、皆を殺した貴様こそが最大の罪だ……」


 150年前の『神竜戦争』の際、のヴァイロに命を絶たれる寸前に、戦之女神エディウス側の名も知らぬ兵が、口惜しやとばかりに、言った台詞である。


 この言葉はヴァイロの心に、咎人とがびとが背負わされる焼き印の如く、深く深く刻まれてしまい、未だに彼はそれに囚われている。


 カノン、そして神竜戦争のことは以前、黒き竜ノヴァンとの戦いのおりに、既に語っている。


 自らの影より黒き竜ノヴァンを錬成した天才がこのヴァイロである。

 彼は決して、他国や他の自治区に攻め入る為に、竜を呼んだ訳ではない。このカノンと愛する子供達を護る力にしたかっただけだ。


 なれど歴史と言うのは何とも残酷なものだ。ロッギオネ自治区に同じく竜を召喚した戦の女神エディウスが現れた事で、世の中は拮抗きっこうした力を好まず、戦う運命を押し付けられる。


 ヴァイロは自ら望んで神輿みこしに上がったのではない。戦の女神エディウス白い竜シグノに攻め入られたので止む無き事と戦端せんたんを開いたに過ぎない。


 ヴァイロ軍の方が自力では勝っていた。そんな彼の力を狙った白でも黒でもないマーダに狙われ破れた上に、魂を封印され私兵とされてしまった事も既に述べた。


 ヴァイロという余りに優しき男は、自らの敗北で、仲間達の命をうばわれた事と、自らが奪ったエディウス側の人間達の命。


 その両方を自分の罪として背負い、それは決して未来永劫に許される事ではないと、その心を閉ざしている。


 そんなヴァイロの岩の様な心に、ハープの音色が染み入ってくる。懐かしい歌声と共に。

 これは意識の世界か、はたまた現実なのか。もう良く判らない程にそれはリアルに迫っており、ローダとの戦いの最中であることすら忘れてしまう。


「暗黒神、そんな他人が勝手に付けた名前に貴方は未だに縛られているの?」


 ハープと歌声の主、リンネの声は馬鹿にした様子でもなければ、憐れんでいる訳でもない。ただ純粋に真っ直ぐ語りかけている。


「嗚呼、その通りだ。実際に俺はお前達を戦場に送り、大勢の敵を殺させた挙句あげくの果てにマーダに敗北した。俺のせいでカノンは未だに闇の扱いを受けている」


 曇った声で語るヴァイロに対し、リンネは無言のまま、再びハープを奏で続ける。


「エディウスは結果勝利し神となれたが、俺はマーダに乗っ取られた。ならばせめてマーダの中で暗黒神を名乗り続け、これから生まれる魔導士達のかてになろう……」


「それが貴方の決めた永遠のつぐない?」


 リンネは急に弾くを止めて、落ち込んだ夫の代わりに言葉を繋ぐ。


「ヴァイ、アンタ随分と偉くなったものね」

「ハァッ!? な、なん……だと!?」


 容赦なく刺す様な声色で告げるリンネ。突然の変調ぶりにヴァイロは動揺を隠そうともしない。


「だってそうじゃない。は何もアンタのために死んでいったつもりはないの。そうでしょ?」


「そうだぜ、俺は爆炎の魔導士として、一旗挙げたかっただけだっ!」


「全くですわ、おしたい申しておりましたが、私兵になった覚えはございません」


「ハァ……暗黒と呼ばれて、本当にその気になるとは実に情けない」


 リンネのに召喚された様に、次々に違う声と映像が現れてヴァイロへ文句を叩きつける。


 爆発系の呪文スペルを好み、まるでそれを体現したかのような真っ赤な髪と瞳を持った最年少のアズール。


 オレンジ色の瞳と言葉遣いが丁寧で16と到底思えない美貌びぼうを持ち、リンネと恋敵であったミリア。戦いに於いては守りの要となってくれた。


 ヴァイロの一番弟子、魔法、剣の両方に於いて師に次ぐ実力者。そのクールな性格を現した青い髪に青い瞳を持つアギド。


 この中では一番の年長者であるリンネは、一応皆をまとめていた存在である。


「ま……待てっ! アズール? ミリア? アギド? お前達まで一体どうやって今の俺と話をしているのだ!?」


 夢か………そうかこれは夢の世界だ。きっとあの扉使いの騎士に眠らされ泡沫うたかたを見せられているに違いない。


 それにしても明らかに心から愛した子供達に違いない。最早死して会話など出来よう筈もない連中が目の前にいる。不覚にもこみ上げて来るものを止められない。


 ヴァイロにとって懐かしくも、昔は当たり前だったやり取りが、余計に心を突き動かす。


「だ、だが結果、お前達は俺の身代わりと化して死んだことは事実じゃないか………お、俺がもっと上手くやれていれば」


 弟子達全員に「アンタのために死んだ訳じゃない」と全否定されたヴァイロは、涙混じりに訴える。


「私達はアンタに出会えたから輝いていたのっ! 子供だと思って自分の物差しで測るなっ!」


 リンネが一番大きな声を上げる。毎度のことなのだ、リンネは暗黒神の魔導士ではない。

 時に竜の声で鳴き、或いは相手の術を声で現し惑わせるという不思議な力を秘めていた。


 そんな発言力も単純な声の大きさも圧倒的に一番であったリンネの発言に一同思わず押し黙るであった。

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